第26話


 二度目のブレスが迫る。


 ユーフェミアが魔獣を止めようと、氷の槍をぶつけるがびくともしない。九煉がどれだけ重圧をかそうが構おうとしない。


 まるで吸収した膨大な魔力に振り回されるがごとく暴れまわっている。

 クリスは剣を構え、その身を盾をした。


 その後ろには勇人が倒れている。まだ息があった。首筋の傷も闘繊護衣のおかげでそんなに深くないようだ。魔力の補給さえ間にあえば、助けることができる。


 クリスは決意の吐息をついた。

 どうしようもない奴だが、民を護るのは騎士としての勤めなのだ。

 自分の身を盾とする覚悟はできたが、だからといって、ここで死ぬわけにもいかない。


 わたしには果たさなければならない──魔神復活を阻止するという大役があるのだから!


 剣を前面に出し、呪文を唱えようと口をひらく。

 そのとき──


 ──黒い影が脇を横切った。


 それは人のかたちをしていて、クリスの前に立ちはだかった。


「……ユウト──?」


 思えば初めて彼の名を呼んだのはこの時だった。


 勇人は乱暴なしぐさで、ヒビのはいった眼鏡を投げ捨てた。

 それはひどくゆっくりと、宙を舞い、やがて地面に落ちる。


 ──カシャァアンっ


 まるで、脆い硝子細工を落としたかのように、淡い音をたててレンズが砕けた。


 勇人の右手が腰の柄にのびる。

 幅広な両刃剣を抜いた。半ば剣身を失い、錆びついて、なお──絶大な力を宿す『聖剣グラムスティガー』を。

 それを眼前で構え、勇人が口をひらく。


「我が属性は『虹』、我が性質は『剣』、我が『カミシロ・ユウト』の名において、──魔獣の吐息を断てッ!」


 彼の喚んだ虹色の光は弱々しく、燐光のように淡い輝きだった。

 無理もない。彼はあの魔物にほとんどの魔力を奪われてしまったのだから。


 それでもなお、虹色のきらめきは、太陽のように神々しく、極光のように色鮮やかで、すべてを包み込むような力強さを秘めていた。

 その虹光を剣に纏わせ、勇人は極彩色のブレスを受けとめた。


「無茶だ!」


 受けとめきれる力ではない。

 それでも勇人が諦めることはなかった。

 力負けするのはわかりきっていたかのように、剣身を左手で支えて、剣を傾けた。

 熱した鉄に水をかけたかのような音をたてながら、勇人の左腕が沸騰した。


 その結果、ブレスは微妙に軌道をそらし、極光の洪水となって地面を削り、後ろの岩壁を崩壊させた。


 まるで代償のように、聖剣はさらに砕けて、柄のみとなり、その左腕は灼熱に突っこんだように焼け爛れていた。


「…………っ!」


 そのことにクリスは息をのんだ。

 そして、それだけの怪我を勇人が負っても、クリスはかすり傷ひとつ負うことはなかったのだ。


 勇人が持っていた柄を投げ捨て、右手を眼前に出し、一言つぶやいた。


「聖剣よ──来い──」


 封印に使われていた折れた剣身が飛来する。それを無造作に掴み取る。

 折れてなお切れ味の損なわれない刃が皮膚を切り裂き、真っ赤な血が剣身を染める。いつ指が落ちても不思議ではない。


「おい、手が……ッ」


 思わずクリスが声をかけるが、彼はなんの反応もしめさない。

 だが、血が流れるそばから虹色の光が溢れ出る。それは次から次へと噴出し、とどまることを知らない。


 クリスは戦慄した。

 彼は、魔物に吸収され、魔力は尽きかけているはずだ。

 それなのにここまで膨大な魔力を扱える理由はひとつ。生命力を燃やして魔力へと変換させているのだ。


 勇人の髪の毛が艶やかな黒色から白へと変わっていく。


「やめろっ! このままじゃ──」


「──ぶっ殺してやる……ッ」


 その壮絶な殺気に、クリスは舌が凍ったようになにも言えなくなってしまった。


「──っらああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」


 そのまま魔物にむかって突進し、視界が虹光に染められた。

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