第13話
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「1回戦、御殿場西小学校の勝利ー!」
「いよっしゃ!」
形式どおりの開会式を終え、俺達はさっそく初戦を勝ち抜いた。
相手の茶畑小学校は全員が6年生で、決して弱くはなかった。
まず左陣のケントは『相撲取り』というお題で見事に芸術点勝ちした。
ケントは人型をつくるんがうまいよな。これもプラモの経験からやろうけど。
お題がケントに味方していたと思う。
本陣の俺のお題は『電車』。なんも問題ない。芸術点、技術点、時間点全部で勝った。
驚いたんは右陣、実咲の戦いや。『家』ってお題で相手に20秒差をつけて楽々勝ってしまった。
やっぱり生き物系のお題でなければ実咲はめちゃくちゃ強い。
初戦を勝利してまず思ったのは、実咲もケントも本番に強いということ。
なんだかんだ実咲は柔道で大会慣れしとるし、ケントは肝がすわっとる。
このままポンポン勝っていければええんやが……。
俺にはひとつだけ気になる要素があった。
それは、開会式で明かされた今年だけの特別ルール。
決勝戦のみ、使用する紙が大会スポンサーである製紙会社提供の『
友禅和紙とは和紙の一種で華やかな柄が特徴や。人形づくりなんかにも使われるだけあってかなり丈夫な紙で、いつも使っている競技用の紙よりも切り口が固い。
当然俺達は友禅和紙で練習したことなんてない。
決勝戦に進めてもネックになるやろうな。
「将継! なに難しい顔してるの。2回戦もドンドンいくよー!」
そんなことを気にもしていない実咲は笑顔で俺の手を引っ張ってくる。
能天気というかなんというか。先に不安はないんか。
「楽しそうやな」
「あったり前じゃん! 初勝利だよ初勝利!」
にこーっと目じりを下げる実咲に、俺はようやく思い出す。
そうやった。実咲もケントも、初めて大会に出て初めて勝ったんや。
嬉しいに決まっとるやん。
楽しいに決まっとるやん。
難しいことは俺が考えればええ。
実咲達はひたすらに大会を楽しみ尽くせばええんや。
「初勝利おめでとう。次も勝とうな」
「うん、もちろんだよ!」
その言葉のとおり、実咲はノリにノって2回戦、準決勝と続けて勝った。
ケントは準決勝で負けてしまったけど、俺と実咲が勝ったからチームとしては勝利や。
「うー、すまん。芸術点で負けた」
「多分ケントの相手が相手チームで一番強いやつやった。僅差やったし、チームは勝っとるから気にすんな」
「そうだよケント! 私だって1番強い人に勝てるか分からないし。それに……次は」
実咲の真剣な目がスクリーンに向けられる。
映し出された決勝戦のカードは、御殿場西小学校 vs 聖ハンナ女学院。
相手は静岡の天才少女がいる学校や。
ここで負けるつもりはない。
ただ、『友禅和紙』に実咲とケントが苦労することは目に見えている。
せめて和紙切りの感覚を覚えさせておけばよかった。家にじいちゃんの使ってた和紙が山ほどあったのに!
1回でも練習していれば……。
悔やむ俺の両肩にポンと手が乗る。
見ると実咲とケントが互いに肩に手を回して、同じように俺の肩も組んできた。
「ほらリーダー、円陣!」
「ええっ。円陣とかやったことないって」
「次は負けないからさ、喝入れてくれよ!」
3人で頭を突き合わせて、本番前なのに笑い合う。
初めて知った。
3人でやる円陣って、こんなに狭いんやなあ。
不安を吹き飛ばすように、俺は大きく息を吸った。
「絶対勝つぞ!」
「「おーー!」」
▽
スクリーンに映し出される学校名と選手名。
それを見て、私は肺がぺったんこになるくらい長く息を吐いた。
『右陣』
淡井実咲 vs 紫部千代
「ふーーーー」
落ち着け、私。
望んだ戦いが目の前にあるからって、焦っちゃダメだ。
県大会2位の実力を持つ千代ちゃん。
その彼女に私の力が通用するかどうか。
これから否応なしに分かる。
私はハイパーペーパークラフト界ではまだまだ初心者だ。当然、全国2位の将継には全然歯が立たない。
それでも同じ初心者のケントとはどっこいどっこいで、この大会も負けなしでここまでこれた。
もしも千代ちゃんに勝てれば全国大会でも通用するかも!
その自信がほしいから、千代ちゃんと対戦して、千代ちゃんに勝ちたい。
その思いが届いたかのように、決勝戦で千代ちゃんと戦うことになった。
「実咲……」
「大丈夫。誰が相手でも全力、でしょ」
「そうやな」
学校名を呼ばれて舞台に上がる。4回目ともなれば舞台から見える景色にももう慣れた。
西丸先生、またそんなに顔を青くして。写真全然撮れてないの知ってるんだからね。
観客席にずっといる人は選手の身内かな。県大会に出られたら、うちの家族も呼ぼう。きっとびっくりするだろうな。運動神経しか能がない私がハイパーペーパークラフトやってる姿を見たら。
舞台に千代ちゃんのチームが上がった。
みんな小4、みんな年下。それでも強さが伝わってくる。
千代ちゃんは恥ずかしそうにして、私の前に立つ。
「両チーム、礼!」
お互いにぺこりと頭を下げた時、聞き逃しそうなほど小さな声で千代ちゃんが囁いた。
「あの、お兄ちゃん。よろしく、ね」
「うん、よろしく!」
千代ちゃんと右陣に向かい、並んでハサミを置く。
ん? 千代ちゃんのハサミ、ちょっと違う……?
千代ちゃんのハサミは図書館で見た時と違って、不思議な形をしていた。
刃の部分がとても短く、代わりに持ち手の部分が大きい。
私の視線に気づいた千代ちゃんは、ハサミを手に取って見せてくれる。
「これ……切り花用の花鋏なの」
「へー。前に使ってたのと違うね」
「うん。ホンキの時は、こっち」
大事そうに花鋏を両手で包み込む千代ちゃん。
私はホンキという言葉にゾクゾクしていた。
審判のこちらを見る目が「準備はまだか」と問いかけてくる。
千代ちゃんがぱっとハサミを置いたのを見て、将継が最後にハサミを置いた。
本陣の人が最後にハサミを置くのがマナーなんだって。その方が見ている人にも準備完了が分かりやすいみたい。
――全陣、準備完了。
スクリーンで10カウントが始まる。
泣いても笑ってもこれが最後の勝負!
『お題発表〜〜そしてスタート!』
お題
左陣『花』
本陣『月』
右陣『鳥』
私のお題は『鳥』。頭の中にいくつかの鳥の展開図を浮かべる。
よし、魅せ方が大事って何度も言われたから、ここはひとつ派手な鳥をつくるよ!
息巻いて紙を手に取った瞬間、ざらりとした感触が指先に伝わる。
私ははっとした。家にあった和紙色紙よりもさらに固い感触。
そうだ。
これが『友禅和紙』!
大丈夫。和紙を切る感覚なら、ちゃんと手に残っている。
千代ちゃんのおかげで和紙を切ることに興味を持った。
千代ちゃんとの戦いに和紙が用意されているなんて、もう運命だ。
いつもの紙を切る時よりも力を込めてハサミを入れていく。
固い繊維に刃が通る感触と、ザクンッザクンッという音が鳴る。
もうすぐ切り終わる。これでハサミでのタイムロスはないはずだ。
「紙が泣いてる……」
その時、ポツリとこぼされた言葉が、鋭いハサミのようになって私の胸を突き刺した。
「え――」
友禅和紙を切り終えようとした時、千代ちゃんの悲しげな瞳が視界に入ってきた。
千代ちゃんはそのまま顔を伏せて、和紙切りを続ける。
背筋が凍るほど静かな切り方だった。
私は組み立てに入りながらも、千代ちゃんの手元がどうしても気になってしまう。
大きな持ち手に小さな刃。その花鋏の特性が、1点に力を集中させている。
だから余計な力がいらないし、固い和紙でも静かに切れるんだ。
紙が泣いていない。
じゃあ私は?
紙をどう切るかしか考えてなかった。
時間のことしか考えてなかった。
だから私が切る時、紙は泣いていた?
組み上がった鳥を静かに机に置く。
大きく広げた鮮やかな赤い羽と、カッコいいムキムキの筋肉。堂々と胸を張るオオワシの姿は、最初にイメージしたとおりだ。
なのにどうして、泣いているように見えるの……?
私の完成から10秒後、千代ちゃんの作品が完成した。
青い羽を慎ましく畳んだカワセミがちょこんと枝に止まっている。
『全陣、完成! これより審査に入ります』
胸がざわざわする。ハイパーペーパークラフトを始めてから今までこんな気持ちになったことはない。
審査員がメモを取りながら作品を見て回るのを待っている間、私は千代ちゃんの作品を目に焼き付ける。
非の打ち所がない美しい作品だ。
それに……なんだろう。優しさを感じる。
作品に対する様々な心がこもっている。
時間点は私の方が10点くらいリードしているけど、技術点と芸術点でひっくり返ることだって、ある。
『結果を発表します!』
アナウンサーのやけに明るい声が頭に響いた。
スクリーンの映像がぱっと切り替わる。
結果
左陣 勝者:藤扇ケント
本陣 勝者:禅将継
右陣 勝者:紫部千代
その画面が映し出された瞬間、観客席から歓声とどよめきが同時に起こった。
けど私にはそれがすごく遠くに聞こえる。
――負けた。
千代ちゃんに負けたんだ。
和紙切りの感覚どおりに切ったのに。
時間点で勝っていたのに。
ほかのすべてで負けていたんだ!
「実咲! 俺ら優勝やで!」
「よっしゃー全国大会出場だぜ!」
舞台上で将継とケントがぱっと駆け寄ってくる。
「やったね!」とか「ナイス!」とか、私は勝ってくれたふたりになにか言いたかったのに、まず出てきたのは大粒の涙だった。
負けた。
負けた!
悔しい!
「実咲……」
私の涙に気づいた将継に背中を押されて、逃げるように舞台から降りた。
その途中で見えた千代ちゃんも、泣いていた。
そうか……千代ちゃんは私に勝ったのに、チームとして負けてしまったんだ。
チームとして続きがない。
その涙と私の涙を比べるつもりはないけど、私のぼやける視界の先には、まだ道が続いている。
将継とケントのおかげで。
「こら実咲! 1回負けたくらいでメソメソすんなバカ! 勝ったんだぞ! ホラ笑え!」
「あいたっ!」
ケントにバシーンと背中を叩かれ、そのまま前にいた将継に激突する。
将継に突っ込んだまま、私は声を絞り出した。
「ふたりとも、勝ってくれてありがとう……!」
「実咲、俺達はチームや。お互い支え合って勝てばそれでええ」
「俺も準決で負けてるし。これでチャラだな」
「うん……!」
こうして私達の初めての大会は、ほんの少し苦い負けの思い出とともに幕を閉じたのだった。
閉会式では目を腫らした千代ちゃんがこっちに小さく手を振ってくれた。
全国大会では負けないでね。
そう言われたような気がして、私はこくりと頷く。
「さあ! 帰ったら反省会やで〜」
「おいおい将継は明日の個人戦の準備だろ。反省会は明日にしようぜ。あ〜朝から頭使って腹へった〜」
「みんな全国大会進出おめでとう! 写真と動画撮ってあるからあとで送るね」
「実咲さま〜! おめでとうございます。全国大会の衣装も任せてくださいまし!」
「番長カッコよかったよ〜」
帰り道はこんな感じで大騒ぎで、私はあいまいに笑って今の気持ちをごまかした。
千代ちゃんに今すぐ会いたい。話をしたい。
千代ちゃんは紙の声を聞いていた。
千代ちゃんに紙の扱いを聞きたい!
「でもまずは反省会だよね。点数の詳細も確認したいし。よし、今から将継の家までダッシュだあー!」
「あ、ちょおまて実咲! 反省会は明日や明日!」
「まったく。落ち込んでると思ったらすぐこれだよ」
千代ちゃん、また会えるかな。
私もう負けない。
絶対に強くなってみせる。
だから全国大会で私のこと見ててね!
青空を見上げると、2羽の鳥が戯れながら天高くどこまでも飛んでいった。
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