第7話
勇人は、いままで聞いた話を頭の中でまとめようとして、すぐにくだらなくなって止めてしまった。
「はっ、勇者ねぇ。あり得ないだろ……」
勇人としては、まず『勇者』の存在からして懐疑的である。
そもそもがゲームではともかく、現実世界に『勇者』という存在はあり得るのか、と疑問に思ってしまうのだ。人間一人で世界を救うことができるのなら軍隊など成り立たないではないか。『英雄』はいても『勇者』はいない──というのが現実なのだ。
一騎当千とは、ゲームや漫画だからこそあり得るのであって、実際には存在しない。これが常識である。
だいたい、これだけ文明が発達しているのなら、それぞれの国が軍などの兵力を有しているはずだ。それで魔族側に総攻撃をかければ、事足りるではないか。どうしてそれをしないのだ。
──勇者に頼る前に、自分たちで戦ってみろっていうんだよ。
そんな風に、ふてくされている勇人に、九煉が言った。
「親友。そう考えるのはわかるが、人族で構成されるすべての国が協力しあって、魔族に総攻撃をかけるというのは、事実上ないのだ」
思考を読みとられて憮然とする勇人に九煉が話を続けた。
「すでに、この国の王が各国に打診して断られたのだ」
「どうしてだよ?」
「魔族側が一枚上手だったのだ。人族すべてが一斉攻撃を仕掛けてこられてはかなわないとみて、ゲリラ戦に打って出た。各国の主要都市を魔獣の集団で断続的に襲わせている。そして各国々は自国を守るために兵を使わなくてはならないから魔神復活の儀式を妨げる兵力は残っていないというのが理由だったな。まあかなりの大国でも兵を渋っていたから、いたずらに兵力を消耗させて、その隙を隣国に攻められてはかなわない。また逆に、手薄になった他国に侵略してやれ、という思惑が透けて見えたな。人間同士で利権争いをしている場合ではないのだがな」
「なんだそれ? 人族すべての国が一丸となって、最低限の守りだけ置いて、兵を出しあって、それで魔族に総攻撃をかければ終わる話なのに、それができないってか? どれだけ先が見えていないんだよ? 魔神が復活したら人族が滅ぶんだろう?」
「それについても各国は懐疑的なのだ。魔神が復活したからといって、人族が魔族に追いやられることはない。もう鋼の精製法も知らなかった五百年前とは違うのだ──ということだな。魔神のことなどわずかな文献などでしか残っておらず、危機感に乏しいのだろう」
「なんだよそれ? ファンタジー全開の世界なのに、そんなところだけ人間臭いなんて……」
「人間、権力がからむと、どこも変わらないという見本だな」
「うわぁ、もう本気でヤダ……マジで家に帰りたい」
「魔王を倒して、魔神を再封印すれば帰れるぞ」
「できるか、そんなん! 勇者一人で、魔族の軍隊や魔王が倒せるかよ。そんなのは漫画かゲームの中だけの話だろッ?」
「いや、そうでもないぞ。ここはファンタジーの世界だからな。勇者もあり得るし、一騎当千もある。親友が聖剣を振るえば、それだけで千の魔族を滅ぼすことができるだろう」
「いや、おかしいだろう。それ!」
「いやいや、そうでもないぞ。『聖剣』それほどの力を秘めたものなのだから。親友ならわかるだろう。不完全とはいえ、聖剣の力の一端に触れたのだから」
そう言われて、勇人は考えこんだ。
──聖剣の力か。
勇人はあのときの感覚を思い出し、感慨深げに吐息をついた。
確かにあれを持ったときの無敵感といったらなかった。まるで超人のように力が溢れ、剣自体に意志があるように敵を薙ぎ倒し、魔法さえ使えるようになった。しかもあれで、完全に力を発揮していなかったというのだがら信じられない。確かに、聖剣がなおれば魔王ぐらいは倒せるのかもしれない。魔神の再封印は巫女がやってくれるらしいし。そう思えば、なんとでもなるのかもしれない。
「──だろう?」
九煉がその思考を読み取ったかのように、ニヤリとわらった。
勇人はもう何度目になるかわからないため息をついた。
「本当に、帰るにはそれら全部こなさなきゃならないのか?」
「ふっ、私が親友に嘘をつくわけないではないか」
嘘くさい笑みをうかべる黒ネコをジト眼で見据えた。首にまかれているバンダナのような白い布が唯一の装飾品であり、おしゃれであり、『ヒミツ道具』なのだという。まあ、どうでもいいが。
勇人はそんな九煉を見て、諦めのため息をついた。
確かにこいつは精神的異常者だが頭の回転は速いし、人も騙すが自分の利益にならない嘘はつかない。九煉自身も帰れなきゃ困るのだから彼が今まで語ったことに嘘はないだろう。魔王を倒さなきゃいけないというのは頭が痛いが、勝算のないことはしない主義の奴だからなんとかなるだろう。
「……わかったよ。勇者ってやつをやってやるよ」
「それでこそ我が親友だ」
喜び勇んだ九煉に背をむけ、より深くやわらかい寝台に身をしずめた。
そこに、扉を叩く音が聞こえた。
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