第34話


「これで、あなたの目論見どおりになった、というわけだな。──アイオロス氏?」


 話し合いも終わり、勇人が退室した後、九煉は一人残り、そう口にしていた。

 それに苦笑いするように眼を細め、アイオロスは手を組んだ。


「そうだね。正直、ここまで胸が痛むとは思っていなかったがね」


「白々しいな」


 アイオロスの言葉に、九煉は鼻を鳴らした。


「……そうだね。で、君が残ったのはこんな嫌みを言うためではないだろう?」


 勇人は聖剣のことで少し頼みたいことがあるといって、工房の親娘を訪ねに行った。それについていかずに九煉がここに残ったのは、確かに理由がある。


「ああ、その通りだ。封印作業の手順を決めておこうと思ったのでな」


「そうか」


 アイオロスは後ろの目配せをして、ユーフェミアがそれに頷いた。相変わらずアイコンタクトで意思疎通をしている。仲がよろしそうでなによりだ。実は妻が生きていた頃から愛人関係なのではないかと勘繰ってしまうが、まあ、そんなことはどうでもいい。


「とりあえず、できる限りの軍勢でいくということだったな」


「ああ、魔神の封印の場所を特定することができて、やっと各国の足並みがそろわせることができたからね」


「ふん、それはご苦労だったな。まあ万をこえる軍と、聖剣の力があれば、魔族軍と魔王は、とりあえず問題ないだろう」


「私もそう思う。それで?」


「問題なのが、魔王を倒し、『聖杯』を奪い返してからだ。素直にクリス嬢に、話をして変わりに親友が犠牲になるから、封印をしなくてもいい、と言ってもあの娘はきかんだろう」


「それは……、そのとおりだね」


 言いよどんだ一瞬でなにを考えたのか、まるで頭痛をこらえるかのように、眉間にシワがよっていた。


「で、だ。とりあえずクリス嬢に儀式をやらせてしまおうと思う」


「……ッ! だがそれでは!」


「落ち着いて、話を最後まで聞け」


 腰を浮かせたアイオロスは九煉の言葉に、一応は落ち着きを取り戻す。九煉としては、彼の後ろで冷ややかにこちらを睨みつけているユーフェミアを取り成してほしいのだが、まあ、それもいいだろう。


「その前に、取り戻した『聖杯』に細工を施す。そして儀式中に暴走して壊れるようにしておく。『霊血』によって『聖杯』と共鳴状態にあるクリス嬢は、その衝撃で気を失うだろう。それから、彼女を安全なところまで下がらせると同時に、あらためて親友が封印を行う。封印の手順は、魔力の反発を防ぐため、『魔方陣』──魔神解放のために描かれているやつ──を利用して、魔神を一瞬だけ復活させる。もちとん完全に復活させないように術式をいじくる。そして力を発揮できないうちに、『魔方陣』の効果を反転させて、親友が『レプリカ』に血をそそぎ、封印術式の『鍵言語』を唱えて、封印──と、ざっとこんなものだろう」


「なるほど」


 アイオロスが妙案だと頷き、意見を尋ねるように、ユーフェミアに眼配せを送る。


 それに彼女は眼を伏せ頭をさげることで賛成の意を示した。


「では、親友には俺から話しておこう。それと──」


 九煉はここで卓上の『聖杯レプリカ』を眼で示した。


「このレプリカの予備を一つ、もらおうか」


 その言葉が以外だったのか、アイオロスは軽く眼を見開いた。


「予備……ですか?」


「ああ、いま語ったのはあくまで机上での空論だ。現場ではいつ何時、不測の事態が起こるかもしれぬ。そうこのレプリカも魔族との戦いで壊れる、ということがありえないわけではない」


 そうして、アイオロスの眼を見あげる。


「聖杯のレプリカが、これだけということはないはずだ。いくつもの試行錯誤繰り返して、レプリカを造り上げたのだろう。一つぐらい、これと遜色のないほどの物もあるはずだ」


 その問いに、アイオロスは苦笑するようにユーフェミアを見た。彼女は首肯すると、部屋を出て行って、一分もしないうちに戻ってきた。聖杯のレプリカをその手にのせて。


「ほう。これはなかなかのものだな」


 九煉は二つを見比べて、両方とも首に巻いてある白い収納布の中にしまいこんだ。


「では一つは親友に渡しておく、もう一つは万が一のために俺が持っていることにしよう。さて、俺の用件はこれで終わったが、そちらはあるか?」


「とくにな──……いや、そうだな……、ユウトくんに、すまない、と伝えてくれるかな……」


 弱々しい笑みをうかべてアイオロスはそう言った。

 それを九煉は鼻にしわを寄せてせせら笑う。


「いまさら善人ぶるなよ、アイオロス氏。娘のためなら悪魔に魂を売ることも辞さないのだろう? たとえ、娘のために他の生贄を用意して、殺すことになろうとも、貴様は笑ってそれを行わなければならない。許してもらおうなど、──ムシが良すぎるぞ」


 言い捨てて、九煉は部屋を後にした。


 その後ろで、彼がどんな表情を浮かべていようが、知ったことではなかった。


 それが、彼が犯した、──罪の重さなのだから。

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