第13話 ラスボスと俺

 高い天井。広い空間。ひんやりした空気。ここは、みちるの祖父がオーナーを務める公民館。その中にある体育館だ。俺とみちるの手によって設置された1台の卓球台にて、試合が行われていた。


「ウラァ!」


 俺の咆哮と1つになって放たれたドライブスマッシュ。素早い初動で返球しにかかるみちるは、俺から見てもゾクリとする。対面した者しか分からない威圧感を肌で感じ取る。


「うへえ、すっごいね」


 途端にみちるは力を抜いて、ボールを追うのをやめた。よっしゃ、俺のポイントだな。にじみ出る汗をスポーツタオルで力強く拭い取る。


「どうだ、みちる。これが男子の卓球だっ!」


「タッ君も拘るよね~。その男子の卓球ってヤツに」


「今の打球なんか最高だったろ。くぅ~気持ちいい!」


「うわ、その振る舞いイラッとしちゃうな~。早く次のゲームしよ!」


 そう、今のポイントで、俺が1セット取った。今の状況は…


 ② 奈鬼羅 みちる 8-11 滝川 卓丸 ①


 4セット目を取った俺こと、滝川卓丸が、みちるに追い付いた格好だ。要するに、俺②ー②みちるって状況で5セット目に進む。ちなみに、凛さんとみちるが試合したときと同じく5セットマッチで行っている。よって、今から始まるゲームを取った方が勝者だ。

 俺たちは集合して、早々に試合を始めた。軽めのアップをした程度だが、他に人がいるわけでもなし、自由に卓球できるのだ。体育館貸し切りの1番の魅力である。


「いっつもそうなんだけど、タッ君ってしぶといよね。追い詰めれば追い詰めるほど、強くなってる感じがするよ。今だって、あたしがセットを取れば、勝負アリだったのに」


「負けたくないと集中できるのかもな。俺って。勝ちたいって思っているときよりも、そっちの方がいい気がする。反骨心みたいな感じか」


「つまりタッ君は反抗期?」


「何故そうなる」


 雑談しながらチェンジコートする。そのままやってもいいけど、公式ルールでやりたいからね。景色が変わった方が気分もリセットできるだろうし。

 みちるの装いはジャージではなく、薄手のトレーニングウェアになっている。露出したフトモモは健康的な血色で、よく体を動かしているのが分かる。ウェアに沿って、しなやかな体のラインが浮き出ている。控えめながら、確実に成長が見える胸部をチラ見していると、目があった。やべっ。


「タッ君って、割と遠慮なく、あたしの体を見てるよね」


「遠慮してるわ!」


 バレないためのチラ見なんだから!バレてたけど!


「それ、白状してるようなモノじゃない?そういう視線って、結構気付いちゃうからね」


「マジか…。ガン見はしないようにしていたんだが」


「でも、このウェア着てるときは、めっちゃ見られてるよ?」


「認識の相違だな。不思議なもんだ」


「タッ君…。しゃらくせえよ」


 ここで、しれっとサーブを出すみちる。


「よっと」


 俺が対応して、そのまま得点した。


「ぐぬぬ、引っかからないか」


「みちるよ、何度その手を食ったと思っているんだ。てか、しゃらくせえのは、どっちだよ」


 こんなアンブッシュも、2人の空間ならではだ。ここから集中し直して、力の限りを尽くした打ち合いが再開される。みちると対戦しているときに、いつも思うのはブレないということだ。ゲームが進んでも疲れが全く見えない。メンタルがブレない。相手を恐れていない。口ではいろいろ戯言をこぼすものの、その心根は微動だにしない。相手が俺だからかと思っていたが、凛さんとの一戦でもイラつくことなく、ベストパフォーマンスを発揮した。なんなら相手を見下すくらいの余裕さえあったのかもしれない。


「考え事なんて余裕だね。タッ君」


 みちるの打球は絶妙に俺のミドルを貫いた。フォアで打つか、バックで打つか悩ましい着弾点だった。


「本当にいいところに打つな。別に関係ないことを考えていた訳ではないけどな」


「へえ、じゃあタッ君は何を考えていたの?」


「みちるのこと考えてた」


「あたし⁈」


 分かりやすく動揺が顔に出ている。みちるのメンタルはブレブレだった。先程の称賛を返してほしい。

 改めて試合に戻る。みちるの卓球は正確無比で、ミスらしいミスはほとんどしない。積極的な攻撃を仕掛けていかなければ、みちるに勝つなど到底不可能だ。今日の凛さんとのゲーム、最後のセットなどは象徴的で、攻めなくなった凛さんはみちるの安定した卓球の前に、為す術なく陥落していた。毎日、みちると手合わせする者として言わせてもらうと、みちるの卓球は、得点することを最優先とはしていない。に主眼を置いている。文字通り、打つ手が無くなった相手を、何の変哲もないオーソドックスな卓球で打ち負かす。俺以外の対しても、そういうアプローチをする姿を見て、予想は確信に変わった。奈鬼羅みちるというプレイヤーの卓球は本質的にズレている。自分が勝利するよりも、相手を敗北させることに意識が傾いている。だからだろう。みちるを空いてにしていると熱量を感じない。本来、スポーツ選手にあるはずの覇気がないのだ。その代わりに静かに相手を観察している。呪いをかけるように。みちるの見開かれた大きな瞳は、普段なら可愛らしいのに、対戦相手として正面に立たれると怖い。不安を増大させる。ブラックホールみたいだ。


 ② 奈鬼羅 みちる 8-6 滝川 卓丸 ②


「ったく。どうして。この点差が縮まらないんだ」


「フフ~ン。弱気だねえ、タッ君」


 分かっている。この気落ちをみちるは待っているんだ。このセットは、ずっと僅かなリードを許している。…だから何だってんだ!みちるに勝ちたい!その一心だけを持つんだ!邪念を振り払え!俺!


「俺のサーブだな。構えてくれ」


「あれ、持ち直した?やっぱりタッ君はいいね。全然折れないんだもん」


 折れない、か。みちるには何が見えているんだろうな。全身の神経をイメージ通りに動かすために、研ぎ澄ましてサーブを打つ。今日一番の俺のサーブに対して、流石のみちるも丁寧なレシーブで繋ぎに徹した。俺はラケットを大袈裟に振りかぶって、渾身のスマッシュを打つ。コースよりも力強さに重きを置いたスマッシュはコートの中央に着弾して、そのままコート外に達した。


「っしゃあ!」


 思わず、気合いが言葉となって溢れた。


「速すぎだよ~。ズルい~」


 みちるは目を > < にして嘆いている。普段なら、わざとらしくて邪推する今の仕草も今は心地よいばかりだ。今のはマジで最高のスマッシュだった。こんなスマッシュを常に打ち続けられたら、最強の武器になるだろう。


「みちる、今のスマッシュ、どうだった?」


「理不尽なくらい速かったから、二度と打たないでね」


 そう言われると、打ちたくなるのが人情ってものだ。さっさのプレーを模倣するイメージでサーブを出す。みちるがレシーブする。俺は全身の筋肉を素早く動かしながらも、ラケットを持つ方の手首だけはフラットにする。インパクトの瞬間に、手首のスナップを効かせて弾いた。つまり、再度のスマッシュ。その感覚は、ほぼ同じだった。さっきのスマッシュを再現出来た。やった!が、次に俺が見たのは、あっさりと返球されるボールだった。みちるがポイントを獲得した。卓球台に体を寄せ、台上にラケットを立てて待ち構えていたのだ。ブロックという技術だ。ラケットの角度だけを調節して、相手の打球を勢いそのままに返すことが出来る。はたから見ると、ボールをラケットに当てるだけ。ブロックの難しいのは、スマッシュは基本的に速いので、ほぼ感覚でやらなければならない。というのは建前で、本当に難しいのは恐怖心の克服だ。スマッシュを最前線で捌くブロック。怖いに決まっている。ましてや、女子のみちるが、男子で年上の俺の全力スマッシュを受けている。その恐怖心は計り知れない。


「へっへーん。タッ君のスマッシュ、我、攻略したり~」


「マジかよ…」


 みちるというプレーヤーは、動くボールを目でしっかり追っているが、今のスマッシュの速さには、ついてきてはいなかった。だが、体は確かに反応していて、ボールの着弾点にラケットを入れてきた。おぞましい反射速度だった。


 ② 奈鬼羅 みちる 9-7 滝川 卓丸 ②


 また、追い付けなかった。間違いなく、今の2本はベストパフォーマンスだった。この僅かな点差がずっと縮まらない。今ので無理なら、もう無理だ。俺は、少しだけ天を仰いだ。


「あーあ、折れちゃった♪」

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