第24話


 クリスの眼前であっという間に惨劇が行われた。


 止めにはいる暇さえなく、勇人の身体が投げ捨てられた。

 クリスの眼はそれを追っていた。力が入っていない手足は人形のようで地面に叩きつけられてなお、彼は身じろぎひとつしなかった。生きているのかさえわからない。眼の前でおきたことが信じられなかった。


 ──グルゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──っっ!


 魔獣は生前の姿を取り戻し、咆哮をあげた。

 それは、復活した歓喜の叫びだったのかもしれない。

 黒々とした毛並みに、炎のように輝く真紅の眼。その凶眼が新たな獲物を見つけたかのように細められる。


 停滞していた思考にかかわらず、クリスの身体は動いた。三日月の剣を復元させ、その切っ先を魔獣に向けていた。


 ──にゃあッ!


 視界の端を黒い影が通り過ぎた。クレンだ。


 クリスは、危ないっ、と手をだした。


 だが、信じられないことがおきた。

 魔獣が上からつぶされるように、その身を倒したのだ。


「クリスさま。クレンはただの猫ではありません。いまは戦力として考えてください」 


 ユーフェミアが冷静な声でそう言い、呪文を唱える。


「我が属性は〈水〉、我が性質は〈凍結〉、我が〈ユーフェミア・アイスキュロス〉の名において──凍てつき、貫け」


 地に突きたてた剣から冷気が発された。それは大地を走り、魔獣の足下で爆発するように突きだした。氷の槍だ。それが魔獣の手足を貫き、地面に縫いとめる。まるで昆虫の標本のように。


「──いまです」


 ユーフェミアに言われるまでもなかった。戦士としての本能がここに勝機があると叫んでいた。


 倒れているユウトのことも、いきなり魔獣が蘇った謎も、ひとまず置き去りにしてクリスは高らかに叫んだ。


「我が属性は〈聖〉、我が性質は〈封印〉、我が〈クリス・ヴァランティー〉の名において──魔の存在を封滅せよ!」


 剣に纏わりついた白い燐光は、瞬く間に純白の輝きとなり、魔獣を襲う光の奔流となった。


 それは、一寸の抵抗も許さず、その存在を封じ、滅ぼす──はずだった。


 ──ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!


 魔獣は、強靭な顎を驚くほど大きく開くと、そこから虹色に輝くブレスを放ったのだ。


 それは七色の極光となり、まるで虹の洪水のように、純白の聖光とぶつかりあった。


「なにッ?」


 それは勇人の魔法そのものだった。


 まさかと思った。

 封印式の中で餓死寸前だったのに、クリスの魔法を受けとめるほどの魔力はどこからきたのか。


 勇人に噛みついたことで復活したが、伝承の吸血鬼じゃあるまいし、血を吸うことで魔力が戻るなどあり得ない。

 なにより、勇人の魔力そのもの虹色の輝き、──やはり間違いない。魔獣は勇人の魔力を吸い尽くし、自分のものとしたのだ。


 そうだとしたら勇人が危険だ。魔力が枯渇した人間は長く生きていられない。


 その驚きがクリスの身体を硬直させた。


 それは致命的な隙だった。


 なにせ、ぶつかりあったブレスと封印の力が拮抗していたのは、短い時間だけだったのだ。


 極光のブレスは、封印の力を喰らい尽くすように消滅させ、さらにクリスを飲み込もうとしていた。


「しまったッ!」


 クリスは息を呑む。


 そこに、玲瓏な声が割り込んだ。


「──我が属性は〈水〉、我が性質は〈凍結〉、我が〈ユーフェミア・アイスキュロス〉の名において──凍土を築け」


 ユーフェミアの召喚した氷の盾だ。

 硝子を割ったかのような甲高い音が空間を振るわせ、氷塊の壁が極光を受け止めた。


 だが、それは一瞬の抵抗だった。

 氷壁は極光の咆哮にむなしく破壊され、粉々に砕かれた。


 それでも、クリスにとってはその一瞬で十分だった。脱兎のごとくブレスの有効射程圏内から脱出した。


 だが事態は悪化の一途をたどる。

 砕かれた氷塊によって極光が乱反射を起こし、天上や壁や床をでたらめに破壊し始めたのだ。


「……くっ!」


 なんという威力だろう。クリスの封印の力、さらにユーフェミアの氷の盾に阻まれて、なおこの破壊力。


 これが勇者から奪った魔力の力だとしたら、ユウトの潜在魔力は計り知れないものがある。


 舞い散る粉塵から眼をかばい、クリスは崩落する天上の瓦礫から身を逃がす。


 そのとき、ユウトが視界にはいった。彼は相変わらずぐったりとしていて動く気配を見せない。それなのに彼の頭上から岩盤が落ちてくる。


「危ない!」


 クリスは飛び出し、ユウトを掬い上げるようにして転がる。

 岩盤が墜落した勢いで、地面が炸裂したように弾けとぶ。それに吹き飛ばされ、地面に叩きつけれた。闘繊護衣のおかげで身体に怪我こそないが、衝撃に息が詰まった。


「くそ……っ!」


 罵るように身を起こすと、魔獣が二度目のブレスを放とうとしていた。

 クリスは避けようとして、すぐ後ろに勇人がいること思い出した。動きがとまる。


 ──ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──っっ!


 極光の咆哮が放たれたとき、ユウトが呻き声をあげた。

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