第22話
霊山シンデウムに向かう途中──
「巫女さま」
そう呼ぶ声に一行は足を止めた。
勇人はため息をつき、またか、と思い振り返った。
「巫女さま。どうか我々をお救いください」
何人か人々が集まり、クリスが囲まれている。みな頭をたれ、老女がすがりつくように声をかけていた。
こうなると勇人は立ち止まるしかない。
これは、旅の途中でよく見かける光景だった。
初めてのときは馬車から見るだけだった光景も、ガルムとアヴェンダの家を行ったり来たりするうちに何度か。そして、勇人ひとりが説得にむかってからは頻繁に民に囲まれているところを見るようになった。
ヴァランティー家の『巫女』であるクリスを拝み、助けを請う人々。
なぜクリスが『巫女』であることがわかるのかと不思議だったが、その目立つ容貌──蒼の瞳と長い銀髪──と、ヴァラアンティー家の家紋である獅子鷲の紋章ですぐにわかるのだという。
民はみな『巫女』である彼女に乞い願う。
──どうか魔族の魔の手から世界を護ってください、と。
この頃の魔族の跳躍に人々は不安にかられているのだ。
それというのも、魔族が魔神復活の儀式を邪魔されないために、各国の主要都市を断続的に襲っているのだ。
まあ、当然のことだろう。
魔族側も、人族に一丸となられて、総攻撃などかけられた日には、魔神復活の儀式どころではないのだから。攻め入られないように、攻める。守りにはいって、場所を特定されたらそれで終わりなのだ。
それに各国家も、魔神が復活したら人族の存亡の危機だというのに、自分の身可愛さで自国を守るために兵力を使って、魔神のことは他の国がどうにかしてくれるだろうと、まる投げである。眼先の安全と利権が絡み合って、時間ばかり浪費しているのだ。真面目に動いているのが人族の防衛ラインを自任する城塞都市ルタークのみであるように思えてならない。まあそんなことはないのだろうが。
さらに、不安に拍車をかけるように、近々魔神が蘇り、人族は存亡の危機を迎えるであろう、助かりたければ、この○○宗教にはいって聖なる神に祈りを捧げるのです。みたいな世紀末宗教のようなものまで蔓延している。
それらの言を裏付けるかのように、ある研究者が歴史の繰り返しから、今が人族の転覆の時期にきているという論文を発表。
まだ民には知らされていないが、事実、聖杯は奪われ、霊血も奪われて魔王は復活の儀式の真っ最中であろう。
すでに封印に綻びがみえているという。その影響で魔物たちがさらに強くなっているらしい。それらに事態は、各国の王とそれに連なる貴族しか知らないはずだが、人の口に戸はたてられない。いつかは外に漏れるだろう。そしてそれがさらに人々を不安に陥れる。悪循環だ。
一見平和に見える町だが、それは砂上の楼閣のようにもろく、際どいバランスのもとに成り立っているのだと実感させられる。
「安心してくれ。ヴァランティー家の当代『巫女』であるクリスティアーネ・ヴァランティーが必ず護る。この平和を誰にも壊させたりしない」
クリスはそれが貴族として当然のことだと、請け負う。
「貴族さまとはお偉いものなんだねぇ」
そんな軽口を、勇人が叩いた瞬間、ユーフェミアに氷のような刃を咽もとに突きつけられていた。
彼女から北極のごとく冷たく鋭い殺気が押し寄せる。それはいままでにないほどの殺意の奔流だった。
「──あなたにお嬢さまのお気持ちなどわかりはしないでしょう」
その言葉は、刃のように勇人の心を貫いた。
そして、剣先はすぐにそらされ、ユーフェミアはクリスのもとへ向かった。
「……なんなんだよ」
勇人は苛立ち混じりに呟いた。
「ボクが知るわけないだろ、そんなこと」
九煉がその様子を見て、哀しげに鳴いた。
そう勇人は知らなかった。
『巫女』が『魔神』を『封印』しなおすということがどういうが、どういう意味をもつのか。
この世界でただひとり──『勇者』である勇人だけが、その事実を知らなかったのだ。
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