第18話


 ガルムが剣を鞘にもどして、勇人に返した。


「な、なんでですか!」


「俺ぁ、鍛冶師は廃業したんだ」


「それこそなんでですかっ? あなたは伝説の鍛冶師の弟子なんでしょう?」


「……娘がよ。出っていっちまったんだ。きっと俺が鍛冶にしか興味がねえから。それで女房も出ていっちまったんだ。これで娘にまで出ていかれて、おめおめと鍛冶なんぞ続けてられるかいっ! 娘は俺のすべてなんだよ! おろろおおおおおおおおおおおおおおおん! 帰ってきてくれぇ、愛しの娘よおおおおおおおおおっ!」


「うわぁ、またこれかよ……」


 どのみち、娘をどうにかしなければいけないようだ。


「まあ、最初から九煉に言われてたし、予定通りといえば予定通りなのかな。仲直りさせれば、聖剣はなおしてもらえるだろうし」


 ということで娘について聞きだしたいのだが、先ほどのように暴走しないか心配で訊くにきけない。


 後ろを振り返ってみるが、九煉は無理だと言う意味をこめて鳴き、クリスは顔をしかめて首を振っている。先ほどのことはよほど嫌だったらしく、もう関わりたくもなさそうである。

 ユーフェミアは言うに及ばず、こちらのことは一切無視している。


 勇人はため息をつきながら言った。


「娘さんの居所を教えてください。ボクたちがなんとか娘さんと仲直りさせますから、それができたら聖剣を鍛えなおしてください」


 その言葉は劇的なほど、ガルムに作用した。


「ほ、本当か! も、もしそれができたら、聖剣だろうが、なんだろうが鍛えなおしてみせらぁ!」


 やっと聖剣をなおす旅の第一歩が踏み出せたような気がした。


 しかし、これからが本当の苦難の始まりだったのだ。

 まず、ガルムに娘のことを訊くのに、まる一日を費やした。


 娘の名前は、アヴェンダ。

 これを聞き出すのに、ガルムは雄たけびを五回あげた。

 続いて年齢、十八歳。

 これを聞き出せたのは、彼女のこれまでの人生を──いかに可愛いのかを延々と聞かされ続けた後であった。彼ならば娘を眼にいれても痛くもないだろう。


 この途中で、クリスたちは宿をとるためにガルム宅を後にしていた。その中にただひとり残される勇人。気分は酔った上司にからまれて終電を逃がした新米サラリーマンであった。


 そして、娘が出て行った原因について訊いたところ、ガルムはおいおいと泣きながら、自分にはわからないと嘆いた。突然、こんな家出て行ってやる、と喧嘩別れに近いかたちで、出て行ったそうだ。

 そこでまたガルムは号泣しだし、これを慰めるのに何時間かかったことか。


 なにが悲しくて可愛い子ちゃんならいざ知らず、こんな毛むくじゃらの中年オヤジなんかを慰めなきゃならないのか、泣きたいのはこっちだと喚きたい気分で一杯であった。

 そして、肝心な娘の居場所だが、案外近い場所であった。


 隣町である。

 馬車で朝一に出れば、夕方までには十分に着く。


 ここまで聞き出したとき、勇人は真っ白に燃え尽き、意識は朦朧としていた。


 すでに外の空はすでに白みはじめている時刻──勇人の腕時計では午前六時すぎ──になっていた。もうすぐ太陽が昇ろうとしているのだ。


 ここで確認しておきたいのが、勇人たち一行がこの街に着いたのが昼のこと、それから聞き込みをして、すぐにこちらへとやってきたのだ。

 こちらの時刻のよみ方はいまだにわからないが、勇人の腕時計で十三時にはガルムの家にいたはずだ。

 まるまる十七時間は愚痴を聞いていたことになる。

 それも飲まず喰わずの徹夜で。


 ──どんな拷問だこれは。


 勇人はグロッキー状態になりながらも、必ず娘さんを連れてかえってくるので、そうしたら絶対に聖剣をなおしてください、と言い残してガルム宅をあとにした。


 外にでたときにはすでに太陽が昇っており、その光は徹夜明けの眼にはやたらと眩しく、気分的には灰になる寸前の吸血鬼である。


 勇人は、とりあえずクリスたちと合流しようとして、彼女たちがどの宿屋にいるのか知らないことを思い出し、呆然とした。


 いっそのことここで寝てしまおうか、とまで考えたが、いかんせんそれはできなかった。


 勇人が力尽きて倒れる前に、路地の向こうから豪奢な馬車が来るのが見えた。操車台に座って馬を操っているのは冷徹美人ユーフェミアだ。


 その隣には、珍しくクリスが座っている。長い銀髪は優雅にも風にゆれ、朝日を反射してキラキラと輝いている。それはその容姿もあいまって光の妖精のようであった。


 彼女の膝のうえには九煉までいる。膝枕なんて畜生の分際には十年早いと思う。


「いいタイミングで出てきやがって、どこかで隠れてボクのこと見て嘲笑ってたんじゃないだろうな……」


 そう愚痴りたくなるのも無理もなかった。

 勇人は漫然と馬車が来るのを待っていた。すでに歩く体力すら惜しいのだ。


 そして、馬車が眼の前に止まり、クリスが降りてきて一言こうのたまった。


「娘の居場所を聞き出すのにいつまでかかっているのだ下民。日が暮れるどころか、昇ってしまったではないか。それでもおまえは勇者なのか?」


 そろそろキレてもいいんじゃないかと勇人は思った。


 いくら温厚な自分でも頭にきていた。堪忍袋の緒にも限界強度があるということを、この傲慢な少女に教えてやるべきだろう。


「おまえな、人が苦労して聞き出してきたのに、まずはじめに言う言葉がそれか? だいたいなんでボクだけがこんなに苦労してんだよっ?」


「勇者だからに決まっているだろう」


「ふざけんな! 勇者っていう理由だけでこんなにこき使われてたまるか!」


 クリスは深々とため息をつく。


「情けない。勇者としての誇りはないのか?」


「あってたまるか! なりたくて勇者になったわけじゃない!」


 すると、クリスは無言でこちらを見据えた。その蒼い瞳には怖いほど澄んだ光が宿っていた。


「……本気で、言っているのか?」


 一瞬、怯んだが、負けじと言い返した。


「あ、あたりまえだろう! ボクは異世界人だぞ。一般人が無理やり勇者なんかやらされてるのに、そんなものがもてるか!」


 その言葉を聞いたクリスの双眸は凛然と冷え切った。


「……そうか」


 彼女はただそう言って、馬車に乗れと首をしゃくって見せた。まるでこれ以上おまえにはなにも期待しないというように。


 これ以上の言い合いもバカらしく、勇人は反論もせずに従った。


「行き先は、隣町のラリだよ。そこに家出娘はいるんだって」


 クリスは無言だった。ただ視線だけをユーフェミアへとむける。それだけで十分だったのだろう。馬車はゆっくりと動き出した。


 それにあわせて勇人は眼を閉じた。少しでも眠っておかなければ体力が持たない。


 一眠りするころにはラリへ着いていることだろう。

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