第3話

「いや、流石はワンス様!実に見事な指揮で御座いましたな!」


 広がる草原のど真ん中。その場に三者三様の座り方で車座を組む三人。

 一戦闘を終え、各々の皮製の水筒に入ったワインの水割りで喉を潤す。その独特な薄い低品質ワインの味と風味。そして、長時間皮製の水筒に入っていたが為の皮臭さに眉をしかめつつも我慢して飲むのはワンス一人。

 残りの二人、ゲーティアとソニアナはそんな水筒と純粋に水とは言えない水には慣れたもの。我慢しているのはワンスと同じだが、顔色を変えること無く口に運んでいた。


「そうですね!流石ワンス様です!―――ですが、何故あの茂みにゴブリンが隠れているのがわかったのですか?」


 ゲーティアの称賛に同意し、称えるソニアナだったが、疑問が沸いた。


 あの茂みのゴブリンを目視で確認するには遠かった。更にゴブリンの暗い緑の肌は、同じく日が差しづらい森の茂みの色と僅かに同化していて余計に見にくい筈だった。


 それでもワンスがあの茂みにゴブリンが潜んでいると看破できたのは、ゲームにもあり、何故か異世界であるこの世界でも現れた『ウィンドウ』の力であった。


 この『ウィンドウ』には前述したように様々な情報が可視化されている。


《敵の数》《敵の種類》

《味方の数》《味方の名前》


 更に現在の戦況を五段階で表示。

《不利》《やや不利》

《拮抗》

《やや優勢》《優勢》


 そして、自分を中心に半径10mは敵味方の位置がマップに表示される。勿論縮尺可能のマップである。


 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

【戦場情報】


【残敵数】

 2

【残敵種】

 ゴブリン種


【生存自陣人数】

 3

【生存自陣者】

 ワンス Lv:―

 ゲーティア Lv:5

 ソニアナ Lv:2


【戦況】

 優勢


 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 これらが実際にあの場面で表示されたものだ。

 これらがワンスの左側に、そして、右側にマップが表示される。


 そして、現在は一つしかない《指揮》のコマンドが《戦場情報》と《マップ》の間の真ん中に表示される。


 そんな《ウィンドウ》を見ての指揮。


 戦闘可能な人数は敵の数と同数。にも関わらず、即座に攻めを命じたのは戦況が《優勢》であったためだった。


 敵との戦力数が同じにも関わらず戦況は《拮抗》や《やや優勢》ではなく、《優勢》。その要因はレベルにあると瞬時に理解したワンスの采配であった。


先ずはゲーティアもソニアナも気が付いていない隠れたゴブリンの存在を周知、排除を第一手とし、その次に目前の敵の排除としたのだった。


「あー。俺は戦うことは出来ないけど、そう言う"ちょっと便利な力"があるんだ。」


「ほぇ~。そうなんですね!スゴいです!」


 半径10mの敵の位置を把握するのは、小規模な戦闘であればまず間違いなく『チート』と言える。どんなに上手く隠れようともその位置はワンスに筒抜けであり、無意味なこと。

 そんなチートな力はプレイヤーが死亡した場合強制的にゲームオーバーとなる仕様上、『救済』の名目で付けられたゲームシステムである。


 しかし、そんなチートも戦場が大きくなればなる程に無意味になり、更に物語が進んでいけば超射程の攻撃を行う敵が現れる。そんな敵にも無意味である。


 そんなワンスにとっては微妙な"ちょっと便利な力"へと成り下がるマップは地形だけならば、自陣営の誰かが一度でも訪れてさえいれば表示させることが出来る。微妙ではあるが、《戦乱フェイズ》となった暁には必須と言って良いシステムである。

 そのマップを元に敵の動きの予想や、今後の作戦の検討をするのだから当然である。


 尚、自陣営の味方だけはどれだけ離れようともその位置はマップに表示される。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「(果たしてここは何処なんだ?)」


 自由に動くキャラクターだったはずのゲーティアとソニアナに出会い。

 一つの戦闘を経験し。

 一息休憩を挟んだ現在。


 幾分か冷静さを取り戻したワンスは、一番始めに湧かせた疑問へと戻っていた。

 いや、全く同じ意味での疑問ではない分状況は進んでいると言って良いだろう。


「(ゲームの世界。若しくは【戦乱魔界】に酷似した世界に俺が居るのはわかった。何故居るのかまではわからんが、現状は理解した。ログアウトも出来ないし、例え姿が変わっていても今はこれが『現実』であるんだろう。――――ゲームには無かった『痛み』もあるし・・・。

 疑問なのはこの場所を『知らない』事だな。)」


【吉田一誠】はゲーマーである。事【戦乱魔界】においてはと言える。


 そんな彼が知らない場所。

 未だにその森の中にポッカリと空いた草原以外には表示されていないマップを開いて唸る。


 マップを見たところで現在位置が分かるわけではないことはワンスにも分かっている。現在位置を考えていると"ただ何となく"開いてしまっただけである。


 ワンスの疑問はこの場所に『見に覚えのない場所』だからである。


 ワンスは自他共に認められる程の【戦乱魔界】の廃人である。そんな彼はその世界を仮想現実とは言え自分の足と目と耳でその世界をくまなく見てきた。


 そんな彼が見に覚えがない場所。


「(っと言うことは、あくまでもここは、この世界は【戦乱魔界】に似た世界、ってことなのかな?)」


 しかし、そうすると違う疑問が湧いてくる。

【ゲーティア】と【ソニアナ】の存在である。


『【戦乱魔界】に似た世界に来た』。


 それは理由や経緯、その現象や方法はさておき、理解したワンスであるが、あくまでもなのにゲームキャラクターである【ゲーティア】と【ソニアナ】が存在する事が


 あくまでも似た世界なら、何となくある二人ならば納得も出来る。しかし、ワンスが見たところ瓜二つ。いや、話し方や動きかた、その容姿やイベントなどで見られた二人の掛け合いに至るまで、その全てが『本人』としか思えなかった。


 故にわからない。


 ここは果たして本当に異世界なのか。

 それともただログアウトが出来なくなっただけでゲームをしているだけなのか。


 異世界と思えば否定材料が頭を過り、逆にゲームだと思えばまた同じ様に否定材料が見つかる。


 堂々巡りの思考。


「はぁ。」


 そんな終わらない、終わらせられない思考にほとほと嫌になりため息を一つ。


「むぅん?どうかなさいましたか?ワンス様?」


「いや、何でもないよ。――――この先を考えると色々と大変だと思っただけさ。」


 問い掛けてくるソニアナに困り顔のまま笑顔を浮かべ返答し、無難な思い付きを口にした。


「むぅん。そうですねぇ~。―――でも!きっとワンス様なら大丈夫です!これからが私たち《人間》の反撃です!」


 フンス!フンス!鼻息も荒く両の手を握るソニアナにもう一度笑顔で答えたワンスは、今度こそ本当に今後の事を考え始めた。


「(取り敢えず現状では異世界なのかゲームなのかわからん。わからんことをあれこれ考えたところでどうにもならん。

 最善は生き残ること。だな。)」


【吉田一誠】は現実が充実している人間ではない。

 ただただ毎日金銭のために働き、ストレス解消のため趣味としてゲームにのめり込む一般人である。決して毎日が楽しい"勝ち組"ではない。


 だがしかし、だからと言って死にたい訳でもない。

 毎日が楽しい訳ではなくても、それなりに楽しいと感じる事はあるのだ。それが今を、これからを、生きていく。"生きていこう"と思える原動力となっていた。


 それはこれからもずっと、それこそ死ぬまで続くと思っていた。


 だけれど、現状は訳のわからん状況へと陥っている。「こんな所で死ねるかよ!」とはワンスが抱いた『反抗心』であった。


 故に考える。

 生き残るにはどうすれば良いのかを。


「(【戦乱魔界】に似た世界で、初期の《従者》である【ゲーティア】と【ソニアナ】が居る。

 だったら現在は元々あった国、【ハールバニア王国】が陥落し、そこから逃げ落ちて来た。って感じだろう。国の名前なんかは違うかもしれが―――現状、三人だけでここに拠点を築こうとする理由もそれで納得できる。)」


【戦乱魔界】の初期。物語の冒頭を思い出し、それに酷似した状況であると仮定。そして、またこの先を考える。


「(今は《運営フェイズ》と考えて良いよな?

 今日がスタートとして半年後に《戦乱フェイズ》が発生する筈だ。―――――ゲームの通りなら。と、注記が必要だけれど、な。)」


 スタートから《運営フェイズ》が半年で《戦乱フェイズ》が発生する。それからは半年後に一回の周期で《戦乱フェイズ》は発生していく。

 ワンスが考えた通り注記は必要ではある。


「(そうなると・・・出来るだけ早く準備を整える必要がある。《戦乱フェイズ》の規模も同じとは限らない。出来るだけ多くの事を、出来るだけ強力な事を素早く迅速にする必要がある。

 半年後を考えて動いては遅い可能性がある。半年後と考えて動いていこう。)」


 の面目躍如となるべく、ワンスの頭の中では今後の展望が組み上がっていく。


「(ヨシ!先ずは1にも2にも先に《小屋》の《建築》だな。)」


 先ず初めの第一歩。

 その目標を定めた。


「ワンス様ー!!」


 そのタイミングで森の中から出てきたゲーティアが声を上げながら走ってきた。


「ワンス様!川を見付けましたぞ!見たところ綺麗な水の様です!これで一つ安心できますな!

 ヌゥワッハッハッハッ!!」


「あ、ああ。それは良かった。ホッとしたよ。

(う、うるせぇ~)」


「ゲーティア様!うるさいです!」


 またもや文句を言うソニアナに対してまたもや同じ様に文句を言い返すゲーティアを眺め、自然と笑みが溢れるワンス。


「(いや~。この命の危険がある状況には感謝できないし、文句も言いたいところだけど・・・・。好きなゲームのキャラが勝手気ままに、自由に動くのを見れるのはめっちゃ嬉しいな!)」


 そんなゲーマー特有の気持ちを心の燃料にし、一つ手を叩く。


 パンッ!!!


「さて、じゃれあいもその辺にして早速行動に移そう。先ずは仮の拠点として小さくて良い、後々には取り壊す予定で《小屋》を作ろうと思う。

 寝床は必ず必要だ。体のケアには勿論必要だし、雨風を凌ぐために早急に建てる。

 異論はあるかな?」


 自然とゲームの様に振る舞った先の戦闘以外で初めての《命令》である。


 ワンスは設定上で【ハールバニア王国】の《王子》である。

 そして、その【ハールバニア王国】の騎士団の一つ。王家直属の近衛騎士団の副団長が【ゲーティア】であり、同じく近衛騎士団の団員の一人が【ソニアナ】である。


 そんな近衛騎士団はエリート中のエリートと言う設定であるのだが、そんなエリートたちが何故レベル一桁なのか?

 何故ガチガチのご立派な剣や鎧ではないのか?

 王子を逃がすために用意されているのが二人とはいくらなんでも少なすぎないか?


 などなど。疑問が湧いてくる。が――――――


「(ま、ゲームだし)」


 そんな一言で片付けられるのは悲しいことか、嬉しいことか。


 しかし、そんなゲーム上の設定を態々忠実に再現しなくても良いのでは?と一つ文句を頭に過らせた時には二人からの応じる声が重なって聞こえてきた。


「「ハッ!!異論ありません!!」」


「では行動開始だ。」


 ワンスは一つだけ二人に不安を感じていた。


 二人ともゲームの序盤を乗り切るために用意された優秀な人材である。キチンと育て上げれば終盤においても貴重な人材となり得る程に優秀である。


 で、あるからしてワンスが抱く『不安』は二人の能力面ではない。


 不安なのはワンス自身の事情についてだ。


【ワンス】とは【吉田一誠】がゲーム製作会社が作った架空の世界のその中に、更に作り加えたキャラクター。アバターである。


 そんな【ワンス】に従う二人の従者が、この世界においてどんな感情を【ワンス】に抱いているのかがわからない。

 その部分がワンスに不安を芽生えさせた。


【戦乱魔界】の目的や設定上では『人間VS化け物』と言うモノであり、人間側を一括りにして強制的に一致団結しなければならない状況としている。

 故に『反乱』や『命令無視』などはゲーム上では起こらない。


 だが、自由に動く二人ならばどうだ?


 もしかしたら【ワンス】にとって変わる事を虎視眈々と狙っても不思議ではない。


 更に、【ワンス】は本当に【ワンス】なのか?

 今現在【ワンス】は【吉田一誠】である。少なくとも【ワンス】である【吉田一誠】はそう考える。


 では、本当の【ワンス】は存在するのか?


 その疑問点が不安を助長させる。


「(もしも、本当の【ワンス】が存在していて、その【ワンス】の体をだけならば―――――)」


 自分の身が危ないかもしれない。

「本物の王子をどこにやった!?」など。

「王子の仇を!」などなど。


 そんな歓迎できない状況にはなりたくない。

 そう考えた結果として――――


「(俺は【吉田一誠おれ】としてではなく。【ワンス王子】として振る舞い、生きていくべきだろう。)」


 そんな結論に至ったからこその口調であり、当然の様に命令を下した理由でもある。そして、今現在も『監督』と言う名の"サボり"をしている理由でもあった。


「(心苦しい――――。あんなに可愛らしいソニアナちゃんが汗を流して頑張ってるのに、俺は見てるだけとか――――辛い!)」


 "サボり"と自覚しつつも、円満に円滑に関係を維持、継続し、何時しか訪れる苦境に備えるために我慢する道を選んだ。


「(ゲーティアすまんな。俺の分まで頑張ってくれ!ソニアナちゃんの為にも!)」


 ・・・・・・決して他に理由があるわけではない。


「(はぁん。必死に動くソニアナちゃん―――――可愛いわ~。お目目が幸せ!)」


 ・・・・・・・・・・・・決して。


「(ああ!もう最高じゃね!?なんなら鎧脱いでもうちょっとセクシーな姿を見せてくれてもイイダよ!?)」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・だぶん。他に理由はない――――ハズである。

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