第21話
そして、時は翌々日。
くだらない。くだらなさすぎる誤解がとけ、見事仲直りをした親娘は互いに抱擁をかわしていた。
「おれが悪かった、アヴェンダ」
「ううん、アタシのほうこそくだらない誤解なんかして……」
恋人同士なら問題ないのだが、二人は親娘だ。インモラルな香りがする。
そのことに眩暈を感じながらも、勇人は本題を口にした。
「仲直りしたことですし、約束を守っていただけますか?」
「もちろんだ!」
ガルムとアヴェンダは眼をキラキラさせながら、なおしてやるからさっさとよこせと言われる。
「どうぞ」
勇人は鞘ごと聖剣をガルムに手渡した。
だが、アヴェンダが手を引っ込めない。
「あの、聖剣は一本しかないんですけど」
──ガツンっ!
いつのまにか手にしていた金槌で頭を殴られた。いい加減殴られすぎて頭の防御力が上がってきた気がする。
「寝ぼけたこと言ってねえで、折れた剣先もよこしな! これだけじゃ、短剣か、細剣にしかなりゃしないよ」
「あ……!」
殴られた痛みも忘れて、勇人は口をあけた。
すっかり忘れていた。
「……今はここにないんですけど、っていうか……どこにあるかすらわからない、かな?」
「「あぁン?」」
親娘がふたりしてメンチをきってきた。
「「馬鹿かてめぇは、さっさと探してこい!」」
同時に怒鳴られた。
まあ普通は全部一式もってなおしてもらいに来るわな。だけど肝心の折れた剣身がどこにあるかわからなかったし、魔神復活まで時間があまりなかったからこっちを優先したんだけど──と言い訳すら聞いてもらえそうもない。
蹴りだされるように鍛冶場から追い出された。
同時に頭に衝撃が走る。
聖剣を投擲されたのだ。鞘付といえども当たれば痛い。
「「これだけあってもしょうがない、とっとと残り部分と一緒にもって来い!」」
まるで江戸っ子のようにこらえ性がない親娘だ。
そして、現在。
勇人は、クリス、ユーフェミア、九煉に、ガルム親娘についての報告と、このあとどうするかを話し合っていた。
場所は表通りにある。喫茶店──でいいのだろうか?
店の前にいくつものテーブルと椅子があり、店で出される軽食や飲み物をいただくことができる。勇人たちはそのうちのひとつに腰かけ、紅茶といくつかのお皿に肉と野菜が彩り豊かにもられている。それらパンに挟んで食べるのだ。
ハーブ入りのソーセージにチーズ、ピクルスやニシンのオイル漬け、青々としたレタスやきざんだオニオン。それにケチャップやマスタード、ジャムや蜂蜜まである。
どれを挟んで食べようか迷ったが、勇人はレタスに挟んだソーセージにオニオンをまぶしケチャップをマスタードをかけてぱくついていた。ソーセージがシャレにならないぐらい美味い。
九煉はニシンのオイル漬けを皿から直にかじっていた。
それを眺めつつ、勇人はため息をついた。
「で、これからどうするか。折れた剣身を探そうとにも、どこにあるのかわからないしな──」
話し合いといっても、折れた剣身がどこにあるかわからないのでは行動のしようもない。
どこか途方にくれたような雰囲気の中、いきなり、不可思議な高い音がした。まるで鳥が囀っているような。
「失礼」
そう言ったのは、ユーフェミアだった。スカートの裾に手をのばし、手のひらにのるような水晶を取り出した。それが音源であるようだ。音にあわせて光っている。というかあなたいまどこから水晶を取り出しました。そのスカートにそんな重量のあるものが収納されていたとは思えないのですが、いやあの恐ろしく鋭い剣を収納しているぐらいだから、水晶の一つや二つ入っててもおかしくはないのでしょうが。
勇人がそんな疑問を抱いていると、卓の上に置かれた水晶に、なにかが映りはじめた。
それは人の顔──アイオロスだった。
『やあ、久しぶりだねユウトくん。クリスも元気そうで安心したよ』
お父さまっ、と喜色をうかべるクリスとは反対に、勇人は顔をしかめていた。
いまさらこんな魔法で驚きやしないが、この人とはあまり顔をあわせたくないのだ。
『進行状況はどうだい?』
「鍛冶師のほうは見つけましたよ。あとは折れた剣身を見つけるだけです」
こちらに問いかけているようだったので、しょうがないから答えた。できれば娘かメイドと会話をしてほしい。この人と話すと、なにかと無理難題を押しつけられるような気がしてならない。
そんな被害妄想気味の勇人もなんのその、アイオロスは柔らかな笑みをうかべて手をたたいた。
『おや、それではちょうどよかった。どこにあるかわかったよ』
このひと鍛冶師が見つかるまで監視してたんじゃねえの、というぐらいのナイスタイミングだった。
「……どこですか?」
「ディブロンアーゾ地方の霊山シンデウムにあるそうだよ」
勇人は九煉に眼を向けた。説明を求めているのだ。
「ふむ。ここから北方面にある土地だ。岩場が多く、農業にはむかないが、そのぶん良質な宝石がとれる。とくに蛍石の名産地で知られているな。ブルーライトと呼ばれる、内側で水のように澄んだ輝きを宿しているものはこちらでしか採掘できないそうで需要が高い。だから、そこの山はどこもかしこも穴だらけで、そのふもとには町があり、宝石職人も数多くいるのだが──、その土地の者が決して近づかない山がある。太古に魔獣を封じ込めたという伝説がある霊山。それがシンデウムだ」
相変わらず辞書みたいな奴だな、勇人は感心した。
「よく知っているね。補足すると、その魔獣を封じ込めるのに使われたのが、どうやら聖剣の剣身らしいんだよね」
柔和な声で、アイオロスがそう伝えた。
「わかりました。ではそこに向かいます。お父さま」
そう言ったのは、クリスだ。
アイオロスは彼女をやさしく見つめ、気をつけるんだよ、と一言告げた。そしてユーフェミアに眼配せをして、彼女はそれに目礼でかえす。
「ではユウトくん。頼みましたよ」
勇人は肩をすくめて、了承の意思を伝えた。
そして、アイオロスは柔和な笑みを残し、水晶から消えた。
勇人は残っていた野菜や肉をすべてパンに挟み、三口でたいらげ、紅茶で流し込んだ。
「さて、では行きましょうか」
返事はなかった。
相変わらず、露骨にこちらを無視しているクリスと、もとから冷血で無口なメイド。
勇人は諦めたように吐息をはきだし、さっさと立ち上がって先に歩きだす。その足下を九煉がついてくる。
もうボクの相手をしてくれるのはおまえだけだよ、と家族に冷遇されているお父さんのような思考で、九煉を見つめた。
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