第7話

 ▽


 ――放課後。

 学校の裏庭で反省会をすることになった。

 私は将継の顔を見れずに背中をきゅっと丸める。


「まったく! じいちゃんのハサミでなんてものをつくるんや!」

「す、すいませんでした……」


 プンプン怒る将継に、私はたまらず地面にべしゃりと土下座をした。

 あの後すぐに学年集会は終わり、下品なアンコールをしたケント達男子は先生にこってり絞られていた。

 かくいう私は校長先生に許されたはいいけど、鬼の角を生やした(ように見える)将継による説教タイムが待っていた。


「あんな分っかりやすい挑発に乗って! 校長先生が笑い飛ばしてくれんかったら注意だけでは済まんかったぞ」

「おっしゃる通りですハイ」

「それにっ……ネコはアレなのになんでう○こつくるんはあんなに上手いんや……!」

「スミマセンデシタ」


 自分で自分がいやになる。

 ケントの挑発に乗って、なにも考えられなくなっていた。

 ただできないと決め付けられたのが頭にきて、

 最初から将継がやれって言われて悔しくて。


「だからって将継の大事なハサミでう○こつくるなんて私のバカバカバカ!」

「はあ、分ったならもうええよ」


 ため息をつく将継に私の胸がズキリと痛む。

 呆れられてしまった。

 バカなやつだと思われた。

 私、このまま見放されちゃうの?


「うう〜〜」


 そう思ったら鼻の奥がツンとして

 目から涙があふれ出した。


「わあ! 泣くことないやんか!」

「だって、将継があんなに丁寧に教えてくれたのにっ。私、私上手くできなくてっ」

「上手かったよ! コスモスはめちゃくちゃよかった! 練習以上の力が出てたと思う」

「ほ、ホント……?」

「おん。しかも実咲、喋りながら切っとったやろ。あれ即興か?」

「あ、あれは……」


 みんなにハイパーペーパークラフトのことをもっと知ってほしくて、初心者でもできるってことを分かってもらいたくて。

 将継のおじいさんみたいに伝えられたらいいなって。

 そう思っていたら自然と喋ってた。


 しどろもどろにそう伝えると、将継は理解できないとでも言いたげな顔をする。


「つまりあれやな。それも実咲の才能ってこと」

「才能? どんな?」


 将継は空を見上げて少し考えてから、諦めたように首を振った。


「さあ。俺の方が教えてほしいくらいや。とにかくお疲れさん。ようやった!」

「う、うん。誰かクラブに入ってくれるといいんだけど……」


 集会はメンバーを勧誘するチャンスだったのに、笑いが巻き起こったせいでそんな雰囲気ではなくなってしまった。

 いや、完全に私のせいなんだけど。

 ぐすんぐすんと鼻をすすっていると、突然すぐそばにある校舎の窓がガラッと開いた。


「み〜さ〜き〜!」


 窓から顔を出したのは、般若のように目をつり上げたケントだ。


「あっケント! さっきはよくも!」

「お前のせいで怒られただろ!」

「ふんっ。自業自得だっつーの」


 ケントは校舎の方から身を乗り出して私を睨みつけてくる。

 私もケントに挑発された怒りがまだおさまっていない。

 バチバチと火花を散らす私達を見ていた将継が困ったように口を開く。


「藤扇はなんでそんなに実咲につっかかるんや」

「はあ? お前には関係ないだろ転校生!」

「あるよ。さっきみたいにハイパーペーパークラフトの邪魔されたら困るんや。寄席やったら藤扇はもう出禁やで。実咲はハイパーペーパークラフトクラブに入るんや。もうちょっかい出さんといて」


 荒れているケントに対して将継はきっぱりと言い切る。


 さっきも思ったけど将継って結構口強いよね?

 度胸があるというか。物怖じしないというか。だから人前に出ても私みたいに緊張しないのかな。


「さっきから実咲実咲って……! お前がこいつのなにを知ってるんだよ!」


 しかしその堂々とした態度が、ケントの怒りに火を注いでしまったみたいだ。

 窓をのりこえて裏庭に飛び出してきたケントが、将継に向かって勢いよく手を伸ばした。


 いけない!

 ケントと将継が取っ組み合いになったら、将継がケガをする!


 けど将継は冷静に体を横に避けて、ケントの勢いを逆に利用して、向かってくる手を左手でいなした。


 パシッ

 手を手で弾く音が響く。


 ナイス将継!


「うわっ」


 勢いを殺されてたたらを踏むケントを、今度は私が締め上げた。


「先に手を出そうとしたのはケントだからね!」

「ぐぐぐっ」


 暴れるケントの両腕をまとめて締める。

 こうすれば相手はなにもできない。暴れれば暴れるほど腕が締まるから。

 けどケントもタダじゃおさまらない。身をよじって抵抗してくる。


「実咲、もうええって」


 将継が私達やんわり止めようとしたその時だった。


 カチャンッ


 足元に硬いものが落ちる音がした。

 私はそれを見て、思わず手を緩めた。

 それは将継から貸してもらったハサミだった。

 激しい動きのせいでポケットから落ちてしまったのだ。


「はなせ!」

「あっ!」


 その瞬間、ケントに腕を振り払われてバランスを崩してしまった!

 どんっと尻もちをつき、反射的に目をつぶる。


「いったあー」

「実咲!」


 次に目を開けると目の前には

 将継のハサミを拾ったケントがいた。


「お前は昔から男まさりで体力バカで腕力ゴリラなんだから……こんなものいらないよな?」


 ケントはそう言って、

 裏庭にあるプレハブ倉庫の屋根めがけて

 ハサミを放り投げた。


「ああ〜〜〜〜!?」


 見事に屋根に引っかかったハサミ。

 私は頭を抱えてプレハブ倉庫に走った。

 ジャンプしても届かない。


 将継の大切なハサミなのに……!


「どうしよう、どうしよう!」

「実咲、もうええから! 俺先生にハサミ取れるか相談してくる」

「でもっ」


 また涙が出てきそうになるのをぐっとこらえて、ケントを睨みつける。


「なんでこんなことするの。昔のケントはこんなんじゃなかった……こんな卑怯なことするやつじゃなかったよ!」

「実咲が悪いんだ……お前は、お前はいつも俺になにも言わずに勝手なことをするから!」

「藤扇……もしかして」


 両手を握りしめて下を向くケント。

 その姿を複雑そうに見つめる将継。


 私にはケントの言っていることの意味が分からない。

 でも私が気にくわなくて、力で敵わないからって、将継のハサミに当たるなんて絶対絶対間違ってる!


 私はケントに背を向けプレハブ倉庫に駆け込み、薄暗い中あるものを探す。

 確か、前にかくれんぼをしていた時にはここにあったはず……。


「あった! ハシゴだ!」


 ズルズルとハシゴを引きずって、そのまま壁に立てかける。

 そしてギョッとしているケントと将継に向かって、ピシリと指をさした。


「ふたりでハシゴ抑えてて。絶対取ってくるから!」


 ぽかんと口を開けるケントの横で将継はひとつため息をついて、なぜか腕まくりをし始めた。


「いや、俺のハサミやし俺が行く」

「えっアレお前のだったのか!?」


 驚くケントに私もはっとする。

 そうか、ケントはあのハサミを私のものだと思っていたんだ。

 将継のおじいさんの形見だなんて思いもせずにぶん投げたんだ。


「おん。俺のじいちゃんに譲ってもらった大事なハサミや。まあそんなことお前は知らんかったやろうけど。刃物を投げること自体危なすぎるで。ちょっと頭冷やし」


 将継はそう言いながら、メガネの奥でスッと目を細めてケントに向き直った。


 将継……絶対怒ってる……。

 怒ってるのに冷静にケントをたしなめている。

 大事なハサミを放り投げられても怒鳴ったり手を出したりしない。

 なんだかすごく大人っぽい。

 それなのに私はギャーギャーケントに怒るばっかりで、小さい子どもみたいで恥ずかしい。


 私の中で怒りに燃えていた感情がスッとおさまっていく。

 それはケントも同じだったようで。


「お、俺が登る」

「はあ?」

「禅のだって知らなかったんだよ!」

「どうせ返さない気でしょ。私が行くってば!」

「いやいや待て実咲!」


 ごちゃごちゃと3人でもつれあいながら、3人ともハシゴを登ろうとする。

 もはやハシゴ登り競争だ。

 でもこのハシゴ、そんなに大きくないからめちゃくちゃ揺れる!

 肩を押し合いながら3人同時に屋根にたどり着き、ハサミに手を伸ばす。


「届いたっ」


 その声が響いた次の瞬間、ハシゴがぐらりと大きく揺れた。

 かたむいていく体。

 まずい。

 この体勢で垂直落下したら受け身が取れない!


「危ない!」


 下の方から大きな声が聞こえてきて、私はぎゅっと目を閉じた。


 ▼


 がくんと足場がかたむいて、浮遊感が体を襲う。

 俺はこの感覚を知っとる。階段から実咲と落ちた時と同じ。

 スローモーションのように実咲の体が落下するのを見ながら、俺は実咲の手を引き寄せた。


 あの時実咲が俺をかばってくれたように、

 今度は俺が!


 実咲の頭を体で包むようにして歯をくいしばる。

 どんっと背中に衝撃が走ったのはその少し後に感じた。


「……ん?」


 屋根から落ちたのに、意外と痛くない。

 腕の中にいる実咲は石のように固まっているけど、俺と同じくどこも痛がってはいないようや。


「大丈夫かー!?」


 屋根にぶら下がって落下をまぬがれた藤扇がこちらに向かって大声で叫ぶ。

「大丈夫や!」と返事をしたのに、なぜか藤扇は焦った様子でなにかを叫び続ける。


「禅! 下っ! したーー!」

「下?」


 藤扇を見上げながら立ち上がるために地面に手をつくと、なぜかぐにっとした感触がした。

 恐る恐る視線を落とす。


「あっ」


 俺と実咲の下には、

 カエルのように潰れた西丸先生が地面にめり込んでいた。


「うわーー! 先生大丈夫か!?」


 石化が解けた実咲と一緒に慌てて先生の上から退く。


「き、君たちケガは……?」

「ないよ! 先生が下敷きになってくれたから!」

「先生こそ鼻血出とる!」


 地面からはい出た西丸先生は鼻血を垂らしながら、俺達を見てホッとした表情を浮かべた。

 そうか。落ちる時、「危ない!」って聞こえたんは先生の声やったんか。


「と、とりあえず先生を保健室に連れて行こう」

「先生ごめんなさい!」


 雨どいのパイプを伝って器用に下りてきた藤扇と一緒に、西丸先生を支えて保健室に向かった。

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