第10話
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――土曜日。先週に続いて実咲がうちにやってきた。
今回は新しくクラブメンバーになったケントを連れている。
「お邪魔しまーす。あ、将継ママこんにちは!」
「はじめまして。将継と同じクラスの藤扇ケントです。これつまらないものですが」
「ぶっ」
ケントのキリッとしたよそ行きの態度に思わず吹き出すと、ジロリと睨まれた。
実咲も隣でニヤニヤしとるけど、そういうお前も初めてうちにきた時はだいぶ猫かぶっとったよ。
「あら〜立派なケーキ。ありがとね、すぐにお茶にしましょ♪」
「どうぞお構いなく」
母さんはイケメンが増えて喜んでいる。
実咲とケントは並ぶとジュニアアイドルみたいだから気持ちは分かるわ。
ふたりを客間に通すとさっそく実咲が長机の上に紙やらハサミやらを広げ始める。ケントは客間をウロウロしてから俺の横に座った。
「お前んちでっけーな」
「母さんの実家なんよ。父さんが奈良から静岡に転勤になって、ここに住むことになってな」
「小6で転校って大変だよな。お前のことだから向こうの学校でも人気者だったろ。全国2位を手放して、奈良のチームは戦力ダウンだな」
「奈良ではどんなチームだったの?」
実咲の問いかけに俺は口をつぐんだ。話せることがない。奈良にいた頃、俺はひとりで戦っていたから。
「奈良では個人戦ばっか出てたから、チームは組んでなかったんよ」
「ふーん? じゃあ将継も私達が初めてのチームなんだね!」
そう言う実咲の笑顔に、俺は救われた気持ちになる。
転校して1週間でチームが組めるなんてほぼ奇跡。
しかもふたりともよくも悪くも竹を割ったような性格で、悪知恵しか取り柄のない俺でも接しやすい。
この奇跡、終わらせたくない。
「さあ! 今日からは大会を想定して1対1で作品づくりするからな。俺も一緒にやるし、ちゃんと勝つ気でくるんやで!」
「将継気合入ってるね」
「ケーキ食ってからにしようぜー」
「あかん、1秒でももったいない」
まずは俺vs実咲。
お題を決める役のケントにはストップウォッチを持たせて、時間点も計算させてみる。
ハイパーペーパークラフトは審査側もやること多くて難しいんよな。
特に点数計算。ハイパーペーパークラフトは技術点と芸術点は加点方式で、そこに作成にかかった時間点がつく。
時間点は、相手よりも先に作品を完成させた時、相手が完成するまでの秒数がポイントとして加算される。
例えば相手よりも2秒早く完成させたら2点もらえるってこと。
この評価に慣れておかないと大会で焦ってしまう。
「では準備、」
ケントの合図で俺と実咲はハサミを握る。
紙を持っていいのはお題が出てからや。
向かい合う実咲の前髪がさらりと揺れる。
つき指が治ってから初の作品づくり。左手も使えるけど、やっぱりじいちゃんの右手用ハサミがしっくりくる。
大阪の境に構える鋏鍛冶『辰巳鍛冶』四代目が手がけた、紙を切るためだけにつくられた名鋏、その名も『断紙』。
実咲が切りやすいって言うんも当然や。これは紙切り専用のハサミやから。
じいちゃんから譲り受けた時にはもう値段のつかない貴重なもんになっとった。ぶん投げたケントが知ったら卒倒するやろな。
今年こそこの『断紙』と一緒に全国をとる。
そして紙切り文化を復活させ、紙切り師、鋏鍛冶、紙職人……今まさに途絶えようとしている技術をこの世に引き止める。
それが伝説の紙切り師、禅将一の孫である俺の使命や。
「お題は――『さかな』!」
カッと実咲の目が見開かれた。同時にハサミを持つ手が動き始める。
さすがやな。この速さばっかりは勝てん。
俺はというと頭の中で作品のイメージ、展開図を組み立てている。実咲ほど直感力がない俺は一手ずつ頭で処理せんといかん。
よし、見えた!
俺は頭の中の設計図どおりに、最初のひと断ちを入れた。
▽
シャンッ
突然耳に入ってきた音に思わず顔を上げた。
今の音はなに?
それは将継の手元からたえず鳴っている。
シャンッシャンッシャンッ
私は目と耳を疑った。
これは将継が紙を切る音だ!
なんて速さなんだろう。
私はお題が出された瞬間にハサミを入れた。
今は半分くらい切り終わっている。
対する将継は数秒前にやっと切り始めた。
なのにもう半分、ううん、それ以上切り終わってる!
さっきの音が鳴り始めてから、もう私に追いついたっていうの?
速い。圧倒的に、ハサミが速い。
これが将継の紙切り。全国2位の実力なんだ!
将継が紙を切り終えたのを見て、私は慌てて自分の作品に意識を戻す。
大丈夫、展開図は頭に浮かんだままだ。
切り終わったら間髪入れずに組み立て。
紙の端と端を合わせるために入れた切り込みが浅かったせいでなかなか組み上がらない。
焦るな私、これはまだ練習なんだから!
「完成!」
将継の声とともに机の上に作品が置かれる。
「くっ。――完成だよ!」
数秒遅れて私も机に作品を置く。
ケントが即座にストップウォッチを止めて点数を宣言する。
「将継に時間点をプラス5点な!」
それはつまり、将継の方が5秒早かったということだ。
「うわー悔しい!」
私は両手で髪の毛をぐしゃぐしゃにして机に伏せる。
でも、ハイパーペーパークラフトは時間が全てじゃないもんね!
「ケント! 公平な審査お願い」
「おう!」
ケントは2つ並んだ作品をじーっくりと眺め始める。私も将継の作品を見て、はっとする。
まっさきに感じたのが、作品に動きがあるということ。
綺麗なシルエットに、ところどころに飾り切りが施され、力強くヒレを羽ばたかせる幻想的なさかながそこにあった。
「タイトルは『空飛ぶトビウオ』ってところやな」
「す、すごい!」
「へー。ちゃんと腹の部分で自立するようにつくってあるんだな」
「作品の魅せ方も重要やよ」
次にケントは私の作品を見て、まゆ毛を八の字に下げた。
どどーん! とお腹を見せつけるように大胆に横たわる私のさかな。
将継にならって私もタイトルをつけることにしよう。
「タイトル、『打ち上げられたエンゼルフィッシュ』!」
「『力尽きたフナ』の方がよくないか?」
「『まな板の上の鯉』やなくて?」
「ふたりともこのリアルを追求したテーマを理解できないなんてまだまだだね」
「技術、芸術点ともに将継の勝ち!」
「あ〜〜!?」
私なりに上手くできたと思ったのに!
ぐぬぬと声を漏らしながら将継の作品を見て、頭の中でその構造を展開してみる。
よくできてるなあ。切り口も折り目もキレイで、展開図になんのムダもないんだもん。
そこまで考えて私はあることに気づいた。
そうか、1対1だと勝ちか負けしかないから『私なりに』上手くできても勝てないんだ。
ハイパーペーパークラフトは競技だから、相手よりも上手くないと勝てない!
「ねえ、ふたりとも! 私の作品どこが悪いのかな?」
ずいっと机に身を乗り出してふたりに聞く。
すかさず答えたのは審査員役のケントだった。
「デザインはともかくお前は組み立てが荒いんだよ。ホラここ、端がちゃんと合ってないぞ。技術点はこういうところを見られるんじゃねーの」
「う」
自分でも上手くいかなかったところをズバリと突かれた。ケントは精密なプラモをつくってるから、細かい部分に厳しい。
ケントの言うとおりだ。本物の審査員はもっと厳しいよね。
「俺が気になったのはやっぱりハサミかな」
将継の言葉に私は「あっ!」と叫んで将継の肩をがっしり掴む。
「そう! ハサミに入るのは私の方が早かったのに、切り終わるのは将継の方が早かったよね」
「そうやね。こればっかりは慣れやからたくさん練習するしかないんやけど……実咲、ちょっと手出して」
言われるがままに将継に向かって手のひらを出し、そのまま私の工作用ハサミを握らされる。
「曲線を切るときは手首のスナップだけでハサミの角度を変えるんや」
「手首のスナップ?」
将継がお手本を見せてくれるけどどうも上手くいかない。
確かに将継は上半身を動かさずに、手首だけをくねくねさせてスルスルと切っている。
それに比べて私は肩や肘まで動いてしまうからムダな動きが多いんだ。
「これは絵馬くんの動画を見た方が分かりやすいかもな。絵馬くんの手首の柔らかさは尋常じゃないから」
「そうなの? じゃあ家でいっぱい見るね!」
私の課題が見えたところで、次は将継vsケント。私はお題出しとストップウォッチ係だ。
ケントはカバンからニッパータイプの工作バサミを取り出した。
「それってプラモ用?」
「おう。紙も切れるし使い慣れてるから」
「大きさもルール内やし問題ないな」
ふたりが準備できたのを見計らって、私はお題を発表する。
「お題は――りんご!」
その場がシーンと静まり返る。将継もケントも思考に徹して動かない。
私はすぐに手を動かすからこのふたりの様子は新鮮だ。
思えば目の前で誰かの対戦を見るのは初めてでドキドキしてくる。
動画は見るけど実際にこの目で見るのとは違うもんね。
先に動いたのはケントだ。紙を細かく動かして器用に切っていく。
将継はまだ動かないけど、きっと思考に時間をかけてハサミで追いつくスタイルなのだろう。
思ったとおり将継は少し遅れて切り出し、ケントよりも早く切り終えた。
私は将継の手の動きを必死に追った。
この速さに追いつくにはどうしたらいいんだろう?
やっぱり練習しかないのかな。
手元のストップウォッチを見る。このままだとケントよりも10秒くらい早く完成しそうだ。
「完成!」
ストップウォッチを押して将継の時間を記録する。遅れて5秒後ケントの「完成っ」という声に慌ててもう1回ボタンを押す。
あれ、ケント意外と早かったな。10秒は差がつくと思ったのに……。
「ケント組み立てるの速いなあ!」
将継の感心する声で私も気がついた。
切りの段階で10秒ついていた差を組み立てで縮めたんだ!
「将継に時間点5ポイント!」
「だー! 俺も5秒差かよ」
「じゃあ実咲、審査頼む」
私は審査をするためにふたつの作品を真剣に見た。
ケントの作品はいたってシンプル。丸いりんごがちょこんと机に乗っている。
紙で丸みをつくるのって結構難しいし、初心者にしては上手なんじゃないかな。私がりんごをつくってもこうなると思う。
続いて将継の作品は一風変わっていた。
まっすぐ伸びる木に、いくつかのりんごがなっている。
そしてりんごだけでなく、幹のシワや枝葉まで表現されて迫力がある。
同じお題で魅せ方がこんなにも違うなんて。
「将継の勝ち〜!」
「あーくそ! 発想が違うんだよなあ」
「でもこれでふたりとも対戦でなにが大事か分かったんやない?」
そう言われて私とケントは顔を見合わせて同時に頷いた。
「大事なのは!」
「作品の魅せ方!」
「そのとおりや!」
将継はウキウキしながら私達の作品を並べて解説を始める。
「さかなってお題でたださかなをつくるより、動きをつけた方が目を惹く。それと同じで、りんごだけをつくるより、木になっている状態をつくることで迫力が増すんや。どっちもアイデア勝負、魅せ方の問題ってことやよ」
「そこで点数が稼げるってことか」
「やね。特に芸術点なんて審査員の好みで決まってしまうけど、その人にしかつくれんような作品は高得点が出やすい」
「そっか。独創性ってやつだね」
この対戦形式の特訓、めちゃくちゃタメになる!
大会でどんなお題が出るか分からないし、たくさん数をこなしてレベルアップしなきゃ。
「次は実咲とケントの勝負やで」
「っし。負けないからな実咲!」
「それはこっちのセリフ!」
ケントと肩をぶつけ合いながら机に向かう。
そんな私達を見ながら、将継は楽しそうに笑っていた。
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