全国大会

第20話

 ――7月第3土曜日。

 ハイパーペーパークラフト全国大会の会場、東京国際展示場に着いた私達『紙切り』クラブは、晴れ渡る東京の空を見上げていた。


「晴れたー」

「これだけ晴天やと紙の状態もよさそうやね」

「しかしすっげー建物だなあ。この中で大会やるのか」

「全国大会は毎年作品の展示も兼ねてるから、大きな会場でやるんよ」

「へえ〜」


 建物内へと続く長ーい通路を歩いて、やっと会場が見えてくる。

 すでに受付にはたくさんの人が溢れかえっていて、私は思わず時計を確認してホッと胸を撫で下ろした。


「びっくりしたあ。着替える時間ないかと思った。みんな受付早すぎだよ」

「なー。どうしても着替えないとダメか?」

「うーん。加藤田さんには応援団をまとめてもらってるから断りづらいんよな」


 今回もまつりちゃんが衣装を用意してくれたけど、ふたりは気が乗らない様子。

 私はもうどうにでもなれ精神で、加えて前回の衣装が好評だったからそんなに抵抗はない。

 ぶつくさ言うふたりの背を押して、私も着替えに向かった。


「さて今日の衣装はーっと」


 紙袋の中を探るとさらりとした感触が指先に当たる。

 さすがまつりちゃん、いい布だなー。なんて思いながらひっぱると

 出てきたのは男物の袴だった。


 まつりちゃん……。

 まつりちゃん!?


 いい笑顔で親指を立てるまつりちゃんの顔が目に浮かんでくる。


 いやいやいや。

 この前よりも男子感増したんですけど!?

 そりゃあ師範の指導で着付けはできるけど!

 そんでこの袴すぐに着れるタイプのやつだけど!

 うわーん、ひとりで着付けろってか〜!?


 半泣きで無事袴を着終えて、鏡の前で棒立ちになる。

 いやどこのお坊っちゃんよ!?

 慌てて受付に戻ると将継とケントも微妙な表情で棒立ちになっていた。

 将継は深緑、ケントは灰色の袴姿でたすき掛けをしている。

 そしてそこに藍袴の私が並ぶ。和装3人衆のできあがりだ。


「実咲……」

「うん、なにも言わないで」

「よお似合っとるよ……」

「なにも言わないで」


 あちこちから突き刺さる視線に耐えていると、突然周囲がどよめき出す。


「きたぞ」「前回チャンピオンだ」


 そのざわめきに私ははっと顔を上げる。

 2階からロビーに続く階段を降りてくるその姿は逆光で霞んでよく見えない。

 私は目を細めて、その人を見つめた。


 マスクで半分隠れた顔。

 ゆるいシャツから伸びる白い腕。

 細身のズボンを飾るように、腰からハサミホルダーを下げている。

 フラッと手ぶらで散歩にやってきたようなユキトくんが、そこにいた。


 隣の将継が小さく息をのむのが聞こえる。

 ユキトくん……やっぱり紙すき体験で会った時は気配を隠してたんだ。

 だって今日はあの時とは大違い。「今日も誰にも負けません」って雰囲気がバシバシ出てる。

 ゆーっくり階段を降りながら受付の列に目を向けているユキトくんを見て、ケントが愚痴をこぼす。


「くそ、雰囲気あるな」

「うん。さすが全国1位だね。この空気に動じてな……」


 その時、バチッとユキトくんと目が合った。

 私が「あ」と口を開けると同時にユキトくんの目が笑う。

 タッタッと軽やかに階段を駆け下りて、ユキトくんはまっすぐに私に向かってきた。


「みさきち!」

「んえ!? あ、おっすユキトくん! 元気だった!?」

「着物スッッッゴイかっこいい!」

「え。そうかな? あ、ありがとう」


 うわわっ。なんでまっすぐ私のところに?

 ていうかみさきち!?

 私そんな呼ばれ方してたっけ?


 ぱあっと笑顔を向けてくるユキトくんに私は挙動不審になってしまう。

 おまけに両サイドの将継とケントが白い目で見てくるのが地味につらい!


「また会えるの楽しみにしてたんだ。この前は連絡先聞き忘れちゃったから」

「あーそうだったねアハハ」

「さすが全国1位。大会前でも随分と余裕あるんやな」

「ま、将継」


 腕組みした将継が私の前にずいっと出て、ユキトくんを真正面から見据える。


「禅」


 ユキトくんはどこか嬉しそうに将継を見返した。


「絵馬くん、今年は負けへんで」

「禅も着物似合ってるよ」

「話そらすなや」

「聞いたよ。奈良から引っ越したんだって? みさきちと同じチームなんて羨ましいなあ」

「せやろ? 実咲はうちの期待のエースやからなあ」


 ふたりの間にバチリと見えない火花が散った。

 わ、私を引き合いに出さないでほしい!

 バチバチするふたりが恐ろしくてケントの後ろに隠れていると、ユキトくんがふと力を抜いて天井を見上げて言う。


「俺はいつも、誰かに俺を倒してほしいと思ってるよ。でも俺はひねくれてるから。禅……お前には負けない」

「俺はお前に勝つし、俺のチームはお前のチームに勝つ。それだけや」


 将継の力強い言葉に、私もウンウン頷く。

 ユキトくんはニッコリ笑って、そのまま私達に背中を向けて歩いていってしまった。


「楽しませてよ」


 それだけ言い残して。

 それを聞いてメラメラッと私の中の種火が勢いよく吹き上がる。多分将継も燃え盛っている。だって顔が怖い。


「なんなんだよあの強キャラ感! おい実咲、なんか気に入られてねーか?」

「「やってやる……!」」

「うわっふたりとも落ち着けって!」


 ユキトくんを楽しませるって言ったのは私。

 息できなくなるくらい楽しませてやるんだから!


 受付前にひと悶着あったけど無事エントリーを終え、私達はついに会場に足を踏み入れた。

 広い空間にいくつか舞台が組まれ、そこを中心に円状の観客席が並ぶ。

 カメラがたくさん設置され、舞台を映し出すモニターもあちこちにある。


 これが全国大会の舞台……!


 武者震いしそうになる腕をさすって、私達は選手の控えスペースに向かった。

 開会式が始まったら、すぐに試合開始だ。今回の対戦カードは開会式でランダムに決まる。

 ユキトくんのチームといつどこで当たるかはまだ分からない。


 将継にたすき掛けのやり方を教わっていると、背後から「将継?」という声がした。

 振り向くとそこには『朱雀東すざくひがし』の文字がデザインされたTシャツを着た3人組がこちらを見ている。


 今、将継のこと呼んだ? 知り合いかな。


 呼ばれた将継はひと言「ああ」とだけ反応した。そっけない返事に3人組がムッとするのが分かる。


 え、なになに? なんでいきなり険悪な感じ?


「奈良の朱雀東。将継のいた小学校だ」

「え……」


 ケントがボソッと耳打ちしてくる。さすが西丸先生のデータをほぼ丸暗記してきただけあって詳しい。

 つまりこの人達は将継の転校前の知り合い。なのにすごく空気が悪い。

 リーダーらしき男子が将継の鼻先にまで迫る。

 対する将継も負けず嫌いだから全然引かない。


「将継、なんで今年は団体戦に出る気になったんや? 俺らがあんだけ言っても個人戦にしか出んかったお前が」

「別に。気が変わっただけや」

「ほー。なああんた」

「え? な、なに」


 急に指をさされた私は困惑しながら返事をする。


「あんたハイパーペーパークラフト歴どんくらい?」

「えーと、3ヶ月」

「3ヶ月! おい聞いたか3ヶ月やて」


 男子がそう言うと後ろのふたりがクスクス笑い出す。


 え?

 私、初心者だからバカにされた?


「うげっ」とケントが焦る声が聞こえる。

 そのままポカンとしていると、将継が私をかばうように前に出た。


「歴しか自慢のないヤツがよう笑えるな」

「なんやと?」

「すぐに分からせたる。うちのチームの強さをな」


 将継の堂々とした態度に、相手は舌打ちをして人だかりの中に消えていった。


 な、なんかすごい嫌なヤツだった!


 後ろでケントがはあーっとため息を吐くのを不思議に思っていると、じっとりした目で見返される。


「お前がいつもみたいに暴れるかと思った」

「んなことしないって。ここまできてあんな挑発にのるわけないよ。ね、将継。……将継?」


 将継の方を見ると、ないはずの鬼のツノが見えるくらいヤバい形相になっている。


 将継! 顔が! 鬼になってるよ!


「将継……だから奈良では団体戦に出なかったんだね」

「ああ、あんなチームメイト嫌だよな」

「実咲、すまんかったな。お詫びにあいつ絶対に倒す」

「う、うん。がんばろーね」


 将継は前の学校の人と仲が悪いんだ。

 なんか意外。でも向こうから突っかかってきてたし、将継は悪くない。


「選手の皆さん、点呼後に入場しまーす!」


 色々考えている間に、ついに開会式の時間がきた。

 点呼を済ませた私は大きく深呼吸をする。

 盛大な音楽とともに、開会式が始まった。

 列になって入場する。前に将継、後ろにケント。私達は同じ足幅で歩いていく。


 ハイパーペーパークラフト全国大会が、今始まる!

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