第12話 ラスボス、一旦帰る

「それで、どうだったんだ?」


「うん。楽しかったよ」


 2人してエナジードリンクを飲みながら帰る途中、今日の部活が話題に上がる。


「雰囲気とか分かったか?あんまり先生が見に来るとかはないけど、みんな練習はキッチリやってるんだ。大会前は、もっとピリッとした空気になるぞ」


「やっぱり、適度な緊張感は大切だよね。あたし的には好印象だよ」


 ナチュラルな笑顔で感想を述べるみちる。150センチに満たない小さな体だ。歩幅が小さいので、俺は合わせて歩いている。ただ、活発なだけあって歩行速度は速いので、合わせると言っても微調整程度だ。


「そいつは良かった。部のみんなも、みちるには興味津々だったからな。我が部は強い人、大歓迎だ」


「ひしひしと感じたよ。本当に良かった。そういう部で…。ねぇねぇ、タッ君は歓迎してる?あたしのこと」


 上目遣いでこちらを覗き込んできた。その瞳は期待の色に染まっている。動きに合わせて揺れるショートカットはサラサラで、触り心地が良さそう。整った目鼻立ちと、友好的で朗らかな表情が、小動物らしいイメージを醸し出す。幼馴染でなければ、常時ドキドキしてしまうだろう。ほっぺた、ツンツンしたい。


「歓迎してる。当たり前だろ。聞かなくても分かるだろうに」


「そうだけど、ちゃんと言葉にしてほしいのー。タッ君そういうこと、全然言ってくれないからさ」


 プーと頬を膨らましておられる。よし、ほっぺたツンツンしよう。


「ぷみゅっ。にゃにするんじゃー!」


 口から空気を押し出されたみちるは、目を ▽ ▽ のマークにして不満を訴える。そこまでは怒っていないかな。


「あたしを愚弄した罰じゃあ。えい!」


「ぐはっ!」


 前言撤回。みちるから頭突きの仕返しが、俺の腹にキマった。女子として、それでいいのか。みちるよ。油断していただけに無防備だった俺は、鈍痛に悶える。腹にグニッてきた。グニッて。


「まったく。タッ君だから、この程度で済んでるんだからね」


「申し訳ごぜえません、みちる様。…可愛げねぇなあ」


「なんだとぉ~!」


 仲の良い兄妹のようなやり取りが心地良い。気心の知れた年下の女子とじゃれ合うのは楽しいけど、こんな自分を他人に見せるのは抵抗があるからな。学園では、適切な距離間を保つことにしている。みちるも最初は不本意そうにしていたが、理解してくれた。


「そういえば、ずっと気になっていたんだけど、みちるの敬語って変じゃない?ほら、ありがとうございますです、とか。最後に です って付けるやつ」


「あ、やっぱり気になる?一番最初に凛先輩に会ったときに、その口調になっちゃったから、もうこのまま言い続けちゃえー。みたいな?」


「それでいいのか?いや、みちるがいいなら問題ないか。何故か、しっくりきてるし」


「あたしも割と気に入ってるー。カッコイイよね」


「かっこいいか?」


「カッコイイよー。死を告げる感じがするよね。ありがとうございますDEATHってね」


 みちるは自らの額を手のひらで覆い、微笑を浮かべている。コイツ…、こじらせてやがる…!見ているこっちが恥ずかしかった。


「タッ君、ツッコんでよ。あたしが、イタい子っぽくなってるからさ」


 みちるの顔が、ほんのり色づいていく。


「恥ずかしがるくらいなら、やらなきゃいいだろ。置いてくぞー」


「あ、待ってよ、タッ君」


 ホップ、ステップで俺に並んだみちるは、ラケットを持ったフリをして、エアスマッシュをした。職業病ならぬ部活病みたいな感じだ。しかし、女の子って動き回るだけで、いい香りがするから不思議で仕方がない。


「タッ君、今日もウチに来るでしょ?」


「その言い方は語弊があると何回言えば…。そうだな、みちるさえ良ければ、今日も相手になってくれ。体育館をタダで使えるのは、マジで助かるからな」


「ンフフ~。大いに感謝したまえ♪」


 みちるには厚意で体育館を使わせてもらっている。というのも、みちるの祖父が 学悠館 という公民館のオーナーをしている。各室で様々な教室や、催し物が行われている施設だ。ここに、体育館もある。専らレクリエーション用に使われているが、卓球台も普通に置いてある。以前までは、ここで卓球クラブ活動をしていたコーチがいたが、それもなくなり、今は閑散としている。どうせ空いているのだからと、みちるが誘ってくれたのをきっかけに、俺が中学2年の頃から、ほぼ毎日、みちると卓球をしている。みちるの祖父も、すんなりと受け入れてくれた。それどころか、差し入れとしてジュースやアイスまで、いただいてしまっている。この間、俺が頭部を打ったときも、手当てをしてくださった。


「時間はいつも通りにするのか?」


「そうだけど、なんで?タッ君、用事あった?」


「いや、俺じゃなくて、みちるの方がさ。部活やった後で辛くないかなって思って。俺はいつものことだから、いいけどさ」


 当然の心配をしたつもりだったが、みちるは目をハッと見開いたあと、ニヤケ始めた。


「え~?タッ君、心配してくれるの~?気持ちは嬉しいけど問題ないよ。そういうことは、今日あたしに勝ってから言ってほしいな~。体力オバケと呼ばれたあたしをナメないでいただきたい」


「コイツ…。いい度胸だな。やってやるよ」


 こめかみをピクピクさせながら挑発を乗る俺を見て、みちるは満足そうにしていた。


「てか、あたしにとっての卓球の時間は、これからだし。部活も悪くないけど、所詮はタッ君と打ち合うための前座に過ぎないんだよね。いっつもタッ君だけウォームアップ終わっててズルいなーって思ってたけど、今日はあたしも準備出来てるからね。完全体のあたしが降臨するよ!」


 快活に言い残すと、みちるはダッシュで自宅へ走っていった。俺もさっさと準備して行くとするか。


「ん?」


 走っていったはずのみちるが、こちらに振り向いている。


「一旦別れてから、また会うのってデートみたいだね!」


「色気ゼロだけどな!」


 距離があるので、声が大きくなってしまった。みちるは笑っている。夕陽のせいか、はたまた、遠目に見ているせいか、その顔は赤くなっていて可愛らしかった。

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