第2話

 一面緑を敷き詰めた平原。

 遮るもののない広々とした青空。

 時折流れる様に吹き抜けて行く風。


「ここ何処」


 ただただ佇む一人の青年。年の頃は10代後半程度だろう容姿。

 麻で出来た服とズボン。その青年の感性で言えば『みすぼらしい』格好。

 金糸の様な男性にしてはやや長めの髪の毛に、細く整った眉。蒼い眼はあちらこちらへと忙しく動いていた。


「いやいやいや、俺はゲーム始めたはずなんだけど・・・?」


 まるで《王子》を思わせる細く華奢な体と甘いマスク。そのどれもが、落ち着きなく困惑を表現していた。


「ワンス様ぁ〜〜〜〜!!」

「ワンス様ぁーーーー!!」


「え?」


【ワンス】。

 その名前に覚えのあった青年は声の聞こえてきた方向へと顔を向けた。


 青年が顔を向ければ遠くに人影が2つ。

 顔も格好も、男女の区別さえまだつかない距離からその二人は青年の元へと駆け寄っていた。


 青年。ワンスは困惑しながらも自身のの名を呼ぶ二人の方へと体を向け、ゆっくりと、恐る恐る足を進める。その様にはまだ困惑が張り付いている。


「はぁはぁはぁ、わ、ワンス様。探しましたぞ!」

「はぁはぁはぁ、お、お怪我はありませんか!?」


 青年をワンスと呼ぶ二人。

 その二人の容姿、背格好に既視感を覚え、眉を潜めるワンス。何処かでこの二人と出会ったのか?それを必死思い出そうとし―――――。


「ゲーティアとソニアナ?」

「「はい!」」


 思い当たった人物の名を呼べば、二人は声を揃えて返事をした。


「いや、そんな、まさか―――――」

「あ、あの?ワンス様?」

「どうかなさいましたかな?」


 白髪が入り交じり、ざんばらに切りそろえられた短髪中年の長身の男。

 鍛え抜いたのは一目瞭然の体と、体のあちこちにある無数の古い傷跡。一層目を引くのは顔の右上から左下へと伸びる大きな古傷の跡。

 歴戦の戦士と言える風貌であり、簡素な鎧に身を包んだ【ゲーティア】。腰には鞘に収まった剣を差し、片手には飾り気のない槍を持っている。


 蒼白く、まるで空色かの様なショートヘアを弾ませ大きくやや垂れ目の女性、と言うよりも《女の子》。

 クリクリとよく動く黄色の眼と長いまつ毛。卵形の顔は白く綺麗な肌。桜の唇をそえた小鼻に小柄なその容姿は愛くるしい。

 ゲーティアと同じ様な簡素な鎧に身を包むみ、同じ様に腰には剣差していて、背中に矢筒、片手に小さめの弓。

 武装しているにも関わらず、可愛らしさを感じさせる【ソニアナ】。


 ワンス。本名【吉田一誠】が長年やり続け、彼の感覚では先程起動したゲーム【戦乱魔界】のゲームスタート時から一緒に居る二人であった。


「いやはや、ここならば我々の拠点にするのも悪くありませぬな!流石はワンス様!

 少し目を離した隙にこの様な場所を見つけられるとは!この【ゲーティア】感服しましたわ!

 ヌゥワッハッハッハッ!」


 大きな大きな声。

 そんなに怒鳴るように喋らずとも聞こえる。っと顔をしかめてゲーティアを見るワンス。


「もう!ゲーティア様!何度も言いますが、お声が大きいです!

 もう少し小さなお声で喋ってください!」


 ワンスと同じ様に感じたソニアナはゲーティアへと憤りを声に乗せ、不満と注意を口にしている。


「(おぉ。同感です―――――じゃなくて!何がどうなってんだ??)」


「そう言うソニアナ嬢もワシの事を呼ぶ際は敬称は不要と言っておる!ワシとソニアナ嬢は同格で、同僚なのだぞ!」


 困惑を強めていくワンスを尻目にゲーティアもソニアナへと不満を口にする。その声は《怒声》に聞こえるものだったが、本人は決して怒っているわけではない。ただ声がバカデカイだけである。それをわかっているソニアナは特に怯むこと無く口を尖らせ唸っていた。


「いつの間にアップデートなんか――――いや、そもそも人工頭脳が完成したなんて話聞いた覚えないぞ?」


「「あ、あぷでーと??人工頭脳???」」


「え?」


 ワンスが【ワンス】としてではなく。【吉田一誠】として独り言を溢す。それに反応する二人にまた困惑を強めた。


「(いや、何でこんなリアルの話に反応してくるんだよ!?もし人工頭脳ならそこはスルー一択でしょ!?)」


「ど、どうかなされたんですか?ワンス様?」

「大丈夫ですかな?ワンス様?」


 それぞれの言葉でそれぞれが心配し、声をかけるも、それにどう返せば良いのか。そもそも今のこの現状はどう言うことなのか。


 次々と沸き上がってくる疑問の数々により上手く言葉が紡げないワンス。


「「??」」


 困惑を極めるところまで行ってしまいそうなワンスを不思議そうに見つめる二人。「何か話さなければ」とは思うもののあたふたとするばかりのワンスに更に不思議さを感じる二人であった。


「フム。取り敢えず休憩でも致しますかな?」


「そ、そうですね!良い案です!ゲーティア様!」


「だから、敬称は不要と―――――。」


 自由に、それこそ普通の人の様に話、動くゲーティアとソニアナ。ゲームであれば話しかけても定型文でしか話さず、普段はただ佇んでいるだけ。何かしらの仕事に従事させれば決まった動きをしているだけの存在。


 それが動いてる。喋っている。

 考えているし、文句も言う。


 困惑を強めた結果。放心と言う状態に陥り、頭が空っぽになったワンスが次に感じたことは『感動』であった。


「(す、すげぇ。ゲーティアとソニアナが動いてるよ。喋ってるよ!いやーゲーティア厳ついとは思ってたけど、人間らしいと更に厳つく感じるわ!!

 ソニアナ可愛いわー。動いてるともっと可愛い!鎧を脱いであの巨乳も拝みたいところだなぁ。)」


 最終的には下世話な所へと着地。

 そこから夢想、と言うか妄想を広げていき、ソニアナがあられもない姿へとなった頃に漸くその場に変化が訪れた。


「!?ワンス様!ワシの後ろへ!!」


「へ?――は?え?」


 少しはなれた木々。

 上空から見ればポッカリと広々と空いた空間のど真ん中に彼らは居た。

 その空間、草原と言える周囲は広大な森である。


 そんな森から彼らの元に微かな音が届けられる。

「カサリ、カサリ」と草木が擦れる音が・・・・。


「ギャウァ!」


 飛び出るように森から現れたのは深く黒い、言葉を選ばないならば汚ならしい緑の肌をもつ子供。

 耳は異様に尖り、鼻はアンバラスに大きく、目玉は飛び出ているほどに大きい。一層醜悪なのがヨダレを垂らす口。その口にはまるで鮫のような尖った歯が並んでいる。


「【ゴブリン】です!」


 ゲーティアは構えた槍をギリリと握り直し、ソニアナは相手を確認してすぐに準備していた弓を引き絞る。


「ご、ごぶ、りん?」


 確かにゴブリンであるとワンスは頷ける。だけど、その醜悪さは、そのおぞましさは、初めて感じるものだった。


「(あれがゴブリン?そんなバカな・・・・あんな、あんなに化け物染みたものじゃ・・・・)」


 写真など画像でゲームである【戦乱魔界】のゴブリンと、今ワンスたちの目の前に現れたゴブリンを見比べても、その違いは個体差程度の差しかない。


 しかし、実際に相対するとその感想は吹き飛ぶ。


 感情のないただのプログラムデータでしかないゴブリン。

 野生本能があり、目の前の人間に明確な敵意を持つゴブリン。


 そんなもの比べる必要もない。圧倒的に後者の、目の前に居るゴブリンの方が怖いに決まっている。


 そうして、薄々気が付き始めたワンスに、このゴブリンは恐怖と共に1つの事実を目の前に突き付けた。


「(ここは、ゲームじゃ、ない―――)」


 そう。ここは酷く、残酷に、悲しくなるほどに現実であり、そして、【戦乱魔界】と言う世界に酷似した世界。


「(異世界ってやつかよ!?)」


【吉田一誠】改め、【ワンス】の心の声は誰に肯定されることもなく、1人、自分自身で確信した。



「ソニアナ嬢。牽制だけに留めておけ。隙があれば当てても構わぬが、基本的にはワンス様の身を一番に動くのだ。」


「わかっています。ゲーティア様はあいつの排除を。一体だけとは限りませんので油断しないでくださいね。」


「フン!わかっておる。」


 緊張のためか、否、目の前のゴブリンを変に刺激しないように声を潜めた二人の会話に自分は何をしたら良いのかと考え始めたワンス。


 そんな彼の目の前に音もなく。まるで初めからそこにそうして在ったようにゲーム時によく見ていた《ウィンドウ》が現れた。


「(え?ちょ、え?や、やっぱりゲーム、なのか?)」


 見た目が少しも変わっていないその《ウィンドウ》が確信へと至ったワンスの心を軽く揺さぶった。


 その《ウィンドウ》には、敵対生物の数と名称。そして味方の数と名前。戦況に《指揮》のコマンドまであった。


「(こ、これ、何時も通り、ゲームみたいにしろ。って事か?)」


【戦乱魔界】では、ウィンドウは視覚で情報をプレイヤーに与えるだけのものであり、そのウィンドウを何かしら操作する事は出来ない。

 プレイヤーはウィンドウに表示される内容を元に口で直接命令を下し、NPCを動かすのだ。


 だからこそ、長年プレイしていたワンスは混乱の最中であっても、こんなを終わらせるべく、自然と口を開いた。


「ゲーティアはそのまま牽制警戒をしろ。

 ソニアナ。俺たちから見てあのゴブリンの右後ろにある木の根本にある草陰に矢を放て。」


「「!?」」


 先ほどまで何故か慌てふためき落ち着きのなかったからの急な指事に二人が驚いたのは無理もないだろう。


「「ハッ!!」」


 しかし、その程度の驚きはすぐに消し去り、応じ、指事の通りに動く。


「ギャブゥ!!」


 ソニアナが放った矢は緩い放物線を描き、指示された場所を的確に射貫いぬく!


「ゲーティア!突撃!!」

「ハッ!!」


 放たれた矢の先で呻く声に気をとられた目の前のゴブリンにゲーティアは風の如く駆け寄る!

 ゲーティアが近づいた事に気が付いたゴブリンが慌てて後ろを向いていた頭を戻す。が――――


「ガボォァ!」


 振り向いたゴブリンの喉元を的確に貫いた。


「ゲーティア!注意しつつ草陰を確認しろ!

 ソニアナ。草陰を注意しつつ俺達も向かうぞ。」


「ハッ!」


 応じるソニアナを先にワンスも歩く。


 注意しつつのゲーティアが草陰を確認すると深い息を吐きだし、ワンスたちへと体を向ける。

 その行動に安堵の息を吐きつつもソニアナとワンスは足を進めた。


「異常ありませぬ。」


「ほぉ~。よかったです~。」


 ゲーティアの報告に再び安堵の息を吐き出すソニアナを見つめるワンス。その心境は二つの感情が渦巻いていた。


 ゴブリンの死体。


「(気持ち悪い――――)」


 ソニアナの笑顔。


「(はぁん。可愛いわ~。)」


 である。


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