第31話


 勇人が去った後、九煉はアイオロスに話しかける。


「わざわざ話すことなどなかっただろうに、ずいぶん卑怯な手を使うのだな」


「なんのことだい?」


「こんな話を親友が聞いて、なにもしないと思うのか?」


「もちろん──」


 彼は柔和にわらった。


「──思わないよ。だからこそ話した」


「そういう意図があって話したからには、クリス嬢を救う手立てがあるのだろう? たとえば他の者の犠牲によって成り立つ方法が」


 アイオロスは眼を細め、より笑みを深めた。


「私はカトレーユが死んだあの日から、クリスを幸せにするという目的にすがって生きてきた。そのクリスが死ぬ? そんなことは許せない。許せるはずがない………クリスを生かすことができるならば、どんな卑怯なことでも、実行しよう。それが悪魔に魂を売る行為だとしても、──躊躇いはしない」


 笑顔のまま、そう言い放った。

 それに対して九煉は咽の奥から唸るように声をだした。


「俺が──それをさせるとでも」


「決めるのは、ユウト君だよ」


「そのために二人を一緒に旅に出したのか? 二人の気持ちを近づけるために」


「危険と隣りあわせで、長時間ともにいる男女は親しくなる確率が高い──それは事実だろうね」


 彼はやさしく諭すように言う。


「私は、ユウト君がクリスのことを好いてくれていると思っているよ。それに彼は状況に流されやすい性格をしているみたいだね。その場の勢いで危険だって冒すし、命さえかけることさえある。違うかな?」


 違わない。勇人は九煉とともに様々なことをやってきた。それは悪戯ではすまないものもあったし、ときには命の危険があるときもあった。なにせヤクザの事務所に特攻をかけたこともあったのだから。


「確かに、我が親友はその場の雰囲気に流されることが多い。自分から行動をおこすことはなく、いつも受身だった。そして、バカなことばかりやっている俺をいつでも見限ることができたのに、あいつは決して俺を見捨てようとしなかった。そんな優しい奴だからこそ俺はあいつの友でいることができる」


 九煉は静かにアイオロスは見据える。


「あなたの言う通りだ。クリス嬢を救うかどうか、──決めるのはあいつだ」


 そう言って九煉は彼の前から姿を消した。


 そこではじめてアイオロスは笑みを消し、天井を見あげるように吐息をはく。

 そこには柔和な仮面などなく、苦悩だけが刻まれていた。


「……カトレーユは、いまの浅ましい私を見てなんと言うかな?」


 まるで零すような、細く頼りない声だった。


「死者はなにも語りません。そう考えるのは良心がとがめるからでしょう」


 その独り言のような呟きに答えるのは、ユーフェミアの冷たい声だった。


「そうだね。それでも私は、──このままクリスが死ぬことを許せない」


 その言葉に、ユーフェミアは、ただ恭しく頭をたれた。


「すべて──ご主人さまの御心のままに」

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