第30話
それから四日後。
聖剣がなおったという知らせをアイオロスから聞いた。
体調も完全に回復し、メガネもなおしてもらった勇人は、ユーフェミアに連れられて、談話室で話すことになった。
そこに集まったのは四人。
勇人、アイオロス、ユーフェミアと九煉だった。
クリスの姿が見えないのが気にはなったが、看病してもらった日からやたらと彼女のことを意識してしまい、顔をあわすのが気恥ずかしいと思っていたので、正直助かった。
アイオロスが向かいのソファーに腰掛け、その後ろにユーフェミアが控えている。
九煉は、勇人の膝の上でまるまっている。
聖剣の鍛えなおしが終わり、魔神解放の儀式場がここ最近の探索によって、やっと判明したという。
アイオロスはかなり忙しく働いていたようだが、ようやくここまでこぎつけることができたというわけである。
決行は明日に控えていた。
「ユウト君にはお礼を言わなくてはならないね。ありがとう」
アイオロスはそれから切り出した。
勇人はなにに対してお礼を言われているのかがわからなかった。
「クリスを旅に同行させてくれたことだよ。快く了承してくれただろう?」
了承した記憶もないし、あれはアイオロスが無理やり同行させたというのが正しい。
「私は、クリスに世界を見せたかったんだよ。彼女が護るべき世界を見せてあげたかったんだ」
「いえ、ボクも勉強になりましたから」
そう答えつつ、勇人は首をかしげていた。なぜ過去形でクリスのことを語るのだろう。
不安が胸に広がっていく。
それにかまわずアイオロスの話は続く。
「私には妻がいた。カトレーユという名で、聡明で、美しい人だったが、身体が弱くてね。クリスが幼いころに病で……」
その先は言わなくてもわかったし、クリスからも聞いていた。
アイオロスの表情は、いつものやわらかい笑みのはずなのに、その眼に宿る光はひどく悲しげだった。
「私は妻にはなにもしてやれなかったから、クリスにはなんでもしてやりたかった。カトレーユのぶんまで愛してやりたかったのに……っ、私はまた、なにもできないままに……ッ!」
いきなり取り乱したアイオロスに驚きを隠せない。なにがここまで彼を追い立てるのだろう。
「……なにを、言っているんですか?」
彼は一瞬だけ沈黙し、言葉をつむいだ。
「君は、封印というのがどういうものか知っているかい?」
「はい、まあ」
魔獣から剣を抜くときに封印がどういうものか、九煉から一通り教わっていた。
「封印とは、人が滅ぼすことのできないほど強大な敵に対して施行される術式で、神や魔神とくらべて遥かに矮小である人の魔力でも扱うことができるようにできているって……」
「そのとおりだ」
アイオロスは頷いた。
「魔神に対して遥か矮小な人間がそれを封じるためにつくられた。大量の魔力を、施行者の命を燃やすことによって得ることができる術式を」
「……それって」
「わからないかい? はからずともユウトくんが封印されていた魔獣を倒すときにやったようなことだよ。君はそれで死にかけただろう?」
嫌な予感がとまらない。
「強大な魔族や魔獣相手の封印だったら寿命を縮めるだけで済むだろうが、魔神相手では、そうはいかない。封印の術式は、施行者の命を完全に燃やし尽くしてしまうだろう」
嫌だ。聞きたくない。もう聞きたくない。
それでも耳をふさぐこともかなわず、苦悩に歪められたアイオロスの顔から眼をそらすこともできない。
「『巫女』とは、その命と引き換えに、魔神を封印しなおす者のことを指すのだよ」
冷たい現実が突きつけられた。
「そう、クリスは魔神を封印しなおすために──死ぬんだ」
嫌な予感の終着地点。
勇人は最悪の答えに、眼の前が真っ暗に染まるような衝撃をうけた。
「巫女とは、そのためだけに生き、そのためだけ血を繋ぎ、そのためだけに死ぬ者のことなのだよ……ッ!」
「そんなことって……っ!」
「なんど代わってやりたいと思ったことか。私も初代『姫巫女』からの血を受け継ぐものだというのに、巫女の力は女児にしか現れず、私は血を繋ぐために死ぬことも──クリスとともに戦ってやることさえ許されない……ッ! なにがカトレーユのぶんまで愛するだ! 私はッ、またッ、またッ──なにもできないまま、──娘を、クリスを失ってしまうのだ!」
アイオロスが卓に拳を打ちつけた。勇人は彼が感情のままに行動するところをはじめてみた。それほど父として無力を感じ、憤りをその身に宿しているのだろう。
「……クリスが……」
勇人は、呆然と呟いていた。
このとき、はじめて知ったのだ。
クリスが再封印のために命を落とすということを。
いまになって思い出す。誰もが彼女に乞い願っていた。
──我々を救ってください、と。
何度も、何度も。
だが、それは魔神を封印しなおすために、死んでくれと言っていることに等しかった。
民がその事実を知っているかはわからない。だが、彼女は知っているはずだった。
彼女は勇人に言っていた。
「勇者としての誇りはないのか」
真摯な瞳でまっすぐに、勇人を見て。
それに対して勇人はこう返したのだった。
「ボクは異世界人だぞ。一般人の人間が勇者としての誇りなんてもてるわけないだろう」
それなのに彼女は、もっと過酷な使命を背負っていた。
──それを知ったとき、勇人は胸のうちで感情が荒れ狂い、眼の前が真っ赤に染まる思いがした。
「……ッ。すいませんっ。……ちょっと席を外します」
勇人は席を立った。
クリスのもとに向かうために。
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