第11話
▽
「はあ〜疲れた」
将継の家から帰ってから、夜は道場で柔道の練習をして、ヘロヘロになって帰った家でようやく晩ごはんにありつく。
将継の特訓も厳しいけど師範の指導はもっと厳しい!
大会に出ると言ったら倍の特訓メニューを言い渡されてしまった。
でも投げ出したりしない。私には私の戦いがあるから。
「自分でどっちもやるって決めたんだ」
アジフライと白ごはんを口に詰め込んでいるとリビングにひょっこりお兄ちゃんが顔を出した。
「みさきち〜明日時間ある?」
「日曜の午前は道場、午後はクラブ活動って言ったでしょ。時間なんてない!」
「頼む〜図書館に本返しに行ってくれ〜。返却期限明日なの忘れてた〜」
「はい? そんなの自分で行ってよ」
「俺明日1日中ベンチャースカウトで街のゴミ拾いするんだよ〜」
「も〜! しょうがないなあ。後でアイスひとつね」
「サンキュー」
あいかわらずスケジュール管理適当なんだから!
お兄ちゃんの適当さだけは見習わないと心に決める。
将継の特訓を受けてからダッシュで図書館に向かえば閉館までには着くはずだ。
残りのごはんをかきこんで、私は部屋でえまぴの動画を堪能することにする。
前まではえまぴの顔ばっかり見ていたのに、今は手しか見ていない。
まあえまぴは手もキレイなんだけどね!
細くて長めの指がハサミを握る。そのしなやかな手首の動きを瞬きも忘れて見つめた。
この動きを盗みたい。その一心で何度も何度も動画を繰り返す。
えまぴはなにを考えて紙を切っているのかな。私は展開図しか頭にないけど、他のことを考える余裕とかあるのかな。
シャキンッ
シャキン……
シャキン……
えまぴの紙切りの音をBGMにして目をつぶる。
そして次に気がついたらもう朝で、道場に遅刻しそうになったのは内緒。
▽
――日曜日。
「あ〜今日も疲れた」
昨日といい今日といい疲れたしか言ってない気がする。
師範と将継に連続で鍛えられ、私の心身はボロボロだ。
夕日を浴びるとやっと1日の終わりを感じる。
ぐったりとしながら向かうのは市の図書館。
お兄ちゃんが返し忘れていた本をリュックの中に入れて、ヨロヨロと返却カウンターに足を進める。
その時、ふいに視界に入ってきたのは、窓際の席に座っている女の子の姿だった。
肩のあたりで切りそろえられた髪に、淡い紫色のカーディガンを着た10歳くらいの子。
その子はキレイな姿勢でなにやら手を動かしている。
その動きを私はよく知っていた。
あの子、切り絵してる!
将継に言われて散々やっている切り絵だけど、実は他の人がやっているのを見たことがない。
ましてや私よりも年下っぽい女の子が
ひとりで黙々と切り絵をしてるなんて!
めちゃくちゃ気になる……!
私は本を返却してから、そろりそろりと女の子に近づいた。
彼女の手元が見える位置に立つと、目に鮮やかな色が飛び込んでくる。
わあ、
黒い紙に重ねるようにして、色とりどりの和柄の紙が花の形に貼り付けられている。
いつも白い紙しか切っていなかったから、その美しさに思わずため息がこぼれた。
「……?」
「あっ」
振り向いた女の子と目があって、私は慌てて口を閉じる。
どうしよう、怪しまれちゃったかな。でも気になるし話しかけちゃえ!
「えっと、切り絵上手だね。近くで見てもいい?」
私はなるべく優しい声で女の子に問いかけた。彼女はしばらく私を不思議そうに見つめ、ポッと頰を赤らめてから頷く。
かわいい〜。照れ屋さんなのかな。
お言葉に甘えて見せてもらおう!
隣の席にお邪魔して、女の子が切り絵を再開するのを静かに見守る。
ハサミとクラフトカッターを使って切られるのは和紙でできた色紙だ。
時々和紙を手でちぎって風合いを出している。
完成したのはかわいらしく笑うお姫様。
「すごい!」
感激が自然と言葉になった。女の子はまた顔を赤くして「ありがとう」とつぶやく。
「これお兄ちゃんにあげる」
恥ずかしそうに切り絵を差し出してくるその子に、私の胸はずきゅんと撃ち抜かれた。
お兄ちゃんじゃないけど!
お姉ちゃんだけど!
なんてかわいいんだ〜〜!
「ありがとう〜! あ、じゃあかわりにこれもらってくれる?」
私はリュックの中のごそごそして、今日将継の家でつくったばかりの作品――その名も『産まれたての子鹿』を取り出し、彼女に差し出した。
「お兄ちゃんハイパーペーパークラフトやるの……?」
ぱちくりと瞬きをして、女の子は小さな声で言う。
「うん! 大会に向けて特訓中なんだ〜」
「そうなんだ」
初めての作品交換をして、一瞬で友達になれた気分になる。
もらったお姫様は帰ったら部屋に飾ろうっと!
女の子はふと時計を見て、荷物をまとめ始めた。そういえばもう閉館時間が近いんだった。
「もうかえるね。お兄ちゃんバイバイ」
「バイバイ〜」
デレ〜っとしながら手を振ると、女の子は小さく手を振り返してくれた。
「和紙かあ」
もらった切り絵をまじまじと見る。ちぎりで表現した部分は繊維がほぐれてふわふわした印象だ。
使う紙でこんなに作品が変わるんだ……。すごいなあ。
新たな発見にホクホクしながら家路についた。
「そういえば図工の授業で使った和紙の折り紙が余ってたなあ」
家に着いて早速自分の机の引き出しを探すと、使いかけの和紙が出てきた。
色も柄もバラバラだけど、パッチワークみたいに組み合わせればなんとかなりそうだ。
よし、私も和紙で切り絵をやってみよう!
デザインを軽く鉛筆で下書きして、和紙にハサミを入れる。
シャクンッ……
「ん?」
いつもと違う切り心地に首をかしげる。
なんて言うんだろう。いつもよりも力を入れないといけないというか。紙に少し引っかかりがある。
まるで繊維を1本ずつ断ち切るような……。
私はふとちぎられた和紙の繊維を思い出す。
そうか、和紙は繊維が絡み合っているから切りにくいんだ!
「これは結構難しいかも」
あの女の子はその難しさを感じさせずにサクサクと切っていた。
和紙に慣れているのか、それともハサミが上手いのか。
私も負けられない!
メラメラと燃える対抗心を胸に、夜中和紙切りに熱中した。
▼
――月曜日。
教室に入るとすぐに実咲がキラッキラの笑顔で駆け寄ってきた。
どうしたんやろう。あまりにもいい笑顔だから周りの女子がワーキャー言っとるぞ。
「将継見て〜!」
そう言って実咲が差し出したのは、和紙の切り絵。
千鳥柄と青海波柄で彩られた和傘や。
俺は見た途端「ほおー」と感心してしまった。
「見事なもんやね」
「でしょでしょ! 昨日の夜がんばったんだー」
実咲……自分で切り絵の楽しみ方を見つけたんやな。
胸のあたりが温かくなる。実はちょっと特訓で厳しくしすぎたかと反省しとった。
俺はハイパーペーパークラフトのことで手加減ができん。初心者相手にも細かいこと言うし、対戦でも手を抜かない。
そんな俺の
ハイパーペーパークラフトを嫌いになってしまわないか。
そんな心配、実咲相手には必要なかったみたいやな。
それに実咲のデザインセンスをなんとかしたくて切り絵ばっかりさせてたけど、もしかしてセンスがアレなんはお題が『生き物』の時だけかもしれん。
苦手なお題は誰にでもあるし、これからはセンスのことはあんま気にせず練習メニューを組むか。
「もうひとつはコレ!」
「これ……は?」
「象! 題して『すっぱい顔のエレファント』!」
……やっぱりも少し切り絵の特訓が必要かもしれん。
「あのう、実咲さま〜。それと禅さんも」
後ろから遠慮がちに俺達を呼ぶのは、いつもフリフリのドレスみたいな服を着ている加藤田さん。さっき実咲の笑顔にぽやーっと見惚れていたので分かるとおり実咲のファンや。
「なあにまつりちゃん」
「クラブの大会に出ると聞いたのですが……」
「うん! 来月県大会に出るよ」
「正しくは2週間後な」
俺の付け足しに加藤田さんはあごに手をやって「2週間……」と呟く。そして意を決したように、がしっと実咲の両肩に手を置いた。
「もしよろしければ、大会のコーディネートは私に任せていただけません!?」
「コーディ……」「ネート?」
予想していなかった単語に俺達は顔を見合わせる。
加藤田さんは顔を真っ赤にして実咲に迫った。
「実咲さま、まさかとは思いますけれどいつもの服装で大会に出るおつもりですの?」
「へ? そのつもりだったんだけど」
「そんなの……そんなのこの私の目が黒いうちは許しませんわ〜!」
加藤田さんはどこにしまっていたのか大量のカタログを机の上に広げ始める。
「おふたりともお好きな色は? 柄は?」
困った、こういうのはよう分からん。俺は「実咲に任せるわ」とだけ言ってササっと自分の席に戻ることにした。
「あっ将継ちょっと!」
「頼んだで〜」
俺はともかく実咲は着飾ったらみんな放っておかんやろうな。
もしも大会で絵馬くんと並ぶようなことがあったらきっとお似合いや。
その場面を想像して、俺は芸能人みたいに騒がれるふたりを遠くから見つめている気持ちになる。
なんか……
なんやろう。
嫌やな。
実咲は絵馬くんのことどう思っとるんやろ。
「いけねーギリギリ間に合った!」
隣の席にケントが慌ただしく座ってきたのを視界の端で確認する。
「なーケント」
「おー。おはよう。なんだよ」
「実咲ってモテるんか?」
「は? 見りゃ分かるだろ」
もやもやとする気持ちを抱えながら実咲を見ると、クラス中の女子に囲まれていた。
「そうやんな」
「変な将継」
実咲が女の子にモテる姿を見ても特になにも思わんけど、
絵馬くんの隣にいる姿は見たくないな。
なんでやろ?
もやもやする気持ちはチャイムの音とともに胸の奥に沈んでいった。
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