第10話
「いや、君らは本当に愉快だね」
クリスの父であり領主にして、大貴族の当主アイオロスは柔和な笑みを崩さずにそう言ってくれた。
ぐったりとしてソファーに腰かけた勇人は、絶対この人も性格が悪いと思っていた。この人も九煉と会話したのだから少しぐらい助け舟を出してくれてもいいではないか。
それが伝わったのかアイオロスは勇人にむけて肩をすくめてみせた。
「すまないな。あの娘は、君の前だからやせ我慢していたけどね、ああ見えて無類のネコ好きなんだよ。私たちだけがネコと会話できて自分ができないとなると、──拗ねるんじゃないかと思って、黙ってたんだ」
腹黒決定だよこの人。
娘が拗ねるのと、勇人の人間性が疑われるのを天秤にかけて、娘のご機嫌をとりやがった。
勇人は頬を引き攣らせながら、額をおさえた。
「いえ、もういいです……」
「ありがとう、そう言ってくれると思っていたよ」
悪びれない態度に額の血管がピクリと蠢いた。思わず鋭い視線を送るが、アイオロスはにこにこと微笑んだままだった。
勇人はなにかを断ち切るように視線をはずし、ずれてもいないメガネをなおすことで感情をおさめた。
「ええ、もういいんです! それよりもこれからのことを話し合いましょう」
「もちろん、こちらに異存はないよ」
アイオロスはにこやかに頷くと、足を組んで九煉と眼をあわせた。
「だいたいのところはクレン君から話を聞いているよ。異世界から来たんだってね?」
「ええ、そうです。自分達の世界の危機ぐらい、他の世界の一般人に頼ることなく解決してもらいたいもんですがね」
「ははは。まさにその通りだね」
痛烈な皮肉を笑って流された。どれだけ面の皮が厚いのだろうこの人は。
「で・す・か・ら! 早く帰りたいので、早々に魔王を倒して、魔神を封印しなおさせてもらいます。それはもう迅速に」
勇人は投げやりに言い放ったが、魔神封印をいうところに、笑みを絶やさなかったアイオロスの表情が変わった。まあ少し眼を細めた程度だったので、どういった感情を含んでいたのか不明だが。
「そうだね。こちらとしても魔神復活の儀式はすぐにでも阻止せねばならない懸案事項だ」
「とりあえず聖剣を鍛えなおさないといけないらしいので──」
「ああ、そのことだったらいま調べさせているのだが……」
アイオロスは細いあごに手をかけ首をかしげる。
「折れた剣身がどこにあるのかも不明。伝説の鍛冶師も……十年も前に亡くなったと記憶しているのだけれど……」
「ダメじゃん! じゃあどうやって聖剣をなおすんだよ! 折れてんだぞこれ! しかも錆まくりなんだぞ!」
勇人のツッコミがはいる。
「そうだな。折れた剣身の所在はともかく……伝説の鍛冶師については、弟子がいた……はずなのだが──」
「はずなのだが?」
「どこにいるのかわからない」
彼は柔和な笑みをうかべて言い放った。
「ふざけんなコラぁ!」
思わず怒鳴りつけてから、勇人は深々とソファーに身をしずめた。
もとの世界に帰る方法、その第一歩目から躓いてしまった。どうやって帰ればいいのだろう。
「まあ、『鍛工の街レンダル』に行けば、なにかしらの情報は得られるだろう」
黒ネコである九煉が後ろ足で首をかきながら言った。
どうでもいいが、やけに猫の姿に順応してるな。
「なんだよ。その『鍛工の街』ってのは?」
「ふむ。レンダルという街は四百年前に端をはっす──」
「長い。そんな歴史に興味はない。簡潔に述べろ」
「……あいかわらず我が儘だな親友は。では手短に、レンダルとは鍛冶で発展した街でな。その街で造られた剣は鋭く、竜のうろこでさえ斬り裂くという。鍛冶師の集まっている都市なのだ」
「へえ」
勇人は相づちをうった。
「それで?」
「ふむ。鍛冶師の街だから、そこいるのではないか──と思いたい?」
「疑問系かよ!」
「まあ、行動あるのみだろう」
「行き当たりばったりっ?」
「うむ。その通りだ」
「その通りだじゃないだろっ、この馬鹿!」
勇人は、もうお先真っ暗だ、と思いながら今度こそソファーに身を沈めた。
「話はまとまったみたいだね」
こちらの話を笑みをくずさずに傍観していたアイオロスが口をひらいた。
彼には九煉の言葉はわからないはずだが──すでに波長は勇人にあわせてある──話の内容はわかったらしい。
「では出発は、明後日ということでいいかな?」
勇人は声をだすのも、なにもまとまってねえよ、と否定するのも億劫で、手をひらひらと振った。
ずいぶん失礼だが、彼は気にした風でもなく、こう付け加えてきた。
「ああそうだ。事はついでだからクリスを連れていってくれないかい?」
「はあっ?」
勇人は顔をしかめて飛び起きた。
「事はついでって、なんのついでだよ! 無理に決まってんだろ! あんな気難しいヤツと一緒に行動なんてできるかっ、ストレスで毛が抜けるぞ!」
「快く了承してくれたようでよかったよ」
「してねえだろ!」
「準備はこちらでやっておくから心配要らないよ」
「ちっとは人の話聞けよアンタ!」
「さて、僕は忙しいから、これで失礼するよ。たいしたもてなしはできないけど出発までくつろいでいってくれると嬉しい」
彼はそう言い残すと、颯爽と背をむけて部屋を出た。
「見事なまでにスル──? って、ちょっと待てコラぁ──っ!」
慌てて扉に飛びついて後を追おうとするが、
「──なにを待てばよろしいのでしょうか、ユウトさま」
扉を開けたそこには、玲瓏すぎる美貌の侍女──ユーフェミア・アイスキュロスが直立していた。
「…………っ!」
勇人は脊髄反射でその場を飛び退いた。
彼女は氷色の瞳を冷たく輝かせる。
「まさかとは思いますが、ご主人さまにむかって、いまの暴言を吐かれたわけではありませんよね……?」
底冷えする声に、勇人は我知らず背筋をふるわせていた。
「あ、ははは。ま、まさかぁ」
後退りながら勇人は手もみをせんばかりに腰を低くした。
「そうですか。でしたら必然的に、私に言ったこといなりますね」
ほかには誰も周辺にいないのだ。
「そんな滅相もない!」
言ってから気がついた。──しまった、と。
そう勇人が暴言を吐いたとき近くにいたのは、アイオロスとユーフェミアのみだったのだ。彼女にではないことにすると必然的に──
「では、やはり──ご主人さまに暴言を吐いたということでよろしいいでしょうか……?」
案の定、その言葉にユーフェミアは氷色の眼を薄く細めた。
「い、いや──」
続く言葉はでてこなかった。
いつの間にか彼女の手には剣が握られていて、切っ先が勇人の首に押しつけられていた。咽を震わせばそれだけで皮膚が切れる。
というか、アンタ今どこから剣をだしたんだ?
「お部屋にご案内いたします。冷たい牢獄が大層お気に召したと伺いましたので、そちらへ。ええ、期待してください」
「あ、あ、あ、あ、あ……」
声の振動で首の皮膚が切れた。
だがそんなことが些細なことに思えるほど、眼の前の女性が怖ろしい。
「お食事は、冷たい臭い不味いと三拍子そろったものをご用意いたします。ええ、それはもうフルコースで。残したら冷水をかけたうえに毛布を取りあげますのであしからず」
「い……ッ、ぃやあああああああああああああああっっ」
ついには恐怖に耐えられなくなって、勇人は背をむけ窓にむけてダイブをしようとするが、その前に襟首を捕まえられて引きずられていく。
それを眼にした九煉が、嘆くように首を振り、後ろ足で首をかいた。
ネコとして順応してんじゃねえよ、とツッコムこともできずに、勇人は壊れかけた叫びをあげて連行されていった。
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