第8話
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「どうして屋根に登るなんて危ないことしたんだい。たまたま僕が見かけたからいいものの、ケガじゃ済まなかったかもしれないんだよ!」
放課後の教室に西丸先生の説教がこだました。
保健室で鼻に詰め物を入れられた先生は、汚れたメガネを拭きながら俺達を叱る。
叱られて当然や。めちゃくちゃ危ないことしたんやから。
おまけに先生に鼻血出させて。
「それは、その……」
すっかり元気をなくしてしまった実咲が口をモゴモゴさせる。
「屋根に大事なものが乗ってしまって。取ろうと思ったんです」
俺の簡単な説明に、西丸先生は鼻を押さえながら首をかしげた。
「大事なもの?」
「俺がやりました」
俺ははっとして藤扇を見る。
俺が「乗ってしまった」と言ったんやから、わざわざやったとか言わんでええのに。
西丸先生は藤扇を見て「あちゃー」と額に手を当てた。
「藤扇くん……さっき長谷川先生に怒られたばかりだろう。今度はなにをしたんだ?」
実咲と同じように肩を落としている藤扇は、言いづらそうに言葉を続けようとしていた。
その姿を見て、俺の頭にひとつの可能性が浮かぶ。
藤扇、こいつは……。
実咲のパフォーマンスを邪魔して
実咲にばかりつっかかって
実咲のこと呼び捨てにした俺のことも気にくわないという。
めちゃくちゃ嫌なヤツや。
でもハサミが俺の大事なものだと知って、すぐに取ってこようとした。
あの時、屋根から落ちる俺に、届かなかったけど手を伸ばしとった。
今もまるで自分を責めろと言わんばかりに白状しようとしとる。
確かに先に手を出そうとしたのはこいつやけど、それを逃げずに受けたったのは俺。
それに実際はからぶって、実咲と俺がふたりがかりで抑え込んだ。
ダメージが大きかったんはむしろ藤扇の方や。
あの時ハサミが落ちなかったら、実咲が藤扇をコテンパンにしていたかもしれない。
つまり俺らがしたのはお互いに手を出し合った『ケンカ』。
なのに藤扇だけが謝るんはおかしくないか?
藤扇、こいつは
ひとりで悪者になろうとしている……?
「俺がこいつのハサミを――」
「先生、俺ら乱取りしとったんです」
藤扇の言葉を遮るように、俺は挙手をして発言した。
「「乱取り?」」
俺のセリフを聞いて、西丸先生と実咲の声がかぶる。
「乱取りって柔道の? 確か複数人で次々と技をかけ合う稽古だったかな?」
西丸先生が実咲に問いかけるような視線を送ると、実咲はぱっと手で口を押さえてこくこく頷いた。
そうや実咲。話合わせてくれよ。
「淡井さんと藤扇くんは柔道やってるって聞いたんで、技を見せてもらってたんです。3人で乱取りしとったら、たまたま俺の文房具が倉庫の上にふっとんでしまって。ハシゴ使って取ろうとしたらあんなことに」
西丸先生も実咲も藤扇も、俺のつくり話にポカンと口を開けている。
「でも君達、学年集会でケンカしてなかった?」
「あっあの後すぐに仲直りしたんです! 私達しょっちゅうケンカするんです。ね、ケント!」
「お、おう」
藤扇も空気を読んで話を合わせた。罰が悪そうに送られてくる視線に、俺は「それでええ」とひとつ頷く。
数秒後、西丸先生は盛大なため息をついて、授業中の10倍大きい声で俺ら3人に言った。
「裏庭で乱取りしない!」
「はい!」
「勝手に屋根に登らない!」
「はい!」
「困ったらすぐ先生を呼ぶ!」
「はい!」
「以上。ケガはないようだけど……これからは危ないことしないでくれよ。禅くん、転校早々騒ぎを起こさないように。淡井さんと藤扇くんは、次問題を起こしたら親御さんに連絡するからね」
「はいすんませんでした」
「ごめんなさい……」
実咲と藤扇の頭に手をやって、3人そろってぺこりと頭を下げる。先生はそんな俺らの頭にポンポンポンと手を乗せて、言った。
「無事でよかったよ」
ぐったりとした先生の背中を見送って、俺は肩の力を抜く。
西丸先生が穏やかな先生でよかった。
ただでさえ学年集会が大騒ぎになった後やのに。
先生って大変やなあ。
「なんでだよ」
西丸先生の心労を心配していると、横からポツリと悔しげな声が聞こえてきた。
「なんであんな嘘つくんだよ。俺のせいだって言えばよかっただろ!」
まだつっかかってくる藤扇に、呆れると同時に感心する。
このエネルギーを別のなにかに向けれんのやろか。
例えば……大会に出て相手チームと戦う時に、こういうタフで好戦的なメンバーがいてくれれば、チームの士気が上がるのに。
そこまで考えて、俺は首をふった。
こんないかにもガキ大将的なヤツがハイパーペーパークラフトに興味持つわけないもんな。
「聞いてんのか禅!」
「おう。お前がひとりで罪を被ろうとするからや。俺らはただのアホくさいケンカをしとったんやから、お前だけを謝らせるわけにはいかんよ。あれでごまかせたんやからもうええやろ」
「え」
横で実咲の目が点になっとる。なにも分からず話を合わせとったんやな。
まあ藤扇の考えることは分かる。
素直にケンカしてましたって言ったら、1番強い実咲が悪目立ちする。
もしかしたら実咲が一方的に藤扇をやっつけていたと思われるかもしれない。
そうさせないために自分が悪いって言おうとしたんやろ?
俺はそれに気づいたから、乱取りとか訳分からんつくり話でごまかしたんやけど。
とにかく藤扇、こいつめちゃくちゃ分かりやすい。
実咲のこと大好きやん。
学年集会でパフォーマンスを邪魔したんも、きっと実咲をハイパーペーパークラフトクラブに入れんようにするため。
放課後のクラブの時間、実咲を俺と過ごさせたくないんやな。
アホほど単純やし、それに気づかない実咲も大概や。
藤扇はぐっと言葉を詰まらせた後、おずおずとこちらになにかを差し出した。
それは屋根の上にあるはずの俺のハサミで。
「これ……悪かった」
「あ、あの時取れてたんか?」
「おう」
「ケント、腕は私より長いもんね」
ハシゴが外れた時、藤扇は屋根につかまっとった。
その時ハサミにも手が届いてたんやな。
俺はハサミを受け取って、藤扇に一歩近づいた。
「ヤキモチなんてみっともないで」
「なっ!?」
実咲に聞こえないように藤扇の耳元でそう言うと、分かりやすく顔を真っ赤にして飛び上がる。
「だ、誰がこんな暴力女! 趣味が筋トレの女なんてキョーミねーし!」
「はい!?」
大声でそんな反論をするもんやから、気づいた実咲が怒り顔で俺達の間に入り込んでくる。
「ちょっとそれ私のこと? 趣味なんだから人の勝手でしょ。ケントだって休みの日は引きこもってアニメのプラモばっかりつくってるじゃん!」
実咲の口から飛び出した言葉に俺は耳を疑った。
プラモ?
今、プラモ言うたやんな?
藤扇が?
いかにもヤンチャな男子のリーダーっぽいのに?
模型づくり、好きなんか!?
藤扇は「あっ」と声もらして実咲の口を両手で塞ぐ。
「ばっか! 言うなよ!」
「もごもごー!」
俺はグングン上がるテンションを抑えきれずに、藤扇の肩をがっしりと掴む。
「ええ趣味しとるやん。知っとるか? ペーパークラフトは紙でつくる模型、お前がつくるんはプラスチックの模型。どっちも同じやんな?」
「は、はあ!? 同じなわけねーだろ!」
「え……将継まさか」
顔を引きつらせて1歩下がろうとする藤扇と困惑気味の実咲に、俺はニコニコ笑顔を向けた。
すまんけど俺はな、
ハイパーペーパークラフトのためやったらなんでもするんや!
「あーハサミ傷ついてたらどないしよっかなあ。古いもんやし修理受け付けてもらえるやろかー」
「げっ」
「ただでさえメンバー集めで忙しいのになー。5月の大会に出るにはメンバーがもうひとりおらないかんのになー。はあ、どこかに模型つくりが趣味のヤツ転がってないかなー」
「ま、将継……悪い顔」
「それにもうひとりクラブメンバー入るまでは実咲とふたりっきりかー。まーしゃーないよなー。よし実咲、俺が手取り足取り教えたるからな!」
「わ、わ、分かったよ!」
藤扇は悔しそうに、でもどこか諦めたように、がっくりと膝に手をついて叫んだ。
「俺もハイパーペーパークラフトクラブに入る! だから勘弁してくれ!」
ぶわっと全身に血がめぐる。
たった今目の前で道が拓けたような感覚に、脳みそが、心臓が、限界まで歓喜する。
俺は手元で小さくガッツポーズをした。
これでメンバーが3人そろった。
正式にクラブをつくれる。
大会に出られる!
ぜえぜえと息を切らせている藤扇と
あんぐりと口を開けすぎてあごが外れそうになっとる実咲。
ふたりの肩を引き寄せて、俺は大きく息を吸って空に向かって思いっきり叫んだ。
「ハイパーペーパークラフトクラブ、結成やーー!」
「うるせー!」
「な、なんでこうなるの?」
待ってろ絵馬くん。
去年の雪辱を果たしたる!
この3人で、絵馬くんに挑むから!
「ねえひとつ気になってたんだけど」
「ん?」
「将継ってもしかして両手利き?」
ギクッ。
実咲の指摘に思わず肩が跳ねる。
じっとりとこちらを見つめる実咲に藤扇が軽い感じで同調する。
「俺授業中こいつが左手でノートとってるの見たぞ」
「あーやっぱり! さっきケントをいなした時左手だったからそうじゃないかと思った。将継ホントは紙も左手で切れるんじゃないの? パフォーマンスできないって嘘だったんだあ」
「い、いや。ホラ、組み立てる時とか。両手の方が……その……スマンかった!」
「いいよ、許す。だから私がう○こつくったことも許してくれるよね?」
「くっ。しゃーなしやで……!」
「策士策に溺れるってな」
なにはともあれ第1関門であるメンバー集めを乗り越えることができた。
しかしその先にはまた大きな壁が立ちはだかっとる。
それは――全国ハイパーペーパークラフト大会ジュニア部門県予選大会。
いわゆる県大会のこと。
玉石混交の魔境と呼ばれるハイパーペーパークラフトの大会が今始まろうとしていた――。
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