第14話 試合後のラスボス
② 奈鬼羅 みちる 11-8 滝川 卓丸 ②
今日もみちるに勝てなかった。③ー②でゲームの勝者はみちる。負けた瞬間というのは、どうして負けたのか反省する思考には至らない。胸の辺りが悔しさで塗り潰される。視界が、音が、空気が少しだけ遠くなってしまう。この感覚はなれない。
「今日もあたしの勝ちだね。タッ君♪」
勝者のみちるは軽やかに近付いてくる。そのまま俺の腕に、ぎゅーっと抱き着いてきた。熱い体温が、柔らかな胸の感触が二の腕に迸る。
「み、みちる⁈どうした⁈」
「えへへ、今日の罰ゲームだぜい」
そう行って、むき出しの足まで絡めてきた。うっわ、いろいろと温かい。俺の体の半分に幼馴染とはいえ、女の子が抱き着いてくる。
「お前、今日から女子高生だろ!その辺の自覚を持ってくれ!頼むから!」
「お?あたしがJKになったことで、タッ君的にはテンション爆上げって感じかな?」
「そういう意味じゃねーよ!」
確かに今までも、罰ゲームと称したスキンシップは行われてきたけど、これは流石に…。こんなダイレクトに身体を密着させてくることはなかった。あったとしても、多少の罰の要素が存在していた。だから、多少恥ずかしくても、罰ゲームを受け入れられた。断ると「思春期~!」とか、からかわれるから癪だし。ただ抱き着くだけでは、今までと根本的に違って、甘えられている気がしてしまう。違和感を質問せずにはいられなかった。
「とりあえず離れてくれ。今日はどうしたんだ。幼馴染なんだから、いつもと違うことくらい分かる」
声のトーンから察してくれたのだろう。みちるは絡めていた四肢の力を抜いて、つまらなさそうに俺を解放した。
「ちぇっ、こういうとき幼馴染ってメンドーだよ。頭空っぽにして、喜んでいればいいのにさ」
うーん。どうにも俺のことをみちるは簡単に考えているフシがある。
「あのな、みちる。いつも2人でバカやりながら、こうして卓球してるけど、俺だってちゃんと考えてる。特にみちるのことは大切だから、気にしてるんだぞ。俺にとっては妹みたいなものだからな。卓球ではみちるの方が強いかもしれないけど、年上として、それ以外ところは俺に任せろ。悩みがあるなら聞くからさ。もちろん、言えないこともあるだろうけど」
みちるは深々とため息をついて、卓球台にもたれかかった。
「別に悩んでるとかじゃないよ。…いや、たった今、大問題が発生した気がするけど。とにかく、今はタッ君にハグしてあげたい気分だったの。いーじゃん、それで」
「全くよくないな。推察するに学園生活が始まったことか、部活についてのことが原因だろ。俺の勘では後者かな」
「もー、今日のタッ君しつこいー。あたしだって分かんないし。今、言った両方かもしれないし、どっちでもない感じもするから」
怒っているのが分かる。結構踏み込んでいるからな。予感はあるけど根拠はない訳だし。でも、必要なことだから、ケンカも覚悟の上だ。
「ってことは、原因は自分で分かっているんだな」
「は?何が?」
キレた。まあ、引き下がらないけど。図星っぽいな。
「その原因を教えてくれるだけでいいんだ」
「ちょっと、タッ君、本当にウザいからストップ。罰ゲーム、キツイのにするよ」
みちるは俺を睨んでくる。俺も視線を外さない。2人しかいない空間は沈黙、そして、無音となった。外で車が走行する音が、微かに聞こえた。
「…なんか、あたしがワガママみたいだよ。これじゃあ」
不貞腐れて言うが、俺としては、この発言の方が不思議だった。
「ワガママなのはダメなことなのか?」
「タッ君、何言ってんの?ダメに決まってるでしょ」
「そりゃあ、相手が嫌がっていたら、そうだろうな。でも、やりたいことを伝えて、受け入れてもらえるなら、それは2人に意思だ。いずれにしても伝えないと始まらないし、ワガママを言うこと自体は必要なことだろ」
「だって、タッ君、受け入れないじゃん」
「そうだな。だから、今は俺もみちるもワガママだ。みちるだけ泥を被ろうったって、そうはいかない」
「別にそんなつもりは…」
みちるは手元にあったピンポン玉を取ると、ラケットでコン、コン、と玉つきを始めた。雰囲気が和らいだか?みちるがしているように、卓球台にもたれかかってみた。ネットを中間に置いて、卓球台のみちるがいるラインのところだ。こちらを一瞥したみちるだが、それっきり玉つきの無機質な音を響かせ続ける。…リズムが安定し過ぎていて木魚の音みたいだな。なんて思った矢先、みちるは高々とボールを打ち上げた。気を取られてボールを目で追ってしまう。重力に従って、みちるの元へ直下降していく。みちるは、落ちてきたボールを思いっ切り打った。スマッシュというよりは、ハエ叩きっぽい振り回し方だった。
パチィン!
二の腕に電気が走った。
「いってぇ!何しやがる!…フぉぉ、痛え…」
後を追って、腕の表面に熱が波紋となって広がっていく。
「それ、今日の罰ゲーム。あのさ、あたし別にタッ君とケンカしたい訳じゃないよ。タッ君が分からず屋なことばっかり言うから、つまんなくなっちゃったんだよ…あ、そんなに痛かった?」
二の腕を押さえて震えていたら、心配されてしまった。痛いです。はい。すんごいよ。ピンポン玉、ナメたらあきまへん。
「俺が悪かった。スマン。って素直に謝りたくなるくらいには痛かった」
「ヤバいね。痕できた?」
「痕できた」
自分の腕を見せると、みちるは「うわー」とか言いながらニヤニヤしている。そのまま、腫れたところに顔を近づける。湿った感触がした。ペロッと。みちるが俺の腕を舐めていた。
「な、何すんだ、みちる!」
すぐさま、みちるとの距離をつくった。び、びっくりした…。反して、舐めた当人はキョトンとしている。
「何って…治療?舐めておけば治る的な?」
「お前なあ、女子が男子にそういうことするなよ。心臓に悪いだろ」
「つまり、嫌ではなかったんだね。仲直り代わりのサービスってことで」
「サービスって…」
「ちなみに、少ししょっぱかったよ」
「言わなくていい!」
俺の反応を見て笑っているみちるは、楽しそうだ。ひとしきり笑った後、息を整えて俺を見つめる。
「まあ、なんて言うかさ。ちょっと寂しかったんだよ。タッ君は学園で、あたしの知らない人たちと、よろしくやっててさ、頭で理解していても面白くなかった。あたしの知らないタッ君がいて。どこかへ行っちゃう気がして。それで、つい、ぎゅーっとしたくなった…でござんす」
分かりやすく頬を紅潮させながら、みちるは伝えてくれた。なんだよ、ござんすって。恥ずかしがってるの丸出しかよ。え、待って。もしかして俺が聞き出そうとしてた話って、コレ?もっと、こう、新生活への不安的なもので抱き着いてきたのかと思っていたから、みちるに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「みちる、すまなかった。そういう理由だと思ってなくて、しつこく聞いてしまった。あー、ホントにごめん!」
「ホントだよ。今めっちゃ恥ずかったんだからね。全くタッ君は、こういうときの乙女心を全然理解してないよね。ダメダメだよ。ダメタッ君だよ。タッ君とギクシャクしたくないから、このあたしが折れてあげたんだからね。感謝してもらいたいところだよ。…って、わわっ!」
自分の無神経さに行き場のない悔しさを感じた俺は、せめてもの報いにと、みちるを優しく抱きしめた。
「寂しい想いさせてごめんな。もう遅いかもだけど、抱きしめさせてくれ。こんなことで、みちるが安心できるなら、いくらでも抱きしめるからさ」
「…そんなこと言って、タッ君があたしをぎゅーってしたいだけでしょ?」
口ではそう言いながら、みちるからも抱きしめてくれた。
「拗ねないでくれよ。よしよし、いい子だから」
「子ども扱いしないでってばぁ。んぅ。息するとタッ君の匂いがする。スンスン。ぎゅーってされながらだと、なんか、すごいね」
「あ、そうだよな。嫌だよな。今、離れるから」
「ん~ん。離れないで。スンスン」
「嗅がれるの、かなり恥ずかしいんだが…」
「んへへ、タッ君…」
抱き合っているから顔は見えないけど、みちるの声からは幸福感が溢れていた。みちるが望むなら、また、こういう時間をとるのもいいかもな。俺も嬉しいし。
体育館の入り口から、こちらを覗いているみちるの祖父と目が合ったのは、それから10秒後の話である。そっ閉じ、されてしまった。…後で何て言おうか。
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