第14話


 そんなこんなで、七日目の昼。

 ついに『鍛工の街・レンダル』に到着した。


 街を見た瞬間、勇人はマジ泣きをした。これで柔らかなベッドで寝ることができる。もう夜の闇も、獣の遠吠えに悩まされることもない。そして横暴なクリスと冷血なユーフェミアに怯えることもないのだ。

 勇人は人知れず感涙にむせび泣いた。


 そんなことは露知らず、クリスは珍しげに馬車窓から街並みを眺めていた。ちなみにユーフェミアは御者台で馬を操っている。九煉はその膝で丸くなっているだろう。ネコとクリスの組み合わせは危険すぎるので、勇人が離れているように頼んだのだ。


「ここが、鍛冶師の集まる街なのだな」


 クリスがぽつりと零すようにそう言った。

 勇人はこっそりとメガネをずらして涙をぬぐいながら尋ねた。


「なんだよ、クリス。ここに来たのは初めてか?」


「無礼者。誰が名を呼ぶことを許した。様をつけて敬え下民勇者が」


「…………」


 勇人はあまりの傲慢さに頬が引き攣るのがわかったが、あえて反論せずに──先日のように〈封滅〉されることを怖れたわけでは決してない──言い直した。


「こちらに訪れたのは、初めてでしょうか、大貴族のご令嬢であるクリスさま」


「ふん、当たり前だろう。わたしは人類の砦である防衛都市ルタークが大貴族──ヴァランティー家の『巫女』であり、上級騎士だぞ。ここに来るのが初めてどころか、ルタークを出るのも初めてだぞ」


「さようでございますか。──はっ、超がつく箱入り娘ってわけね」


 勇人は後ろの部分をクリスに聞こえないように呟き、彼女にならって窓から外を見る。


 そこで気づいたのだが、この馬車に気づく人たちが、まるで祈るように胸の前で手を組んだり、頭をさげたりしているのだ。


「なんだあれ?」


 思わず勇人の口から独り言が漏れていた。


「わたしがヴァランティー家だからだ」


「は?」


 独り言に答えが返ってくるとは思わなかったので、正直驚いた。


「まさか、相手がお偉い貴族さまだからみんな傅いてくれてるっていうのか?」


「……そうだな。間違ってはいない」


 わお、まさか肯定されるとは思わなかった。


「貴族の特権ってやつか……」


「そうだ」


 クリスは笑いもせず、当然のように言い切った。その眼は祈るようにこうべをたれている民たちに向けられていた。


「はあ、貴族主義ってやつかね?」


 正直、民主主義──建前としてはみな平等であると耳にしている現代人としては、どうにもしっくりこないものだった。


「まあ、いいけどね」


 この世界の社会の仕組みがどうなっていようと関係ない。とにかく一刻も早くもとの世界に帰れさえすればいいのだ。そのために聖剣をなおせと言われればその通りにするし、魔王を倒せというのならやってやろう。それしか帰る方法がないのだから。


「街並みが変わったな」


 クリスがそう口にした。


 ひとり思考に没頭している間に、大きな煙突がならびもくもくと絶えず煙を吐きだしている区画へと馬車は進んでいた。トンッカンッ、という金槌を振りおろす音もそこかしこから聞こえるようになった。


「ここら辺全部が鍛冶場なのか?」


「そう、みたいだな」


 クリスは問いながらも、眼は窓から外を眺めたままである。そんなに珍しいのだろうか。勇人みたいな異世界人で現代人であるならば見るものすべてが眼新しいものばかりだが、この世界で暮らしていた彼女にとっては──いくらひとつの街から出たことがないといってもそんなに変わるものでもないと思うのだが、ルタークにも鍛冶屋はあっただろうし。


 勇人はそんな風に考えながら彼女の端整な横顔を見ていた。

 そこに、するりと黒い影が入ってきた。九煉だ。


「とりあえず、聞き込みをしながら伝説の鍛冶師──その弟子を探すことにすると、ユーフェミア嬢は言っていたが、異論はあるか親友?」


「いや、それでいくしかないだろう現状では」


 こんな方法で、見つかるのか激しく不安だが、仕方がない。

 なにせ伝説の鍛冶師は亡くなっており、その弟子がいることはわかっているが、どこにいるかわからないという状況なのだから。


「ふむ。時間がかかりそうだな」


 本当だよ。そもそもここにやってきた根拠がおまえの当てずっぽうだろうが、と言ってやりたいところだったが、やめた。不毛だからだ。


 勇人は投げやりに肩をすくめることで返事を返し、深く嘆息した。


 難航しそうだよな。

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