第35話 友情エンドルートに突入しました
「──と、いうわけだ。わかったか、親友?」
「ああ、まあ……な」
勇人は現在、九煉にレクチャーを受けていた。
「ようするに封印には、『聖杯レプリカ』、『魔方陣』、『魔力(血)』、『鍵言語』の四つが必要だってことなんだよな?」
「もうひとつ、『巫女』──いや、いまは『封印術者』だったな──それを含む、五つだ」
「……ボクまでもの扱いっ? まあいいけどさ!」
勇人は鼻を鳴らして確認に戻った。
「このどれが欠けても、封印はできないってことだよね?」
「ああ、そのとおりだ。まあ、聖杯レプリカは予備があり、魔方陣は知識さえあれば描くことができる。魔力(血)は有り余るほどにあるだろうから心配はないな。鍵言語については、なるべく簡単なものを設定するつもりだが、忘れたときのために、カンニングペーパーでも仕込んでおけばいいだろう。で、最後の、封印術者──おまえだけは、代えが利かぬからな」
「……わかってるよ」
勇人は浅く息をつくと、窓から外を見た。
ちょうど、世界は昼の時間帯から夕闇に落ちるところだった。
たそがれどき。
太陽が別れを告げ、夜の時間がやってこようとしていた。
夕日が大地を赤く染めていて、川面がきらきらと光を反射していた。なんてことない風景だ。いつも気にもしない、一日が終わるとき。これまで何度もあきるほど見てきたものだ。
それなのに、それから眼が離せなくなった。
この光景が、たまらなく美しく思えて、深く胸をうったのだ。
我知らず、勇人は涙を流していた。
たぶん、自分が夕日を見ることは、二度とないのだろう。
まるでこの光景を眼に焼き付けるように、やさしい太陽の輝きを見続けた。
その隣で、九煉も黙って眼を外に向けている。
ただ静かに、二人して、その日の終わりを見守り続ける。
やがて、日は沈み、夜の帳が落ちた。
「人生、最後の夜だな」
ぽつりと零すように、九煉が言った。
「クリス嬢と、一緒にすごしたかったのではないか?」
その問いに、勇人はわらった。
「いや、いいんだよ。あいつは家族と最後の日を迎えること望んでいるだろうからな」
「だが、彼女は本当に死ぬわけではないのだぞ」
九煉の言葉に、勇人は彼女がいるであろう方角を見やる。
「それでも、だよ」
「まあ、クリス嬢には言えぬことだしな」
「……当たり前だろう」
言えるわけがない。
勇人が明日やることは、クリスの誇りを穢す行為なのだ。
すべての人々を護りたいという、その想いを踏み躙ることだから。
「ボクが勝手にやることなんだ」
それになにを感じたのか、九煉は器用にもネコの口で唇の端をあげた。
「そうか、だがそれで最後の夜を俺と過ごすことになるとは、ツイてないな、親友?」
それに勇人は肩をすくめて見せた。
「なあ、悪友。昔さ、もし明日地球が滅ぶとしたら、あなたはどうしますか? って質問が
九煉は鼻を鳴らして、答えた。
「ふん、あったな。そんなくだらない質問が。あなたは最後になにを食べたいですか? なにをしたいですか? 誰と一緒にいたいですか? というヤツだろう?」
「うん、それ。で、さ──ボクは明日、死ぬ──これは確実だろう? だから考えてみたんだ」
勇人は苦笑するように九煉を見た。
「したらさ、笑えることに、何度考えても同じ答えがでたんだよ」
「ほお、それはそれは、どんな答えがでたんだ?」
「おまえと一緒にいることだよ」
その言葉がよほど意外だったのか、九煉は眼を軽く見開いた。
「……は?」
「笑っちゃうだろ。ああ、ボクに例え恋人ができても、結婚しても、最後までおまえと馬鹿やってんだろうなって。そう例え、明日世界が滅びるとしても、ボクが明日死ぬことになろうとも、それだけはいつまでたっても変わらないんだろうなって。そう思っちゃったんだよ」
それを聞いた九煉は、わらった。
いつもの不遜で自信満々という笑みではなく、真ん丸い眼を細めて、ただ、本当にうれしそうに微笑んだのだ。
「……そうか」
「ああ、そうだよ」
そんな珍しい表情を、勇人は穏やかな気持ちで眺めていた。
「なあ、親友。輪廻転生という言葉を知っているか?」
「ん? 確か魂は流転して生まれ変わるって考え方だっけ?」
「そうだ。詳しくは仏教用語で、三界・六道に生まれ変わり、死に変わることを絶え間なく繰り返す──という意味らしいがな」
また変なことに詳しい奴だな、と勇人は半ば呆れ、半ば感心した。
「で、それがどうかしたのか?」
「輪廻転生というのは、本当にあるらしい」
「はい?」
「正確には、三界・六道ではなく、多存在世界を魂は巡り、生き死にを繰り返すのだそうだがな」
「……それも、もしかして、その管理人って人から教わったのか?」
九煉は唇の端をあげて頷いた。
「だから、親友が死んだら、俺はおまえの魂を見つけだして、逢いにいくぞ。たとえどの世界に生れ落ちたとしても、──必ずな」
九煉は不敵な面構えでそう言い放った。
「本当かよ」
それに、勇人は声をあげたわらった。
いまの話が本当か嘘か、勇人にはわからない。
だが、たとえ嘘だったとしても、彼の心遣いがうれしかった。
勇人は明日、死ぬ。
それでも後悔もなく、思い残すこともなく逝くことができるだろう。
「ボクの魂って見分けがつくのか? そもそも見えるものなのか?」
それに九煉は、ふむ、と首をかしげる。
「なあ、親友。魂とはそもそも、どこにあるのだろうか?」
ダメじゃん。
勇人は苦笑しながらも考えた。
「そうだな、ぱっと思いつかないけど、おまえはどこだと思う?」
「俺か? 俺はそうだな……、魂とはやはり心や人格と同義だと考えるから、そうなると感情を司る前頭葉だろうか? ふむ、思考時に脳内を駆け巡る微弱電流のなかに魂は存在しているという説もあるが」
一理ある。そうなればSF小説で、アンドロイドが感情を持ち、すなわち魂があるということも納得できそうな説だ。
だが。
勇人は違うと思った。
「たぶんさ、魂っていうのは、──ここにあるんだよ」
そう言って、勇人は自らの胸を指した。
これは理屈ではない。
ただそう思っただけだ。
魔法は魂の衝動だと、九煉は言っていた。勇人が魔法を使うとき、胸の奥底──が脈動するように、高鳴るのだ。
おそらく、それが心であり、──魂なのだ。
その意見に、九煉は満足そうに頷いた。
「そうだな。そうかもしれぬ」
九煉はゆっくりと立ち上がり、こちらの膝に飛び乗ってきた。
そして前足をあげると、一閃。
「痛……ッ!」
鋭い爪が浅く皮膚を切り裂いていた。
「おいおい、悪友。なにするんだよ?」
痛みに顔をしかめながらも、傷を確かめた。
ちょうど心臓の上に、複雑な傷ができていた。五芒星と円だ。
「魔方陣……?」
「魂を見つけるための目印だ」
九煉はいい仕事をしました、とでも言いたげに頷いていた。
「目印……ね」
勇人は、吐息をつき、眼を細めた。
「まあ、そういうことなら甘んじて受けましょうか」
互いにニヤリと笑みをかわす。
「そろそろ腹が減ったな」
九煉はそう言って勇人を見あげた。
「最後の晩餐だが、なにを食いたい?」
「そうだな。ハンバーガーが食べたいな」
「なんとジャンクな!」
九煉が慄いたように、仰け反った。
「だが、我が親友のリクエストだ。俺が独自に開発したシメ鯖てりマヨバーガーを、是非とも召し上がっていただこう!」
「そんな怪しげなもの食べたら魔神を封印する前に食中毒で逝っちゃうだろうが!」
勇人と九煉はいつまでもそんな馬鹿なことを言いあっていた。
終わる夜を怖れるように、愛おしむように、ずっと笑いあっていた。
それが勇人のかけがえのない、最後の時間だった。
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