第11話
そして、明後日の朝。
勇人は街の入り口に立っていた。
装備は十分。
鉄の鎧は嫌だったので──現代人としてのアイデンティティが崩れる──闘繊護衣というクロス・アーマー──文字通り布製の鎧を身につけている。はやい話が戦闘服であり、ぱっと見、厚手の服を着込んでいるようにしか見えないが、丈夫な毛をもつ黒狼の毛と鋼の糸が編み込まれているらしく、へたな鎧よりも強度があるという。さらには火にも強いというのだから優れものである。ちなみに色は黒だ。それに加えて編み上げのブーツ。これもやはり色は黒だ。
そして、腰には聖剣グラムスティガーをさしてある。それに標準装備として黒メガネを装着している。
その他、食料、水、テントなどの野外用品──一晩では町や村につかないこともざらであるらしい──から毛布にいたるまでは、すでに馬車に積んである。
そう馬車である。
移動手段が馬。まあ、わかっていたことではあるが、ファンタジーすぎると思う。
しかもこの馬車、半端じゃない金がかかっていることが、異世界人であり現代人である勇人にもわかるぐらい豪華なものだった。
そして馬。
そう、馬という生き物もはじめて生で見たが、想像以上にデカイ。それに競馬で見るサラブレットのようにスマートな印象はない。もっと太く躍動感がある筋肉で身をかためたどっしりとした体格をしている。この大きさで一馬力なのかと感嘆した。家にある原付は三・五馬力だけど、綱引きをしたら余裕で負けそうな気がする。まあそんな印象をうけた馬が二頭。つぶらな眼をこちらにむけてヒヒンと鳴いている。
馬から眼をそらすと、妖精と見まがうような銀髪の少女が、これでもかというほど不機嫌な顔をこちらに向けていた。もちろんクリスティアーネ・ヴァランティー嬢である。
白を基調とした高価そうな服ではあるが、実用に耐える品──これも勇人と同じ闘繊護衣という名の戦闘服だ。ただし金のかけ方も性能も段違いであるが、なにせ、聖水につけられた聖女の髪に竜の髭、幻の妖精の繭からとれる銀糸──後になって聞いた話だが、これら材料費だけで平民家族が三代暮らせていける金がかかるらしく、さらに加工費はまた別だというから怖ろしい──で編まれた性能はいかなる刃でも斬ることはあたわず、竜の炎でも燃やすことはできず、極寒の大地ですらも温かくすごせて、しかも羽のように軽いという信じられないものだった。足下は白の編み上げ靴。これには魔法がかけられていて、一蹴りで十歩分の間合いを詰められる韋駄天シューズらしい。これも一足で家が買えるという。
そして膝までとどく長い銀髪は、どう見ても邪魔そうなのだが、結んだり括ったりもせずに、風に揺らしていた。この綺麗な銀髪をひそかに自慢に思っているらしい。
その隣に影のように立っているのが玲瓏すぎる美貌の女性、ユーフェミア・アイスキュロスだ。
なにを考えているのか、これから旅にでようというのに相変わらずの侍女姿──メイド服を着用しているのである。もしかして自分が知らないだけで闘繊護衣の一種なのかもしれない。いま思い出してみれば、クリスを救いだそうと軍を編成していたときも──勇人が初めて彼女と出会ったときのことだ──侍女姿であった。
その丈の長いスカートの中には、どうやって隠しているのか知らないが長剣がおさめられている。その刃の輝きはすでにトラウマとして勇人の眼に焼きついている。彼女の家に代々伝わる銘のある一品らしいが、これ以上観察して斬られるのは嫌だから割愛する。
そして、最後が後ろ足で首をかいている黒ネコ──九煉 絆がいた。
あいかわらず身につけているのは首に巻いた白い布だけである。
「さあ、準備も万端。天気もいいし、いい旅日和だな」
勇人は黒ネコに頷くことで応えた。彼が自分としか話せないことを知って、人前ではあまり口をきかないことにしている今日この頃だ。
それから後ろの二人に声をかける。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
その呼びかけに、クリスは鼻を鳴らして応えた。どうしてわたしがおまえの命令をきかなければいけないのだと、全身で訴えている。
ユーフェミアにいったっては完全無視である。
勇人はそれが今後の先行き不安さをあらわしているようで胃が痛かった。
だから嫌だって言ったのに、あの陰険野朗のせいでこんなことに。
「そうかい。それでは気をつけて行ってくるのだよ」
誰も応えない勇人にそう返したのは、その陰険野朗こと領主であるアイオロスだ。
「聖剣の剣身については見つかり次第、知らせるようにするからね」
相変わらずの柔和な笑みをうかべている優男である。そもそも領主のくせに忙しくはないのか、いや、親バカだから可愛い娘の見送りぐらいはくるのが当たり前なのか。
「さて、クリス。おまえもいつまでもそんな拗ねた顔をしてないで、機嫌を直しなさい」
そう言われた銀髪の少女は首をめぐらし、上眼づかいでアイオロス答えた。
「……拗ねてなどいません。ですが、なぜわたしがこんな変態とともに旅せねばならないのですか? 魔族に『聖杯』と『霊血』すら奪われた今、いつ魔族が攻勢にでるかわかりません。こんなときこそ防衛都市であるシルタークがその本領を発揮するのではありませんか。そこに『封印の巫女』であるわたしがいないなんて……許されることではありません!」
「僕が許すよ。いってきなさい」
「ですが!」
クリスの反論を、アイオロスがやんわりと受けとめた。
「ねえクリス。いいかい君は旅にでるべきだ。そして、この世界の人々の暮らしというのを見てくるんだ。自分がどういう人たちを護るために戦うのかを──その眼で、ね」
その言葉には、やさしさと、勇人にはわからない『なにか』が内包されていた。
「…………っ」
そのことにクリスはびくりと身体を震わせた。
そして、あれほど反発していたのに、意外なほど素直にアイオロスの言葉に頷いた。
「……わかりました、お父さま。この無礼で、教養もなく、頭がおかしいとしか思えない勇者と旅をして世間の暮らしというものをこの眼でしかと見てきます」
しかも勇人を扱き下ろすことを忘れなかった。感動的な場面のはずなのに、地味に落ち込んだ。
アイオロスは柔和な笑みを浮かべると、ユーフェミアにむかって眼配せをした。彼女は深々と頭をさげることで応えた。以心伝心、もしくはアイコンタクトというヤツだろう。
勇人は軽く肩をすくめる。
「では、あらためて行きますか」
再び出発の音頭をとるが、それに応えるのは鼻を鳴らしてそっぽをむく銀髪の少女と、無言で無視を貫く冷血侍女であった。
そのことに再び落ち込むが、気にするなと足を叩く黒ネコ九煉の手──否、前足に、温かく励まされた。
なぜか家族に相手にされず、愛犬だけがかまってくれる中年サラリーマンの気持ちが少しだけわかる気がした。
そんなこんなで、勇人のもとの世界に帰るための旅が始まった。
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