第5話


 彼女が傷つき血を流した。


「──っ!」


 それを見た瞬間──勇人は彼女にむかって駆けだしていた。


 怖いとかそんなことは感じる余裕もなかった。ただ──、彼女を助けなければという思いに突き動かされていた。

 眼前に犇くように魔物の軍勢がいる。魔獣たちは真っ赤な眼を眇め、低く唸りながらこちらに襲いかかってきた。


 勇人は突き動かされるように口をひらいた。


「剣よ──来いっ!」


 その言葉に呼応して、『聖剣グラムスティガー』が飛来した。途中で折れて錆びている幅広な両刃剣──その柄を右手でつかみとった。先ほど持ったときにも感じたような、何者にも負けないと思わせるような『なにか』が衝動となって身体を動かす。


「どぉっっけえええええええええええええええ──ッ!」


 錆びた剣身が吸い込まれるように魔獣の口腔を薙ぎ払った。

 ナイフのような牙が砕け、赤黒い肉片とともに弾けとぶ。魔獣は悲鳴をあげて倒れ伏した。


 だが、敵はまだまだいる。勇人は一瞬たりとも静止することなく、その動きは常人を遥かに超えていた。そして振るわれる聖剣は、折れて錆びているだけあって切れ味こそないが、鈍器としては十二分に威力を発揮していた。

 

 ──シャアアアアアアアアアア!!


 蛇に似た威嚇音を発しながら竜と馬を掛け合わせたような魔獣が背後から牙を剥いた。


 視界の外からの攻撃に、勇人の反応は遅れた。

 だが、『聖剣グラムスティガー』だけが先に動き、凶悪な牙をいなしてした。


「おわッ?」


 驚いている間にも聖剣は反撃に転じていた。突きだされた鼻先に柄頭を叩き込み、流れるような動作で顎を斬りあげる。

 強烈なアッパーカットを喰らったかのように背中から倒れこんだ魔獣を踏みつけ、聖剣はさらに獲物を捜し求めるように剣身を揺らした。


 さすがは聖剣。自動防衛機能でもついているかのように勝手に動いた。

 まるで、聖剣に引きずられるように、勇人の身体は刃を振るっていく。

 だが、いかに勇人が常人を超えた動きで敵を翻弄し、聖剣が信じられない威力で敵を葬っていこうとも、さすがに多勢に無勢であった。クリスのもとにたどり着くこともできず、敵の物量に押し潰されるように追い込まれていく。

 そこに──


「我が属性は〈地〉、我が性質は〈重力〉、我が〈クレン・キズナ〉の名において──大地の重圧よ、敵を踏み潰せ!」


 九煉の魔法が炸裂した。


「ナイスアシスト、悪友!」


 まるで、スリッパに叩き潰されたゴキブリのように、勇人の周囲にいる魔獣たちが真上からの超重力によってひしゃげられたいく。はっきり言って、直視できる光景ではない。血が濃霧のように噴出し、生臭さが吐き気を誘った。胃が痙攣しそうである。

 だが、そんなことにかまっている暇はない。


 クリスの姿が見えたのだ。

 攻撃を喰らってからというもの防戦一方で、あまりの出血量に意識が朦朧としているのか、いまにも剣をとり落としそうだった。


 そこに、背後からイノシシに似た巨体に体当たりされた。


 クリスは、車に撥ねられたかのような勢いで宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 ここぞとばかりに周囲の魔獣が、彼女に襲いかかろうと、大きな顎をひらく。


 勇人はすでに走りだしていたが、彼女との距離はいまだ遠かった。

 このままでは間にあわない。勇人が駆けつけるよりも先に、凶暴な牙が彼女の咽笛に喰らいつくだろう。


 そう思った瞬間。胸の奥底が、ドックン──と脈動した。


 眼に映るすべてがスローモーションのようにゆっくり見えた。彼女に覆いかぶさるように魔獣の群れが牙を剥いていく。

 さらに心臓の奥底から『なにか』が高らかに鳴った。

 それは魂の叫びのように、高く大きく脈動し続ける。


 ──殺させてたまるかァ!


 勇人は沸きでるような衝動に身をまかせて咆哮していた。


「我が属性は〈虹〉、我が性質は〈剣〉、我が〈カミシロ・ユウト〉の名において──敵を、斬り裂けぇええええええええっっ!」


 はじめは燐光のような光だった。聖剣グラムスティガーから次々と溢れだしたそれは、虹の七色を砕いてモザイク状にしたようなでたらめな煌きを放った。


 勇人は剣を高らかに振りあげ、一気に振り下ろした。

 虹色の閃光は届くはずもない敵を次々に呑みこみ、暴力的なまでの威力をもって、クリスに襲いかからんとしていた魔獣を消し飛ばした。


 無我夢中だったとはいえ、勇人は『魔法』を使ったのだ。

 それは九煉の言うとおり確かに、魂の衝動だった。『考えるな、感じろ』というやつだ。


「うわぁ、ついにボクまでファンタジーの住人になっちゃったよ……」


 そのことに勇人は少し欝になるのを感じながらも、動きをとめることはなかった。クリスにむかって疾駆している。そして、うつぶせに倒れている彼女を掻っ攫うかのように抱きあげる。それと同時に周りに展開しつつある魔物の軍勢に剣をむけ牽制することも忘れない。


「くそっ、助けたはいいけど……これからどうしたらいいんだよっ?」


 勇人の左手はクリスの背にまわされているが、そこは引き裂かれ血でぬれていた。このままでは出血多量で死んでしまうかもしれない。

 さすがにこの軍勢を掻きわけて逃げるのは、困難を極めるだろう。


「ふっ、任せろ親友!」


 いつもまにか、九煉がそばまで来て、勇人の肩に乗っていた。彼は高らかに鳴く。


「我が属性は〈地〉、我が性質は〈重力〉、我が名〈クレン・キズナ〉において──超重力穴場よ、我等を導け」


 その瞬間、眼の前の空間が歪み、サッカーボール大の黒球があらわれた。


「なんだこれ?」


 そう呟くのと、それが周囲を吸い込むかのような暴風が吹き荒れるのは同時だった。


 一瞬にして、勇人たち三人──正確には、二人と一匹は──あっという間にそれに吸い込まれ、視界が黒く染まった。


 ──あ、これってブラックホール?


 意識を失うまえに、そう思い至ることができたのは僥倖だった。

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