第20話
「──というわけらしいので、即刻その女の方と別れてください」
勇人はズバリと切り出した。
こんなくだらないことに時間をかけたくないのだ。だから余計な人員は連れてこず、自分ひとりで事に臨んだ。
「そうすればアヴェンダさんは戻ってくると言っています」
その言葉に、ガルムは黙り込んだ。
そして、やっと口をひらいたと思ったら──
「俺ぁ誰とも付き合っていないぞ」
そう言い放った。
勇人は取りあわなかった。
「それはもういいですから、とにかく別れてください」
「だから、俺ぁ誰とも付き合っていないって言ってんだろが!」
そういえばアヴェンダも付き合っていない。そんな女知らないの一点張りだと言っていた。勇人はため息をつきつつ言った。
「アヴェンダさんが帰ってこなくてもいいんですか?」
「だから、なんど言ゃあ、わかんだよ。俺ぁ誰とも付き合ってねえんだって!」
「調べはついてるんですよ。長い金髪を三つ編みにした細めの女性だそうですね?」
「だからそんなオンナ知らねえって言ってんだろ!」
それから延々と三十分も押し問答を繰り返した。
「し、しつこいですね。いい加減認めたらどうですか?」
「知らねえもんは知らねえとしか答えられねえだろうが」
そして、しばし沈黙して睨みあう。
こんなことしている時間が心底惜しい。とっとと聖剣をなおしてもらって、魔王を倒して、魔神の復活を阻止してもとの世界に帰りたいっていうのに。なぜこんな異世界で気難しい親父と見つめあわなきゃならないのだ。
勇人はげんなりしながらも、それを表にださず、ここからどうやってこの親父と女を別れさせるかを考えていた。このまま問答を繰り返しても時間の無駄だとわかった。
──コンコンッ。
そもそも、なぜガルムは娘を引き合いに出しているのに、この話に頷かないのだろう。娘が原因で大好きな鍛冶を辞めてしまうほど思い詰めていたのに。その親バカぶりを顧みれば、一も二もなく了承するとばかり考えていたのだが。なぜだ?
そこに、この問題を解決する鍵があるんじゃないかと思えてならない。
「あの、もし」
扉が開く気配がして、呼び声がかかった。
ガルムさんがそちらを向こうとするが、勇人はその前に声を張りあげていた。
「いま取り込み中です! 出直してきてください!」
即答して、その人物を見て、あんぐりと口をあけた。
玄関に立っていたのは、長い金髪を三つ編みにした細身の──ものすごい美人だった。系統は違うが美しさでは、あの妖精のようなクリスとタメをはれる。
勇人が唖然としている間に、ガルムが振り返りそごうをくずした。
「おお、フェリクス」
「こんにちは。ガルム」
外見からは少し予想外なハスキーボイス。だがそれがまた神秘的な雰囲気をつくるのに一役かっている。
「新作が完成したので、お見せしようと思い、寄らせてもらったのですが──」
長い包みを手にしながらフェリクスはちらりとこちらを見た。その眼差にすら色気が漂っているようだ。
「すいません。
「まあ、な」
そこでガルムは呆然とフェリクスに眼を奪われている勇人に気づき、紹介をしてくれた。
「おお、こいつはな、鍛冶仲間のフェリクスっつうんだ。極東の技法をもっている優れた刀匠なんだぜ」
ガルムはお気に入りの玩具を見せびらかすようにフェリクスの細い肩を叩いた。
その話を半ば聞き流しながら勇人は、ああ、と呻くように吐息をもらした。
決してフェリクスに、一目惚れをした──というわけではない。
一眼見た瞬間に、すべての謎が解けてしまったのだ。
「すいません。えっと、フェリクスさん……でよろしいでしょうか?」
勇人は、ともすれば脱力しそうになる身体に活をいれながら訊いた。
「ええ、そうです」
金髪の麗人は優雅に微笑んだ。
「失礼ですが──」
ここで一息とめ、
「──男、ですよね?」
あんまりすぎる結果を口にした。
「ええ、この顔ですからね。よく間違われるんですが、男ですよ」
フェリクスは苦笑するように、頷いた。
ああ──わかっていたけど、この結果は酷すぎるだろう。
「……ガルムさん。問題はすべて解決しました」
勇人は泣きたくなる気持ちを抑えながら彼に言った。
「アヴェンダがあなたと付き合っていると思っていたのは、彼──フェリクスさんです」
遠眼からは十分すぎるほど女に見える。間近で見て声を聞かなければ判断はつかないだろう。
ガルムは一瞬なにを言われたのかわからない、という表情をしていたが、その内容が頭にはいると、これでもかというぐらい顔をしかめた。
「……なんてこったい」
勇人も、まさにそんな心境である。
散々苦労して、二人の仲かを取り持とうとしたのに、その原因が勘違い。笑うに笑えない結果である。
「……アヴェンダさんにはこちらで迎えに行きます。事情も説明しましょう。彼女も事実を突きつけるまで信じないでしょうから、彼にはそれまで滞在してもらうか、また来てもらってください」
「あの、なんの話でしょう?」
フェリクスが困惑したように尋ねてくる。
「いえ、気にしないでください。ただ、男が美しすぎるのはそれだけ罪だ、というだけの話です」
「はあ」
よくわからず生返事をするフェリクスに、詳しくはガルムさんに聞いてください、と鍛冶場を後にした。
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