第28話


 そして現在。


 ヴァランティー家の寝台で、勇人はひたすら自己嫌悪に陥っていた。


 キレて暴れまわったあげく、最後には泣いて九煉にすがるなんて……消えてしまいたい。

 赤面して頭を抱える勇人のことを、九煉がこちらの膝にのり見あげた。


「親友。あのとき訊いたな、『なんでこんな世界にボクを連れてきた?』と。俺はおまえの問いに答えよう。導くのがこの世界での俺の役目だからな」


 九煉は語った。


「運命だった、と俺が言ったことを覚えているか?」


「ああ、どういう意味だかわからなかったけど」


「それが答えだ。勇者はおまえでなければならなかったんだ」


「……意味がわかんない。なんでボクでなければならなかったんだよ」


「親友。おまえが特異点の因子を持っているからだ」


「はあ?」


 いいか、と九煉は前置きして。


「多存在世界を管理している機構と呼ばれる組織がある」


「なにその胡散臭いやつ?」


 まあ聞けと九煉は続ける。


「その組織は、幾多の世界を観測して、ある事実に気づいた」


「どんな?」


 一応、相槌をうってやる。


「ある特定の因子を持つ人物が、滅亡の危機にある異世界に召喚されることを」


 勇人は頬を引き攣らせた。


「その人物は異世界に渡ることで因子がその世界に適応して、超常の力を得る。そして世界を救う宿命を背負わされる」


 ──ここまで言えばわかるだろう。これが勇者召喚の絡繰だ。


 わかりたくないがわかってしまった。勇人は嘆息で応える。

 九煉は猫の身で器用に肩をすくめると、さらに続ける。


「なぜその現象が起こるのかは判明していないが、滅びの危機に陥った世界が自らを救わせるために特定の因子を呼び寄せているのではないかという説が有力だったな」


「ボクが異世界に召喚されたのも、膨大な魔力も、特異点の因子が原因だと?」


「その通りだ。だから親友は聖剣を行使でき、さらに俺たちの世界にはない魔法が使えるのだ」


 そこでふと疑問に思った。


「でも、魔法だったらおまえも使ってるじゃないか」


「俺はもともと魔力を持っていたわけではないし、魔力に変換される因子も持っていなかった。これは多存在世界の異なる世界の技術──存在力の変換だ。身を畜生にまで貶めることで、人としての存在力の余剰分を魔力に変換した。だから俺は魔法を使えるのだ」


「すまん、よくわからん」


「ようするに、人と猫だったら、人のほうが生物として存在の力を持っていると定義する。寿命ひとつとっても人は猫より十倍近く生きるしな。人よりも存在力の劣る生物に、身をやつすことによって、人としてのもっていた存在の力を別のもの──今回は魔力に変換したのだ」


「なあ悪友。説明がわかりにくいのは、おまえの悪い癖だ。格好つけた専門の言葉でなく、もっと簡単に説明してくれ」


「……だったら親友。人を一リットルのペットボトルに例えてみよう。猫は二百ミリリットルのミニペットボトルだ」


「ああ」


「その中に入っている液体が、存在の力だ。人が猫になったら存在の力は二百ミリリットルしか必要ではなく、残りの八百ミリリットルは余るな。この余った存在の力を別な力に変換して使うのが存在力の変換で、俺は魔力に変換して魔法の力を得たわけだ。どうだ理解できたか?」


「ああ、だからおまえって猫だったんだな」


 これでひとつの謎が解けた。


「で、どうして『おまえ』が、ボクをここ──異世界に連れてきたんだ? おまえの話が本当なら、おまえに連れてこられることがなくても、召喚されたはずだろう?」


「ああ、だが──親友がこちらに喚ばれるのが避けられないのならば、俺が介入することで少しでも事を有利に運ぼうと思ってな」


 九煉はそう言うが、勇人にとっては謎が増えるばかりだ。


「……前から思ってたけど おまえって本当に意味不明な奴だよな。なんでボクの因子とか異世界の情勢とか知ってんの? そもそもどうやって異世界に来たんだ?」


「ああ、多存在世界の管理人と懇意にしていてな。酔わせると、べらべらと喋ってくれるから重宝している。異世界のことも、親友のことも、存在の等価変換のことも、異世界への行き方もそれで知った」


「…………おまえ、ホントになにやってんの?」


 今更だが、コイツの人脈だの行動力だのが怖ろしくなった。

 それでも、勇人は救われた気持ちになった。


「ありがとな、悪友」


「む……?」


「おまえがいてくれたおかげで、ボクは途方にくれることも、絶望することもなく、この異世界にいることができる」


 そうこいつは非常識が服を着ているような奴だが、勇人が異世界に喚ばれると知って、ここまでついてきてくれたのだ。猫にまで身をやつしてまで。いまはその気持ちがうれしかった。


「ふっ、俺が親友を見捨てるわけなかろう。それにこんな面白そうなこと一人じめさせる理由もない」


 猫のくせして格好いいことを言う。

 勇人は苦笑した。


 いままで抱えていた謎は解けたが、もとの世界に帰るためにやることは変わらないのだ。


「で、なんでこいつがこんなところにいるんだ?」


 勇人は気になっていたもうひとつのことを訊いた。自分の足を枕に寝ているクリスのことだ。


「決まっているだろう。寝たまま起きない親友を付きっ切りで看病していたのだ。いじらしいではないか」


「はあ? こいつが?」


 そんなときクリスがうめきをあげた。

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