魔境! いきなり県大会だよ

第9話

 ▽


 ――金曜日。ハイパーペーパークラフトクラブを結成して1週間。

 私にはある不満があった。


「ハイパーペーパークラフトクラブってめちゃくちゃ言いづらくない!?」


 放課後の図工室に私の絶叫が響く。

 木のイスに座った将継と、その向かい側で紙を切っているケントが同時にこちらを向く。


「実咲は今日も元気やなあ」

「うるせーな! こっちは集中してんだよ」


 ふわふわ笑う将継とは対照的に、ケントはトゲトゲしい態度で再び手元に目を落として黙々と紙を切り始める。


 もう、ケントったらやるとなったら真面目なんだから!


 私の悩み。それはここ最近将継がケントにつきっきりなこと。

 ケントはこの1週間、将継にハイパーペーパークラフトの基本を教わっている。

 うちの小学校のクラブ活動は金曜日の6時間目って決まっているから今日はこうやって図工室でクラブ活動ができるけど、それ以外の日は将継の家で練習させてもらっている。

 ケントがやっているのは私が土日で一気に詰め込んだのと同じ内容の、基本テスト、切り方、組み立て方。


「プラモやってるだけあって筋はええな」

「当然」


 飲み込みが早いケントを教えていて将継も楽しそうだ。

 一方、私はひとりで切り絵の練習中。

 将継が家から持ってきた切り絵の本を見ながらひたすら手を動かす。

 時々集中が切れてさっきみたいにふたりに話しかけちゃうけど……。


「実咲はも少し集中力をつけんとな」

「むー」


 切り絵が嫌なわけじゃない。

 ひとりで机に向かっている横でふたりが話しているとなんだか仲間はずれになった気分になってモヤモヤするんだ。

 ふたりはあんなに険悪だったのに。

 いつのまにかケンカしたこともなかったことになったみたいに普通にしてる。

 女子だったらこうはいかない。

 あんなに女の子らしくなりたいと思っていたのに。こういう時、私も男の子だったらなと思ってしまう。


「はあ〜フクザツ……」

「いいからお前は手動かせって!」


 ケントにせっつかれて私は渋々切り絵を再開する。

 見本どおりに傘を差した女性の絵を完成させたところでガラリと図工室の戸が開いた。


「みんなやってるかい?」

「西丸センセー!」


 ひょっこり顔をのぞかせたのは、クラブの顧問になってくれた西丸先生だ。

 クラブ設立の申請をした時、顧問が決まらず保留にされそうになったのを見かねて引き受けてくれた。

 屋根から落っこちた時といい感謝してもしきれない。


「禅くん、これ頼まれていたものだけど」

「ありがとうございます」


 西丸先生が取り出した書類を将継が嬉しそうに受け取る。

 ケントとふたりでそれをのぞき見て、私は目を見開いた。


 そこには【全国ハイパーペーパークラフト大会ジュニア部門県予選大会 参加申込書】という文字が並んでいる。


「これってもしかして」

「大会のエントリー票か?」


 私達の言葉に将継はにっこり笑って頷いた。


「そう! 5月に開かれるハイパーペーパークラフトの県大会に出るつもりや。もちろん実咲とケントもな!」

「よっしゃー! がんばるぞー!」


 全国大会に進めたらえまぴがいるかもしれない。将継とえまぴの戦いが見れるかもしれない。

 ワクワクしすぎて飛び跳ねていると、ケントが慌てたように口を開く。


「まてまて、将継だけじゃなくて俺らも大会に出るのか? しかも県大会って……始めたばっかりのド初心者だぞ?」

「もちろん。団体戦は3人組やし」

「「団体戦?」」


 将継があっけらかんと言ったその言葉を、私とケントは目を丸くして聞き返す。

 将継の隣では西丸先生が書類を見てうんうん頷いている。


「ハイパーペーパークラフトの大会には個人戦と団体戦があるみたいだね」


 西丸先生が持っている大会概要を見せてもらうと、確かに団体戦は3人1組で参加と書いてある。


 つまり、将継は私達と団体戦に出るってこと?

 じゃあえまぴと将継の戦いはどうなるの?


 頭を抱えて焦っているケントの隣で、将継はウキウキとエントリー票にペンを走らせている。


 将継、表には出さないけど……本当は個人戦に出たいんじゃないのかな。


「ね、ねえ将継」

「よし、書けた! ふたりともこの日は空けておいてな」

「強制参加かよっ。俺の話聞いてた? いきなり県大会出たって勝てるわけねーだろ」

「勝てるように教えとるから大丈夫。それにハイパーペーパークラフトはまだ競技人口が少ないから、誰でもいきなり県大会や。実咲も大会出るよな?」


 ふいに話をふられてギクリとする。

 私はえまぴと将継の戦いを堂々と間近で見るために大会に出たい。

 でもそれには……。


「将継はそれでいいの?」


 胸のあたりをおさえて、私は将継に問いかけた。

 本当は私だって将継と団体戦に出たいけど、そのせいで将継がえまぴと戦えなくなったりしたら嫌だ。


「将継は今年こそえまぴを倒すんでしょ。私達足手まといじゃない? 個人戦に出た方が……」


 だんだん小さくなっていく私の声に、将継はキョトンとしながら答えた。


「俺個人戦にも出るよ」

「え。そうなの」

「当たり前やんか。個人戦にも団体戦にも出る。んで両方勝つ!」


 瞳に熱い炎を宿した将継はぐっと拳を握りしめている。

 大会概要を見ると団体戦と個人戦は別々の日に行われるらしい。


 そっか、両方出れるんだ。確かに柔道でもそうだった。スポーツだと個人戦と団体戦はきちんと分かれてる。ハイパーペーパークラフトもそうなんだ。

 よ、よかったあ〜! 将継の個人戦がなかったら大会行く意味ないもん!


 てっきり同じ日に重なっていると思っていた私はほっと胸をなでおろす。

 将継はそんな私を見てピンときたようで、体をひじでグイグイ押してくる。


「言っとくけど、絵馬くんも団体戦出てくるからな」

「そうなの!?」

「強いヤツは個人と団体、ダブルで優勝狙ってくるんや。去年の団体戦、絵馬くんのチームは2位やったから、今年は団体優勝かなり狙っとると思う」

「じゃあ、もしかしたら団体戦で私とえまぴが対戦するかもしれないってこと?」

「可能性はゼロではないな」

「わー! どうしよう。ケント聞いた? えまぴと当たるかもって!」


 信じられない情報にぴょんぴょん飛び跳ねてケントに向き合う。


「みさき」


 しかしケントは下を向いて額に青筋を立てていた。


 あ、

 怒ってる。

 しかもこれはまずいやつ。

 私はピタリとその場で一時停止する。

 普段はキレたらギャーギャーうるさいケントが静かに怒っている時は、ホンキのホンキでブチ切れている時なのだ。


 なんで!? 

 今の会話に怒るところあった?


「お前まさかえまぴに会うために大会出るとか言うんじゃないよな?」

「え?」

「俺は大会に出るんだったらマジでやる。有名人に会いたいだけのミーハーなヤツと一緒のチームなんかごめんだからな!」


 ドカーン! 


 と雷が落ちたような衝撃が私の心に襲いかかる。

 険しい顔でビシリと私を指差すケントに、私は目玉が飛び出るくらい驚いてしまった。


 ケント……

 めちゃくちゃやる気満々だ!

 将継に脅されて(?)クラブに入ったからてっきり熱意もなにもないと思っていたのに。

 そういえばケントはプラモつくりは超凝り性だし、勉強でも分からないところがあったら分かるまで意地でもやめない。

 柔道だって最初は初心者向けの護身術コースだったのに、いつのまにか私と同じコースにまで進んできた。

 やると決めたらやる男、それが藤扇ケントだった。

 下手したら私より気合入っているかもしれない。

 私はごくりと空気を飲んでケントに向き合った。


「ケント、それは違うよ。確かにえまぴが大会に出るって聞いた時は嬉しかったけど……。私が大会に出たいのは、将継の戦いを1番近くで見たいからだよ!」

「えっ俺の戦いを?」


 成り行きを見守っていた将継が驚きながら私に聞き返す。

 私はひとつ頷いて、目線を下にやった。

 図工室の木の床と、自分のつま先だけが見える。まっしろな上ばきのはずだったのに、ところどころ汚れている。

 去年、柔道の大会で負けた時も私はこうして下を見ていた。悔しくて苦しくてそうすることしかできなかったから。


「ケントは知ってるよね。去年の柔道の県大会で、私も2位だった。2位ってすごく苦しい。優勝と全然違う。なにが悪かったんだろうってずっと考えて、辛くて苦しくて……。だから将継が今年こそ絶対に勝つって言ってるのを見て本当にすごいなと思ったの。将継が2位から1位になるところをこの目で見たい。そのために私も同じ大会に出て、観客よりも近い場所で将継を見ていたい!」


 自分の気持ちを言い終わって、はあはあと肩で呼吸する。

 その場の空気がしんとしていることに気づいた。


「は〜〜〜〜〜」


 静寂を壊したのはケントの長ーいため息だった。

 私は下を見たまま、放たれるに決まってる文句に身を構える。


「分かったよ。まあ、お前が去年負けて散々落ち込んでたのは見てるからな。それで気がすむなら好きにすれば」

「ケント……」


 意外にも降ってきたのは肯定の言葉で、私はむしろ戸惑ってしまう。


「実咲、顔上げ」


 将継に言われてゆっくりと目線を上げる。

 下げる時は簡単なのに、上げるのは勇気がいるんだ。

 将継はそんな私を分かっているかのように、目線の高さを合わせてきた。


「俺が1位になるところは必ず見せる。でも実咲には実咲の戦いがある。大会では俺の戦いよりまず自分のために戦うんやよ」


 私には私の戦いがある。

 その言葉に心の奥がざわついた。

 私、2位の将継に2位の自分を重ねてた――?

 将継が勝てば自分も勝った気分になれるなんてカン違いをして。

 自分が大会に出る理由を将継に背負わせて。

 私も戦わなきゃ。

 ホンキでやらなきゃ。

 私の戦いを!


「それに同じ大会に出るなら実咲が俺を倒してしまうかもしれんしな? そしたら実咲が1位になるしかないな!」

「お、それいいな。実咲、初心者が全国2位を負かしたら大ニュースだぞ」


 おちゃらけて雰囲気を明るくしてくれるふたりを見て、私は決心した。

 この3人でハイパーペーパークラフトの団体戦に出る。


 そして私は

 柔道の個人戦にも出る!

 このふたつが私の戦いなんだ!


「私……ハイパーペーパークラフトの個人戦には出ないで、団体戦に集中する! 同じ時期に柔道の大会もあるの。将継だけじゃなくて、今年こそ勝たなきゃいけないのは私も一緒だから!」


 私の決意にふたりは顔を見合わせて、そして頷いた。


「あ、俺も個人戦はパス。受験勉強あるし。そのかわり団体戦は全力出す」

「ケント中学受験するんか。なんか意外やなあ」

「ミッション系の中高一貫校受けるんだって」


 将継はハイパーペーパークラフトの個人戦と団体戦。

 私は同じく団体戦と柔道の個人戦。

 ケントは団体戦と受験勉強。

 それぞれの目指すべきゴールが決まった。


「そうと決まれば土日も特訓やで〜」

「将継楽しそうだね」

「特訓したいだけだろ」


 あかね色に染まる図工室で、3人並んで紙を切る。

 先週までいなかった将継と、会うたびケンカばかりのケントとこんな風に真面目な時間を過ごすことになるなんて思ってもいなかった。


「そういえば、実咲が言ってたけど確かにハイパーペーパークラフトクラブって言いにくいよなあ」

「あ、せやったら『紙切り』クラブにしよか。奈良の学校はそうやったで」

「それ賛成! 今日から私達は御殿場西小『紙切り』クラブね」


 6年生になって1週間。

 私達『紙切り』クラブは大会めがけて一直線に進む。

 この3人でひとつのチームになるんだ!


 翌週、まつりちゃんを中心に応援団が結成され驚く私達なのだった。

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