第25話
勇人は意識もうろう状態だった。
一応、周りの景色──戦闘を見ることはできるが、まるで夢の中のように霞がかっていた。
なんでこんな目にあわなきゃいけないんだろう。
思わず愚痴が漏れていた。
なんでこんなに身体中が痛いんだろう。なんでこんな異世界なんかに無理やり連れてこられて、勇者とか言われて、旅させられて、酔っ払い親父に管巻かれて、その娘には水かけられえて、わがままな貴族のお嬢さまには軽蔑されて、ボクがいったいなにをしたっていうんだよ──
もろもろを思い出して、どんどん怒りは加速していく。
そこに岩盤が落ちてくる。
まるで天井そのものが崩落しているようだ。
避けなければ、潰されて圧死してしまう。
だが、勇人の身体はピクリとも動かなかった。
それでも勇人は足掻いた。
──死にたくない。こんな異世界で、死んでたまるかぁ……ッ!
そこに、クリスが飛び込んできた。
勇人の身体を突き飛ばすようにして、一緒に床を転がる──否、跳ね飛ばされると言ったほうが正しいかもしれない。
視界が異常なほど揺れてまた意識が途切れそうになる。身体が何度も大地に叩きつけられているのだが完全に感覚が麻痺していて痛くない。
そして勇人の眼はクリスの姿を見つめていた。
床を転がり薄汚れてさえ、光の妖精のように可憐な彼女の姿に眼を奪われていた。
はじめてクリスの勇姿を見た、あのときのように、見惚れた。
同時に、それまで抱いていた怒りも忘れて、こう思った。
なぜ、ボクを助けたのだろう、と。あれだけ嫌いだと言っていたのに。
魔獣の咆哮が聞こえる。
こちらにブレスを放とうとしているのだ。
さすがに、これは勇人をかばった状態では避けることができそうもない。勇人を見捨てなければ彼女までブレスの直撃を受けてしまう。
だから今度こそ、勇人を助けるようなマネはしないだろう。
そう思っていたのに。
クリスは、剣を構え、その身を盾とした。
それを見て、勇人は慄然とする。
──なんでだよ! ボクのことが、大がつくほど嫌いなんだろう? それなのに、なんでおまえがボクをかばって、こんなところにいるんだよ。おまえは信じられないほど綺麗で格好よくて、それなのに詐欺みたいに性格が悪くて、傲慢で、ネコが大好きで──それでいいのに。なんで──ボクを護るようなことをするんだよ!
煮えたぎるような怒りが眼の前を真っ赤に染めた。
このままでは、彼女は死ぬ。大嫌いな自分を護るためにだ。
そんなことが許せるのか?
──許せるわけがないがないだろうッ!
こんなところ──異世界でなんか死にたくはない。だが、クリスを犠牲にしてまで生き恥をさらしたいわけではないのだ。
勇者としての誇りなど一欠けらもないが、一人の男としてそれぐらいの矜持はもっている。
心臓の奥深く──魂が脈動するように震える。
散々見下され、扱き下ろされて、それで命まで救われるなど、冗談じゃない。
──ボクが、気にくわない彼女──クリスを、護ってやるんだよッ!
魂が削られるような痛みと引き換えに力が湧き出る。それはほんの僅かかもしれないが、身体を動かすには十分だった。
ゆっくりと頭をあげる。魔獣が視界にはいった。
猛るような怒りが満ちていく。
──とりあえず、おまえは殺す!
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