第21話
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前の学校のヤツらのせいで実咲に嫌な思いをさせてしまった。
俺はくすぶる怒りを鎮めようと腹式呼吸をする。
転校してもまだ突っかかってくる嫌なヤツら。前から個人戦で俺に勝てないからって嫌味ばっかり言ってきよった。
それだけならまだしも実咲にまで。
今日という今日は我慢ならん。
開会式でランダムに決まる対戦相手。
1回戦の対戦カードが発表される。
『ハイパーペーパークラフト全国大会小学生の部、1回戦の組み合わせはこちら!』
陽気なアナウンスとともに会場のスクリーンに映し出されたのは。
静岡御殿場西小学校 vs 奈良朱雀東小学校
1回戦、俺の古巣との対戦が決まった。
「将継、いきなり前の学校との対戦だな」
ケントが頭の後ろで手を組みながら楽しげに言う。
「まー軽くひねってやろうよ!」
「手首ひねってんのはお前だろーが」
「それをほら、ひねり返してやるんだから」
意味は分からんけどやる気十分な実咲とケント。
俺はここまできてもふたりに救われる。
「嫌なヤツらは」「ぶっ倒す!」
「いいよね将継?」なんでわざわざ聞いてくる実咲がおかしくて、俺は思わず吹き出した。
「ええに決まっとるよ!」
全国大会1回戦。チーム名を呼ばれて舞台に上がる。
「両チーム、礼!」
頭を下げてから、ふと天井を見てその広さに気づく。
相変わらずでっかい舞台や。緊張はせんけど。
左陣にケント。本陣に俺。右陣に実咲。
県大会の時と同じ配置。俺らもこれに慣れとるから変えずに臨む。
相手も俺が本陣なのは予想済みやんな。
その証拠に、さっき実咲をバカにしたヤツ――
本郷は前の学校ではナンバー2、つまり俺の次に強かった。強い言うても負けたことないけど。
それでもきちんと奈良県代表の実力はある。
心配なんはやっぱり実咲。
さっきこっそりテーピングを外しとった。固定したままやと切りづらいからやろうけど、その分痛みは増すはず。
俺はケントに目配せをしてから、ハサミを机に置いた。
全陣、準備完了――。
分かっとるよなケント。俺らで勝つんやで。
『それでは1回戦のお題が出ます。スクリーンに注目!』
スクリーンで10カウントが始まる。
全国大会まできて舞台の上がみんな知り合いって不思議な気分や。
自分に団体戦は向いてないと思ってた。
それでも絵馬くんに勝つには自分ひとりの力では足りなくて。だからチームが必要やと思った。
『お題発表! そして試合スタート!』
チームのために戦うことで強くなれると思ったから。
お題
左陣『春』
本陣『夏』
右陣『冬』
出されたのは季節というふんわりとしたお題。自分のイメージを膨らませて、なにをつくるか決める必要がある。
つまり、お題に沿って自分の得意なものをつくれるってことや。
このお題はアタリやな。しめしめと思いながら俺はハサミを入れる。
なぜかこっちを見てくる本郷を無視して、作品づくりに集中した。
実咲とケントの考えた練習メニューをこなしているうちに、なんとなく自分の作品のレパートリーが増えた気がする。
じいちゃんの紙切りだけからでは得られなかったアイデアにたどり着くことができたのはふたりのおかげや。
刃が踊るってこういうことやろか。
なんの抵抗もなく、風を切っているような気分になる。
完成した『スイカ』をそっと机の上に置く。丸い果実に飾り切りで縦しま模様をあしらってみた。
審査員の目の前でヘタの部分を押し込むと、パカリとスイカが割れて中身が飛び出す。
うん、ギミックはバッチリや。審査員も興味深そうに俺の作品を見てくれている。
少し遅れて本郷が完成させたのはダイナミックな『ヤシの木』。実力を見せつけるかのように重ねられた葉は1枚の紙からできているとは思えない。
こいつやっぱ上手い。妙な対抗心さえなかったら、強いチームを組めたかもしれんのに。
そこまで考えて俺はゆるく頭を振った。
全作品が出そろい、審査の時間が続く。
左陣のケントは『春』というお題で『羽化する蝶』をつくった。春のイメージとして強い『桜』を避けたかったんやろうな。
その判断は正しかった。なぜならケントの対戦相手が『桜』をつくっているから。
『桜』は発想としては凡すぎて、評価が割れるかもしれん。ここはケント有利と見た。
右陣の実咲は『冬』のお題で『暖炉』をつくった。内部で燃える薪まで再現されていて、正直展開図が思い浮かばん。相手のつくった『雪だるま』より芸術点が高そうや。
今回の審査員は皆、有名ペーパークラフト職人や紙切り協会の人ばかり。ひと作品に3人以上の評価が入る。
プロ目線で評価されるのは、どんなに場数を踏んでも慣れない。
実咲とケントも固い表情で審査を待っとる。全国大会はデジタル集計やから、結果が出るのは早い。そう分かっていてもこの時間は辛いよな。
『結果を発表します!』
スクリーンの映像がパッと切り替わった。
結果
左陣 勝者:藤扇ケント
本陣 勝者:禅将継
右陣 勝者:淡井実咲
『御殿場西小学校の勝利です!』
「よっしゃ!」
わっと客席から歓声が上がった。実咲とケントがすぐに舞台の中央に集まってくるのを笑顔で迎える。
信じられないとでも言いたげな本郷は、なにか言おうとして、すぐに悔しそうに口を閉じた。
なにも言えん程、理解してもらえてよかったわ。
ハイパーペーパークラフトで重要なのは経験でも歴でもない。作品の出来だけなんや。
「ありがとうございました!」
舞台上で礼をしてすぐに待機スペースに戻る。
「静岡代表強いな」「てか外見偏差値高っ」「和装かっこいいじゃん〜」
途中そんな声が聞こえてきて、俺は不思議な気持ちになる。
個人戦ではなかなか聞かない感想や。まあほぼ実咲のことやろうけど。
ちらっと実咲を見ると、勝利に喜ぶ顔が少し陰っている。
「実咲、大丈夫か?」
「うん大丈夫! いやー初戦勝ててよかったあ」
「嫌味なヤツらにザマァできたしな!」
「ホントそれ! やったね将継」
「そうやね」
本郷達も強かった。きっと個人戦にも出てくる。
けど、もしも過去に戻って本郷とチームを組んだとしても、きっと今のチーム以上にいいチームにはなれない。
きっとこれからも俺はこのチームで戦えたことを誇りに思いながら紙を切ると思う。
「よし、2回戦もやってやろう!」
「「おー!」」
▽
47都道府県の代表から1位を決めるには46試合行わないといけない。
ものすごく時間がかかりそうだけど、ハイパーペーパークラフトの試合はとにかく早い。
何試合か並行して行うし、作成時間5分に審査10分で終わってしまうから、全国大会という大きな大会でも1日で終わる。
つまり言いかえると、試合と試合の間隔が短いってことだ。
私達は初戦に勝った後も順当に勝ち進んで、次は準々決勝。全国ベスト8を決める戦いまでこぎつけた。
お昼休憩を挟んだらすぐに出番だ。
しびれる右手を手洗い場の水で冷やしながら一息つく。
午前の試合はすごくいい感じだった。将継とケントも勝てない試合がないんじゃないかってくらいノリノリで。
だからここで私がハサミを手放すわけにはいかない。
チーム全体のいい流れを止めたくないから。
お昼は西丸先生を含めたチームみんなでお弁当をイートインスペースで食べることになってるけど、手のしびれが取れてから合流しよう。
はあーっと大きなため息をついていると、背後から「みさきち〜〜」と言う大声が聞こえてきた。
「あ」
振り返るとそこには応援にきてくれたうちの家族がいた。
「まったくもう、テーピング外しちゃって。はいこれ氷嚢。ちゃんと冷やしときなさい」
「お母さん……」
「み、実咲ちゃんがんばって。帰ったらごちそう用意するから」
「お父さん……」
「お兄様の全力応援に感謝していいんだぞ」
「――ありがとうふたりとも! 午後からもがんばるよ!」
「俺は!?」
ひんやりとする氷嚢がありがたい。張り詰めていた気持ちが少しずつ緩んでいく。
「お昼はチームで食べるのよね?」
「うんっ」
「じ、じゃあ僕達は外で食べてくるから」
「午後もがんばれよ〜」
お昼を食べに行った家族を見送って、私もイートインスペースに向かう。きっとみんなもう食べ始めてるだろうな。
私はトイレに行くって言って抜けてきちゃったから、腹痛と誤解される前に戻らないと。
「――みさきち?」
穏やかな声に呼び止められ、私は足を止めた。
「あっユキトくん!」
「順調に勝ち上がってるみたいでよかった」
「お互いにね」
ユキトくんのチームも当然のように勝ち残っているのだからちっとも油断できない。
「手どうしたの?」
ユキトくんの視線が氷嚢を当てている手首に注がれていることに気づく。私は曖昧に笑ってごまかした。
「ただのアイシングだよ。午後もハイペースな試合になるだろうから、少しでも回復しておかないと」
「そっか。午前の試合見て、てっきり右手を痛めてるのかと思った」
ドキーン!
図星を突かれて思わず石化した。
私の試合見てたの!?
まずい、俄然緊張してきた。他の誰に見られていてもいいけど、ユキトくんに見られていると思うとドキドキする。
「みさきちはハサミを入れるまでが早いよね。エスパーかなにかなのかな」
「いやいや。ユキトくんこそ、動画よりも調子よさそうじゃない?」
私も待ち時間にユキトくんの試合を見たけど、キレのいいハサミと手首のしなやかさは今大会イチと言っていいと思う。なんの心配もなく全勝している。
「俺、大会の方が得意なんだ。画面写りとか尺とか気にしなくていいし」
「へ、へえ〜」
それってつまり、水を得た魚ってこと? だったら余計に手がつけられない。
「調子いいなら楽しいんじゃないの?」
「楽しい……とは思わないかな。ああ、勝ったなくらいにしか感じないんだ。正直他のチームの試合もあんま興味ないっていうか」
ふう、と感情のない顔でため息をつくユキトくん。
その表情から本当に大会を楽しんでいないことが伝わってくる。
こんなにたくさんの選手がいて、色々な試合展開があるのに、そのどれにも心を動かされないなんて辛すぎるよ。
ユキトくんがまたハイパーペーパークラフトを楽しめるような試合をしたい。あらためて強く思った。
「あ、でもみさきちの試合はちゃんと見るから。手、よく冷やすんだよ」
そう言ってふわりと笑って、ユキトくんは去って行った。
ユキトくんから視線を外さずに、ぎゅーっと手首に氷嚢を押し当てる。
ユキトくんは試合を見ただけで私が手を痛めていることが分かったんだ。
それだけ私は手首をかばいながら切っているということ。
それでも絶対に、楽しくないままじゃ終わらせない!
やる気がメラメラと燃え上がる。それと同時にお腹がすいてきた。
線が細くて今にも消えてしまいそうなユキトくんの背中を横目に、私はイートインスペースに向かって駆け出した。
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