第12話

 ▽

 

 そして2週間後――。5月の第1土曜日。

 将継の特訓を弱音も吐かずに乗り越えて、ついにハイパーペーパークラフトの県大会を迎えた。

 開催場所は御殿場アウトレットモールの屋外イベント会場。

 バスを乗り継いでたどり着いた大会場に思わず息をのむ。

 

 ついにこの日がきたんだ!


 県大会は2日に渡って行われる。

 1日目は団体戦。3人がそれぞれ戦って、2勝したチームが勝ち。

 2日目は個人戦。将継を全力で応援する!

 団体戦でも将継は絶対に勝ってくれるから、私とケントが両方負けなければいい。

 県大会で優勝すれば全国大会に進める。


 受付まであと30分。

 買い物客に混ざりながら、私達はアウトレットの中を移動する。

 将継はいつもどおり落ち着いた表情をしていた。

 ケントは少しソワソワしてるけど元気そう。


 問題は私。


「うう〜〜緊張する〜〜」

「実咲は緊張しいやな」

「学年集会でもガチガチだったしな」


 体が固まらないようにストレッチをしながら歩くとケントに白い目で見られた。


 本番で体が動かないよりマシでしょ!

 本当は軽くジョギングしたいくらいなんだよ!


 しばらく進むとぱっと開けた屋外スペースが現れ、簡易的な受付が設置されている。

 その奥にはステージと観客席が設営されていた。


「わー! 屋外会場だ」

「晴れてよかったよなー。もし雨だったら公民館だったもんな」

「普通は屋内会場が多いんやけどな。紙は雨に弱いし」

「でもお客さんはこっちの方が多いよね! はっ……さらに緊張してきた」

「バーカ。自分で自分を追い詰めるなよ」


 ケントは持っている大きな紙袋で私の足をバシバシとはたく。


「ちょっと! その紙袋にはまつりちゃんに借りた衣装が入ってるんだから大切に扱ってよ」

「は〜。まったく衣装とか大げさなんだよな」

「ちなみに総額○万円だって」

「げっ」


 私達のために用意された衣装は当然のようにジュニア用のハイブランドだ。まつりちゃんのお父さんがウキウキで用意してくれたらしい。

 これって結局モデルみたいなことしてないか……?

 けど応援してくれる気持ちはとってもありがたい。

 ケントは慌てて紙袋を抱いて持つ。なにかあって弁償なんてことになったら大変だ。

 受付には既に小学生の姿があって、今から戦う相手だと思うとドキドキする。


「受付の前に着替えてこよう」

「じゃあ着替え終わったら受付集合な」


 私の分の衣装をケントから受け取り、近くのトイレに向かう。

 どれどれ、私の衣装はどんなのかな?

 ビニール袋に包まれたそれを広げると、

 高そうな黒い生地で仕立てられた男の子用フォーマルスーツが姿を現した。


 まつりちゃん……

 こんなの着たら完全に男子なんですけど!?


 したり顔のまつりちゃんが目に浮かぶようだ。

 恐る恐る着替えてみると、鏡の中の私はすっかりいいところのおぼっちゃんに変身していた。

 サイズぴったりの革靴まで用意されているとは……加藤田親子おそるべし。


「なんか……本当にジャ○ーズになった気分」


 鏡の前でくるくる回っているとトイレに入ってきたお姉さんに二度見されてしまったので慌てて外に出る。


「おわっ。実咲お前……」

「加藤田さんの思うツボやなあ」


 将継は紺色、ケントはグレーの衣装を着て受付で待っていた。

 ふたりも私と色違いのスーツ姿だ!

 普段見ないかっちりとした雰囲気に私は両手を打つ。


「ふたりともいいよ! カッコいい!」

「いやお前に言われても」「なあ」


 3人で顔をつき合わせているとすぐ近くからカシャリとシャッター音が響いた。


「みんなキマってるね!」

「あ、西丸先生」

「いつからいたんや?」

「最初からいましたから! みんなの引率です!」


 そう言ってどデカいカメラを首から下げる西丸先生。


「引率というより専属カメラマンって感じ?」

「どーせまた学年だよりのネタにするんだろ」


 私とケントのヒソヒソ話が聞こえたのか西丸先生はごほんと咳払いをして、ポケットからメモ帳を取り出した。


「受付をしたら僕は観客席に移動しなきゃいけないから、今の内に伝えておくよ」

「なにを?」

「ふふふ。僕が集めた出場選手のデータだよ!」

「「「えっ!?」」」


 私達は一斉に驚いてしまった。

 先生、いつの間にそんなデータ集めてたの!?

 鼻息荒くドヤ顔をする西丸先生に期待を込めた視線を送る。


「この県大会団体戦、正直言って1番強いのは禅くんだと思う。ただ、他にも手強い相手がいる。その筆頭が昨年の県大会優勝チーム、『せいハンナ女学院じょがくいん』。なんと全員小4らしい」

「全員小4!?」

「中でも紫部ゆかりべさんという選手は昨年、小3で個人戦県大会2位に入ってる。強敵だ」

「聞いたことあるわ。確か、『静岡の天才少女』」

「そんな子がこの大会に……」

「でも向こうも思っているだろう。なんで全国2位がここにいるんだ――ってね」


 私達の視線が将継に集まる。

 将継は腕を組んでゆっくり頷いた。


「県大会2位なんて問題ない――俺と当たるなら蹴散らしたる。けど、これはチーム戦や。左陣、本陣、右陣のどこにその子が出てくるか分からん」


 そう、問題はそこだ。

 3人チームの団体戦にはポジションがある。

 舞台上には3つの長机が置かれ、それぞれ1対1の対戦を行う。


 舞台の左側の机で戦う『左陣』。

 舞台中央で戦う『本陣』。

 舞台右側で戦う『右陣』。


 例えば今回、うちのチームの左陣はケント。本陣は将継。右陣は私。事前の話し合いで、どんな相手にもこの形を崩さないと決めた。

 どこに誰を置くかはチームそれぞれの戦略によるけど、大体『本陣』にチームで1番強い人を置くらしい。


 けどそれは絶対じゃない。

 私がその強い子と当たる可能性だってあるんだ!


「もちろん強いんはその子だけやない。どんな相手でも全力で行こう!」

「「 おー!」」

「あっちょっとまだデータが……徹夜したのに〜!」


 将継の声かけに大きく返事をして、私達は力強く受付へと進んだ。

 将継がエントリー票を提出している間に、私は設営されている舞台を眺める。

 もう少ししたらここで対戦するんだ。

 将継の鬼のような特訓を受けて

 将継より強い人なんていないんじゃないかって何度も思った。

 そして、少なくともここには将継より強い人はいない!

 今から対戦する人はみんな将継より弱いんだと思えば気が楽になる。

 緊張がやわらいで、体のりきみが取れたと思った。


「お兄ちゃん?」


 その鈴の音のような声を聞くまでは。


 振り返った先で小さく首をかしげているのは、図書館で出会った、切り絵の女の子だった。


「あっ! 君はあの時の。わー、まさかこんなところで会うなんて!」


 女の子は私の顔を見てポポっと頰を赤らめた。そして小さな声で、嬉しそうに言う。


「うん。大会で、会えるかなと思ってた。あの……今日すごく、カッコいいね」

「ありがとう! ここにいるってことは選手なの?」

「うん」


 そうか、ハイパーペーパークラフトの選手だからあの時切り絵をしていたんだ!

 だから和紙を切るのもあんなに上手くて……。

 彼女の作品を思い出して、私の心臓はドキンと跳ねた。

 あんなに上手い作品をつくる子とこれから戦うんだ。


 当然だよね、だって私達は戦いにきてるんだから。

 どちらの芸術が優秀か。それを決めにきてるんだ。


「紫部さーん。ちょっと」

「は、はい」


 聞いたことのある名前が呼ばれ、女の子がそれに反応する。

 私は思わず耳を疑った。


 紫部さん……昨年の県大会2位!?


「じゃあね。お兄ちゃん。お互い、がんばろうね」

「あ。ねえ、名前。紫部っていうの?」


 呆然とする私に、彼女は恥ずかしそうに笑った。


「うん。わたしは紫部千代ちよ、です」


 紫部千代ちゃん。

 彼女が静岡の天才少女。

 今大会の強敵。

 倒さなきゃいけない相手だったなんて。

 手を振って走って行く千代ちゃんの背中を見送って、私は震えそうになる手を必死に抑えていた。


 どうしよう。

 どうしよう!

 どうしようーーー!


「めっっっちゃくちゃ燃えてきたーーー!」

「実咲うるさっ」


 受付を終えた将継につっこまれるけど、この胸のドキドキは止まらない!

 千代ちゃんに勝ちたい。

 私が千代ちゃんと戦いたい!


「どうか千代ちゃんと当たれますよーに!」

「おいこの野獣もう獲物を定めてるぞ」

「ヤる気があるんはええことや。ほら開会式始まるで」


 こうして

 私のワクワクは全然おさまらないまま、初めての大会が幕を開けた!


『これより全国ハイパーペーパークラフト大会、ジュニア部門県予選大会を始めます! 

 1回戦は――御殿場西小学校 vs 茶畑ちゃばたけ小学校!』


 ▽


 ――1回戦。

 開会式が終わってすぐ私達の出番だ!

 これから休みなく1回戦、2回戦、準決勝、そして決勝。計4回勝たないと全国大会に進めない。

 なら、エンジンかけるためにも出番は早い方がいい!


「御殿場西小学校、舞台へ」


 係の人に学校名を呼ばれて舞台に上がる。

 私達3人の前には1回戦の相手の茶畑小学校の選手が並んだ。

 お揃いのTシャツを着た坊主頭の3人にジロリと見られる。

 睨まれてもどうってことない。

 こんなの柔道の大会の殺気よりマシだよ。

 向こうはホンキで殺されるかと思うくらいみんな圧が強いんだもん……。


「両チーム、礼!」


 審判の合図でぺこりと礼をして、そのままの流れで各ポジションの机に向かった。

 広いコの字に並べられた長机の、右陣にハサミを置く。

 私の相手も同じようにハサミを置く。これで私達の陣は準備完了。

 お題発表はアナウンスとともに舞台にあるスクリーンに映し出される。

 文字が映った瞬間に作品づくり開始だ。


 ふと見ると観客席では顔を青くした西丸先生がカメラを構えていた。

 その隣にはいつのまにきていたのか、まつりちゃんをはじめクラスの女子たちが、私達の名前入りうちわを揺らしている。


 みんな応援にきてくれたんだ。

 ありがとう。私、がんばるよ!


 左陣のケントと目が合って、ふたりで中央にいる将継を見る。

 将継はいつもどおりの表情でハサミを置いた。


 ――全陣、準備完了。


「お題を発表します! スクリーンにご注目下さい!」


 アナウンスに従って、瞬きもせずにスクリーンを凝視する。

 その瞬間、スクリーンで10カウントが始まった。


 10……

 9……

 練習どおりにできるかな。

 お題、難しくないかな。

 6……

 5……

 不思議。全然緊張しないや。

 むしろ周りがよく見える。

 2……

 1……


『お題発表〜〜そしてスタート!』


 お題

 左陣『相撲取り』

 本陣『電車』

 右陣『家』


 私のお題は……『家』!


 スクリーンに映し出されたその言葉を見た瞬間、私はハサミを取って紙を切り始めた。

 相手がギョッとするのが視界の端に入ってくるけど、すぐに気にならなくなる。


 将継に褒められた私の才能。

 それは立体感覚のよさ!


 頭の中で展開図を描く速さだけは誰にも負けない、負けたくない!

 今の私には、はっきりと『家』の展開図が見えている。

 大丈夫、絶対に。


『淡井くん、才能あるよ!』


 将継のあの言葉を信じるんだ!

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