第6話


 多存在世界のひとつ──アルティラは、ファンタジー全開の異世界であった。


 西洋の中世時代を彷彿とさせるような文化レベルで、二つの種族に分かれて争い続けていた。


 すなわち、『人族』と『魔族』だ。

 想像がつくかもしれないが、勇人の世界でいう人間と呼称されるものが──肌や髪の色にかかわらず──『人族』である。


 そして、知恵のある獣や、あきらかに自然の法則から外れている生き物たちが『魔族』と呼ばれる。形、姿が個性的でバラバラだが、共通項としてあげられるのが、血に染まったような紅い眼だという。


 元々、人族は魔族の隷属種族だった。

 魔族は魔神の眷属であり、その加護を得て超常の力──魔法を行使して人族を支配した。

 人族は、喰われようが、犯されようが、殺されようが、逆らうことも許されず、ただ運命として受けいれるしかなかった。


 それを覆したのが、現在の王家の始祖である勇者と、初代封印の巫女である。

 勇者と巫女は異世界より召喚されたと伝えられている。

 封印の巫女により魔神を封印し、人族はその加護を奪い──我が物とした。

 人族が魔法を使えるのは、それが理由である。


 加護を奪われ、魔力を失った魔族は、ただ力が強い知恵のある獣と成り果てた。

 魔法の力を得た人族は、魔族を駆逐する勢いで攻め、大陸の隅まで追いやっているという。

 そしてこの五百年は、魔族を半ば制圧した人族にとって太平の世の中だった。


 そう『だった』──過去形だ。

 虎視眈々と好機を待ち続けた魔族は、やっとの思いで、今代の『封印の巫女』をさらい、封具『聖杯』を奪うことに成功した。

 そして、『巫女』の命を捧げることで『魔神復活の儀式』をおこない、再び加護を得て魔法を取り戻そうとしたのだ。それが成功すれば恨み骨髄の人族に対抗することができる。いや、魔神に願えば人族から加護を奪うことすらできるだろう。そうなれば人族は破滅である。


 それに思わぬかたちで乱入してしまったのが、異世界からの救世主である『勇者』神城勇人と、『お助けマスコット』九煉絆だったというわけだ。


「はあ……」


 思わずため息がもれた。『お助けマスコット』黒ネコの九煉からだいたいの説明を聞き、勇人は憂鬱な気分におちいった。なんの因果で異世界の危機などを救わないかんのだ。

 ここまでベタだと笑う気にもなれない。まさに使い古された設定である。


「というわけで、『巫女』を助けたことで即座の『魔神復活の儀式』は阻止することはできたが、封具『聖杯』と、封印の巫女の『霊血』を奪われてしまった。その二つがそろえば時間はかかるが『魔神』の封印をけることができるだろう。そうすればその隙間から魔神が出てきて復活という流れだ」


「そうかよ」


 勇人は投げやりに頷いた。

 それにしてもこの悪友は異世界の事情を熟知している。どこで覚えてきたのやら、不安になる。まあ『お助けマスコット』がなにも知らなければ、それこそ話にならないので、知っていてもらわないと困るのも事実ではあるのだが。


「それで、これからどうするんだよ?」


 二人はいま、魔族との戦最前線、国境ぞいにある最も大きい街『防衛都市セルターク』に滞在していた。


 九煉の作りだしたブラックホールに吸い込まれ、ホワイトホールにて吐きだされた場所がここだったのだ。


 この街は、人族の防衛ラインをかねた城塞都市であり、そこの領主が、助け出した『封印の巫女』クリスの父だったのだ。

 彼女を送り届けてから──その前にごたごたがあり、領主に会うまでにかなり不自由な思いをしたが──事情を説明した。

 前述した通りに勇者と巫女は、異世界より召喚されたと言われており、意外と簡単に受け入れてくれた。そして深い感謝とともに快く滞在を許可してくれた。だがそれは、魔族と戦うための戦力としてだろう。そのことを考えると胃がシクシクと痛んできて、思わず胃薬へと手がのびてしまう。


 九煉はそれを見てひと鳴きして、こちらの問いに答えてくれた。


「とりあえずは、折れた剣身を探しだし、伝説の鍛冶師の親娘を仲直りさせ『聖剣グラムスティガー』を鍛えなおしてもらわなければならない。もちろん『魔神』が復活する前にだ」


「……マジで言ってんの、おまえ?」


「マジもマジ、大マジだ。勇者であるおまえがやらなくて誰がやるというのだ?」


「この世界の軍隊にでも任せとけよ。魔族も、魔神も」


「なんたるナンセンスなことを!」


 いや、ナンセンスってなんだよ? 


「そんなことをされたら、まったく面白くないではないか!」


「アホかてめえ! 面白いかどうかの問題じゃないだろう!」


「では、なにが問題だというのだ!」


「ボクの身の安全に決まってるだろう!」


 叫ぶようにそう訴えると、黒ネコ九煉は、ふっ、と嘲笑った。


 この野朗……畜生の分際で人間様を鼻で笑うとはいい度胸だ。勇人は自らの額に血管がうくを自覚する。それを無視して九煉が朗々と語った。


「身の危険もなにもない冒険などありはしない。山も谷もない人生など、そこら辺に落ちている使用済みのティッシュよりも価値がないのだぞ? 人生を謳歌せよ! 事件こそが人生を彩るアクセントだ! 身の危険こそ生きてることを実感できる瞬間ではないか!」


「うっさい、このボケェ!」


 九煉の首に巻かれているバンダナに指を引っ掛けて、壁に目掛けて投げつけた。


 ところが、ひらりと空中で身体を回転させ足で壁に着地。九煉はそのまま駆けおりて床に立った。


「ふむ、話が脱線したな。もとに戻そう」


 九煉は何事もなかったかのように話を続けてきた。


「魔神が復活する前に『聖剣』を修復しなければならないというとこまで話たんだったな。そう、時間は限られているのだ」


「へえ?」


 もうすでに、やるせなさで一杯の勇人は気のない返事を返した。

 そんな勇人に迫り、九煉はもう一度繰り返した。


「そう。時間は──限られているのだ!」


 勇人は顔をしかめた。まともに相手をしない限り、何度でもしつこく繰り返してくるだろう。過去の経験からいって間違いない。

 勇人は諦観の境地で先をうながした。


「はいはい。時間がないのね。タイムリミットはどれくらいだ?」


「魔神が完全に復活するには巫女、またはそれに代わる膨大な魔力が必要だ。それを集めるのに少しばかり時間がかかるはず。猶予はおよそ一ヶ月。その間に、すべてを終わらす必要がある」


「……一ヶ月、ね。それで?」


 本当は聞きたくもないのだが、勇人はさらに話をうながしてやった。


「聖剣をなおした後はどうするんだ?」


「その聖剣の力で『魔王』を倒し、『魔神』復活の儀式を阻止。封印のほころびを『巫女』が封印しなおしてコンプリート。世界を救った『勇者』は無事もとの世界に帰りました。めでたしめでたし──となるわけだ」


 ちなみに、封印を完全に解き放たれてしまったらゲームオーバーだ、と補足される。


 一応最後まで話を聞いた勇人は重いため息をついた。


「くだらねー。どこのクソゲーだよ」


 いまどき小学生でも面白いと思わないような設定だ。


「ふっ、このベタな設定が燃えるのではないか」


「言ってろ」


 勇人はふてくされたように、豪奢な天蓋つきの寝台に倒れこんだ。

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