レッツ紙すき!
第14話
県大会翌々日、月曜日――。
「ふわあ……」
午後の授業は眠気との戦いだ。
窓から見える白い雲、サラサラとそよ風が教室に入ってくる穏やかな5時間目。
まぶたが……重い!
昨日、将継の個人戦の応援で体力を使い果たしてしまったから授業がつらい。
眠すぎて白目をむきそうになるのを必死で我慢する。
ちなみに将継はもちろん個人戦優勝! 無事に全国大会への切符を手に入れた。
決勝戦の相手は千代ちゃんで、舞台で繰り広げられる激しい戦いに私は釘付けになっていた。
負けた後の千代ちゃんはどこかスッキリとした表情をしていて……。
千代ちゃんに負けて泣いた自分が恥ずかしくなった。
千代ちゃんとは話したいことが色々あったけど、大会が終わったらすぐに帰ってしまったようで会えなかった。
その後、将継の家で団体戦の反省会をして、西丸先生に送ってもらった映像でそれぞれのいいところと悪いところを言い合って……。
家に帰ってからもずっと大会の映像を見ていたら、いつのまにかリビングのソファーで寝オチしてしまっていた。
睡眠の質が悪かったのか体のあちこちが痛いしあくびが止まらない。
「ふあー」
「じゃあさっきから大あくびしてる淡井さん。教科書の続き読んでください」
「げげっ」
「番長おねむー?」
西丸先生ったら私がヘトヘトなの知ってるくせに! 少しは労ってよね。
キャッキャッと盛り上がる教室の端の席で将継も笑ってる。
将継、昨日の反省会はかなり真剣だったな。
教科書を読み終わり、椅子に座って昨日のやりとりをぼんやりと思い出した――。
▽
将継の家での反省会。
私達は真剣で、特に将継は勝ったばかりなのにもう次の大会が迫っているような意気込みを感じた。
「実咲は生き物のお題が苦手なんやと思う」
そんな中唐突に放り投げられた将継の言葉に、私はイマイチピンとこなかった。
「え?」と将継を見返すと、「やっぱ無自覚か」と頭を抱え始めてしまう。
「もしかしたらとは思っとった。でもこうして点数見るとそうとしか思えん」
「俺もそう思う」
ケントがそう言って差し出したのは、大会で付けられた点数の詳細が書かれたプリント。
閉会式で配られて、審査員の方々が色々説明していたっけ。
確か今年は大会のレベルが高かったとか。将継のことを言っているんだってすぐに分かったけど。
「ホラ、実咲の点数見てみろよ。1回戦から準決勝までのお題は生き物じゃないから芸術点が高い。でも最後の『鳥』は芸術点が低いだろ。つまりお前は……生き物が下手なんだ!」
生き物が下手!?
嘘でしょ!?
私今まで結構生き物つくったけどそんなに下手だったかな?
ネコとか、さかなとか、鹿とか……。
すがるように将継を見るけど、なぜかサッと視線を外されてしまう。
そんなことないと思いたい。でも点数を見るとケントの言うとおりだ……。
「そ、そんな〜。私、生き物系つくるの結構好きなんだよ?」
「いや、好きなのは分かるけど独創的すぎるんだよ! 今回の『鳥』だってムキムキマッチョだったし! なあ将継」
「ああ。特に今回、和紙のせいでより難しかった。苦手なお題で負けたんならしゃーない」
しゃーない、とは言うものの。私としては次に同じ状況になった時、同じ言い訳をするわけにはいかない。
仮に! 私が生き物のお題が苦手だとして!
芸術点の加点が難しいってなった場合(仮にね!)、
取り返すとしたら時間点と技術点。
時間点はともかく、技術において私に足りないものがある。
『紙が泣いてる』
千代ちゃんのこぼしたその言葉で理解した、私の弱点。
その弱点を改善しないときっと全国大会で勝てない!
「実咲のいいところは時間点を確実に取れるところ、生き物以外の――特に建造物のお題に強いところやな。んで、改善点は……」
「私の改善点は――紙への理解」
将継がはっとした顔で私を見る。
「みんなに比べて私は……圧倒的に紙のことをなにも考えてなかったと思う。時間点にこだわって、速く紙を切ることだけを考えてた。決勝戦、その気持ちが紙の切り口に出てたんだと思う。だから技術点が取れなかった」
「そうやな。和紙は特に、荒く切ると見た目に出るから」
「全国大会の決勝戦も和紙を使うんだよね?」
「昨日渡された案内にはそう書いてあるな」
「だったら私は全国大会までに和紙切りに慣れる! 和紙を上手く切れるなら、いつもの紙でも上手くなれると思うから」
「おいおい、それじゃまるで必ず決勝戦に行けるって言ってるみたいだぞ」
そう言うケントに私は大きく頷く。
「そうだよ。決勝戦でまた和紙で負けました〜。なんてイヤだから!」
両拳を握りしめ、私は闘志を燃やした。将継もうんうん頷いて和紙に慣れることには賛成してくれる。
「あと生き物つくる練習もしような」
「そんなに苦手意識ないんだけどなあ」
「それが問題なんだよ……」
「でも生き物の特訓でもなんでもするよ。だって、全国大会では千代ちゃんみたいに私達より年下でも強い子がたくさんいるんだよね」
視線で問いかけると、将継は神妙に頷く。
「ハイパーペーパークラフトは性別も年齢も関係なく、本当に強いヤツが上がってくるからな」
「年齢も性別も関係なく……」
それって実はすごいことかもしれない。
世の中の競技は年齢で区切られたり男女別だったりすることが多い。
今回の大会は小学生だけの大会だけど、ハイパーペーパークラフトの大会は参加者の年齢を問わないものが多いらしい。
大人でも子供でも
男でも女でも
関係なく勝負できる競技なんだ。
ちょっと感動していると、将継がずいっとケントに向き直った。
「次、ケント。ケントは良くも悪くも作品が無難すぎる。いっそ実咲の生き物作品を見習って大胆に魅せたほうがええと思う」
「無難か……。まあ自分でも冒険はしてないなとは思ってたよ」
「あのー、私の生き物ってそんなに大胆?」
「準決勝は芸術点が相手に負けとった。ケントは基本丁寧やし、技術点は平均的に高い。だから今後の課題は芸術性。実咲とは真逆で、ケントの独創性を出していこう」
「簡単に言うけどそれが難しいんだよなあ」
「ねえ聞いてる?」
私の話は虚しくスルーされたけど、とりあえずケントの課題も見えてきたようだ。
これで全国大会までにやるべきことが少し分かった。将継ひとりが強くても勝てない。大会で勝ち進めるかどうかは私達の出来にかかってる。
「そういう将継は改善点とかないのか?」
「俺? もちろんあるよ。数えきれんほどな」
将継の改善点? 完璧に見える将継のハイパーペーパークラフトにもダメなところがあるの?
なにそれ、めちゃくちゃ気になる!
将継は少し考えながら、自分の改善点を指折り数え始めた。
「まずハサミ入れるまでが遅い。これは初心者の実咲にも勝てん俺最大の弱点や。次に、焦るとハサミの速さに紙が追いつかずに雑になる。ケントの丁寧さを見習いたいところやな。そんで――作風が古い」
作風?
私は首をかしげた。
確かに将継の作品は昔の日本らしいデザインが多い気がするけど。
「別に悪いことじゃないと思うけどな」
「でも流行りかどうかって結構重要じゃね? プラモも今と昔じゃ造りが全然違うぜ」
「な? すでにここで意見が割れるということは、審査員の意見も割れるんや」
「ああっなるほど!」
私とケントの意見が違うように、審査員にもそれぞれの考えがあって、昔らしさかイマドキかで評価が割れるかもしれないんだ。
「実咲の生き物もやけど、独創性が高かったり作風にクセがある作品は評価が割れやすい。つまり負けるリスクがある。大会では誰もが納得する作品をつくらなあかんのや」
「なにそれ激ムズ」
「芸術を戦わせるってそれだけで難しいよな」
「そうやな。俺の作品はじいちゃんに影響を受けすぎて、お題から得る着想がかなり古い。例えば俺が『鳥』をつくるなら真っ先に思いつくんはツルかキジやけど、なんかフレッシュさがない気がするやろ?」
将継の言いたいことはなんとなく分かる。
もちろんツルやキジが悪いわけじゃない。
他の斬新な選択肢が出てこないのが問題なんだ。
「実咲みたいに『筋肉ムキムキのオオワシ』を一瞬で思いついて、すぐにハサミを入れるなんて俺にはできんし」
「いやそれは誰にもできねーよ……。ただ実咲の立体感覚はすげーうらやましい」
「ほんまに、俺ら足して三で割りたいわ」
足して三で割る。
私の頭の中で、ぱっとなにかの展開図が花開く。
将継の技術と、
ケントの丁寧さと、
私の立体感覚(と独創性)。
それらが螺旋を描くように組み上がっていった。
「それだ!」
思わず立ち上がって叫ぶ。「うわっ」と飛びのくケントを無視して、私は将継の両肩をがくがく揺さぶった。
「私達、お互いの得意なことを教え合えばいいんだよ! だって自分に足りないものを誰かが持ってる! これってすごいことじゃない?」
「た、確かにそうやけど」
「これまでは将継に頼りっぱなしだったけど、私達も作品づくりのためになりそうなメニューを考えるよ! ね、ケント、プラモの技術とか使えそうなの教えて」
「ったくお前はホントいきなり熱くなるんだから……。分かったよ、確かに今のままじゃ将継の負担が大きいからな」
そうため息混じりに言うケントだけど、昔からケントって実は頼られることが好きだから、まんざらでもない表情を浮かべている。
「ねえ将継、いいかな? 私達もクラブ活動のメニューつくっても」
「……ああ、もちろんええよ!」
私にされるがまま肩を揺さぶられていた将継だったけど、一瞬はっとしてから、ぱっと花の咲くような笑顔を見せた。
それは私とケントがクラブに入った時と同じ笑顔で、
将継がとっても喜んでいる時の顔だ!
「ふたりが強くなりたいと思ってくれるんが、俺は嬉しい」
「なんだそりゃ。大会出るからには勝ちを目指すに決まってんだろ!」
「そうだそうだー!」
こうして反省会は終わり、これからの練習メニューを持ち回りで考えることになったのだった。
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