第3話

 ▽


「でも困ったなあ。指が動かないと」


 禅くんは暗い顔をしてそう言った。

 私はいてもたってもいられず、禅くんに詰め寄る。


「な、なにしたらいい? 私にできることあったら言って!」


 指が動かないと不便なのは当然だ。

 私が荷物を持ったり、ノートを取ったり、色々サポートしないと!

 禅くんは大きなため息をついて、ちらりと私を見て言った。


「来週の学年集会でパフォーマンスする予定やったんやけど……この指では無理かもなあ」


 学年集会でのパフォーマンス。

 そのことを思い出して私は「あっ」と口に手をやる。

 そういえばそんなことを言っていた!

 つき指が治るまで1週間かかる。

 来週の学年集会は月曜日。

 そして、今日は……金曜日。


「うそっあと2日しかないー!?」


 頭を抱えて叫ぶ私に禅くんは頷いて見せる。


「せっかく学年集会でパフォーマンスしてクラブのアピールしようと思ったけど……はあ、どうしようかなー」


 禅くんは悩みながらその場をうろうろし始めた。私は身を縮めて頭を下げることしかできない。


「あ、あのホントごめん……」

「うーん困ったなあ」

「えと、その」

「そうや! ええこと思いついた」


 ぱっと笑顔になった禅くんを見て、私は胸をなでおろす。

 よかった、なにかいいアイデアが浮かんだみたい。

 ニコニコ笑顔の禅くんはそのままの顔で私の両肩に手を置いた。


 ん?

 なんだか嫌な予感。

 背筋がぞわっとした瞬間、禅くんから信じられない言葉が飛び出した。


「淡井くん、俺の代わりにやってくれ!」


 カコーンと言葉で殴られたような衝撃が頭に響いた。


 淡井くん

 俺の代わりに

 やってくれ

 BY禅将継


 なんてきれいな五七五なんだー……。


 だから私は女子だって言ってるのにー……。


 じゃない!


 私は我に返ってブンブン首を横にふる。


「ムリムリ! やったことないし、いきなり学年集会でパフォーマンス!? できないよう!」

「大丈夫やって! 簡単なやつ教えるし、みんなも初心者の淡井くんにできるなら自分にもできそうって思うやん!」

「いやいや! 指のことは謝るけどっ。できないよおー!」

「ほお〜まさか、やりもせんと諦めるんか!?」


 いきなりぴしゃりと叱られて、私はぐっと口を閉じた。

 その言葉はめちゃくちゃ私に効く。

 なぜならば道場で師範に散々言われてきた言葉だからだ。


 道場の鉄則その2。

 やる前から諦めるな!


 禅くんの言うとおりだ……。

 私、やったことないからって理由だけで断ろうとしてる。

 私のせいで禅くんがこんなに困っているのに!


「わ……か……っ……た」


 逃げ出したい気持ちに、道場の鉄則が打ち勝った瞬間。

 気がつくと私は歯を食いしばったまま、禅くんの頼みを受け入れていた。

 目の前で禅くんはぱあっと花が咲くような笑顔を見せて、そのまま私と肩を組んで飛び跳ね始める。


「いやったー! 淡井くん、土日で特訓やで〜!」

「お、お手柔らかに……」


 なんの因果か運命か。

 こうして私は禅くんに導かれるようにして

 ハイパーペーパークラフトの道に足を踏み入れたのだった。


 ▽


 その日の夜。


「転校生にケガさせたあー!?」

「はい、すみませんでした!」


 仕事から帰ってきたお母さんに今日の出来事を正直に話すと、その後の行動はとても早かった。


「菓子折り!」「持った!」「相手の住所!」「メモした!」


「さあ謝りに行くわよおおー!」


 砂ぼこりを舞い上げながら私たち親子は道路を走った。

 近所の人からドン引きされるのはもう慣れている。

 

「どうもうちの娘がすみませんでしたあー!」


 禅家に着いて早々勢いよく頭を下げる私達を見て、出てきた禅くんのお母さんは頭にはてなマークを浮かべていた。


「もしかして一緒に階段から落ちちゃった子? 気にしなくていいのよ〜大丈夫だった?」


 どうやら禅くんは私のせいで階段から落ちたとは言っていないようだ。


 禅くん……なんていい人なんだ。

 そして禅ママは……癒し系だ……!


「菓子折りなんて申し訳ないわ。せっかくですしお茶でもいかがです?」

「いえいえそんな」


 禅ママと押し問答をしていると、家の中から禅くんが現れた。

 私はお母さんを置いて禅くんのそばに寄る。


「淡井くんどうしたん?」

「お家の方にも謝りにきたんだ。指大丈夫?」

「平気やって。わざわざお母さんまで……気にせんでええのに」


 お母さん同士会話が弾んでいるのを横目で見て、禅くんは私にこっそりと耳打ちをする。


「学校でも言ったけど、明日から特訓やからね」

「う、うん。9時に学校で待ち合わせだよね」

「と思ったけど、うちの場所もう分かっとるなら明日も直接うちにこれるか? 色々準備があって」

「分かった。じゃあまた明日お邪魔するね」


 菓子折りの押しつけ合いをしているお母さん達に明日またお邪魔することを伝える。


「将継、こんなにカッコいいお友達ができてよかったわねえ」

「アハハよく言われますアハハ。それではっ」


 再び砂ぼこりを立てて私とお母さんは家路についた。途中、お母さんがにやにやしながら私を見てくる。


「新しいお友達ができてよかったわね〜。でもケントがヤキモチ焼くんじゃない?」

「なんでケントが?」

「だってあんた達、将来を約束していたじゃない」

「えっ!?」


 将来を約束……それってつまり結婚!?

 私はケントと結婚の約束をしていたの!?

 混乱する頭で遠い記憶を掘り起こしてみる。

 けれどそんな話をした覚えは全くない。


「ほ、本当に約束してたの?」

「そうよ。将来……ふたりでジャ○ーズからデビューするってね!」


 ズコーーーーッ!


 私は盛大に転んで家の玄関に突っ込んだ。


 お母さんの冗談はいっつも笑えないんだから。

 大体いつも男扱いしてくるあのケントがヤキモチなんて焼くわけないじゃない!


 ホント、ありえないんだから。


 ▽


 ――翌日。


「淡井くんいらっしゃい〜」

「お邪魔します」


 約束どおり禅くんの家にきた私を出迎えてくれたのは禅ママ。

 昨日は暗くて気がつかなかったけど、禅くんの家はものすごく大きい。家というより和風のお屋敷だ。

 客間に通されてからずっとキョロキョロしていると、「引っ越ししたばかりで散らかってるの〜」と禅ママが言う。


 豪邸すぎて散らかってるかなんて気にならないんですが……!


 出されたお茶をちびちび飲んでいると、部屋の向こうからパタパタと走る音聞こえてきた。


「待たせてすまん!」


 勢いよくふすまを開けて中に入ってきたのは禅くん。両手にたくさんの荷物を抱えている。

 バサバサっとそれを畳に置いて、借りてきた猫のように大人しく座る私を不思議そうに眺めてくる。


「どしたん?」

「どしたん? じゃないよ! 家でかすぎ!」

「昨日もきたやんか」

「暗くて見えなかったんだよー! あー妙にキンチョーする」


 トイレとか普通に借りてもいいのかな?

 菓子折りにプラスで手土産持ってくるべきだった?

 いつものジャージじゃなくてもう少しちゃんとした格好の方がよかったかも??


 悩む私を禅くんはニコニコしながら見ている。

 私は首をかしげた。


「禅くん……なんか楽しそうだね」

「当たり前やろ! 淡井くんがうちにきて、一緒に紙切りしてくれるんやから!」

「紙切り?」


 初めて聞くその単語を聞き返すと、禅くんの笑顔がピタリと止まった。


 え……なんか怖いんですけど。


 恐る恐る禅くんの反応を待っていると、ようやく再生ボタンが押されたように禅くんは動き出す。


「淡井くん……ハイパーペーパークラフトってなにか知っとる?」


 そう聞く禅くんは笑顔のまま、とんでもない威圧感を放っている。


 えっこれ、間違えたら殺されるの……?


 私は命の危機を察知し、一所懸命答えを考える。


 ハイパーペーパークラフトがなにか?

 ペーパークラフトって言うからには、紙でつくる模型なんじゃないの?

 それがハイパーになったってことはつまり。


「進化したペーパークラフト……的な?」


 小さな声で私なりの答えを言う。


 1秒、

 2秒、

 3秒……。


 バンッ!


「わあっ」


 禅くんは大きな音を立てて両手を長机に置いた。


「間違ってはない、間違ってはいないんやけど!」

「あわわわごめん!」


 どうやら私は微妙な答えを出してしまったらしい。

 プルプルと震える禅くんにどうすればいいのか分からず、黙って待つ。

 禅くんはしばらくしてふうーっと息を吐き、メガネをグイっと引き上げた。


「ハイパーペーパークラフトは『紙切り』と『ペーパークラフト』が融合した競技なんよ」

「その……紙切りって? 紙を切る技術かなにか?」

「淡井くんにはイチから知ってもらわんとな。紙切りっていうのは日本の伝統芸能なんや」


 禅くんはそう言って荷物の中からタブレットを取り出した。

 操作を始める禅くんの横で、私は腕を組んで考える。


 日本の伝統芸能、紙切り?

 伝統芸能って、授業で習った能とか狂言みたいな?

 全然分からないし、想像がつかない。

 禅くんがなぜこんなに必死なのかも、今の私には理解不能だ。


「これが日本の伝統芸能、紙切りやよ」


 禅くんがタブレットに映し出した映像を見て、私は思わず息を飲んだ。

 和服の男の人が、たくさんの人に囲まれている。

 なにやら芸を披露しているらしく、時折歓声が上がっている。


『うさぎは山をあーっと言う間に駆け上り、頂上手前で昼寝を決めたのサ』


 語っているのはウサギとカメの話だろうか。

 笑顔で歌をまじえながら、人々を楽しませているのが分かる。

 しかし、私が目を離せないのは、その男の人の手元だ。


 男の人は喋りながら、お客さんの方を見ながら、手元では信じられない速さで切り絵をしていたのだ。


 そのハサミの動きといったら! 

 神技カミワザと言っていいほどの速さとなめらかさ!

 本当にハサミで切ってる? 

 超能力じゃない? と疑いたくなるほど、尋常じゃない速度で男の人は紙を切っている。

 しかも手元をほとんど見ずに鋭いハサミを扱っているのだ。


『そしてついに亀は頂上へ! うさぎは気づかずすやすや夢の中……』


 完成した切り絵が人々の前に広げられる。


 超スピードで切られた1枚の紙は、綺麗に切り取られたシルエットのうさぎと、芸術的な甲羅の模様の亀が浮かび上がった、この世にひとつしかない美しい作品にあっという間に生まれ変わっていた。


 画面の中で歓声が上がる。


 その間、私は瞬きもできずに画面をのぞき込んでいた。

 映像が終わり、私は顔を上げて、ゆっくりと禅くんの方を見る。


「これが……紙切り?」


 禅くんはこくりと頷いた。

 そして荷物の中から小さめの額縁を取り出してこちらに向ける。


「それって……!」


 その額縁に入っていたのは、さっきの映像と同じ『うさぎと亀』の切り絵だった。

 私は食い入るようにそれを見つめる。

 一切のミスもなく、歪みもないその作品。

 ハイパーペーパークラフトの動画はいくつか見たことはあるけど、こんなに綺麗な切り絵は見たことがない。


 これを、あんな一瞬で……?


「これをつくったさっきの映像の人は、『紙切り師』、禅将一まさかず。俺のじいちゃんや」

「え!?」


 私は驚いて、すぐに納得する。

 だから禅くんはハイパーペーパークラフトがなにか聞いたんだ。

 おじいさんのしていたことが由来だから。

 おじいさんのすごい技術をみんなに知ってほしいんだ。

 そして、伝えたいんだ。この伝統芸能を。


「もう分かったと思うけど、紙切りは観客の前で切り絵をする演芸のことや。それとペーパークラフトが合体したということは?」

「即興で立体紙模型をつくって、観客を楽しませる……それがハイパーペーパークラフト……?」

「アタリ!」


 ぶわりと体が熱くなった。

 胸がドキドキする。

 私、感動してる。


「すごいなあ。やっぱりえまぴの動画見るだけじゃ分からないこともあるんだね」


 うっとりと『うさぎと亀』を見ながら言うと、禅くんの肩がピクリと跳ねた。


「えまぴってYouTuberの?」

「そう! 私えまぴ大好きなんだー。禅くんも知ってるんだね」

「ああ――もちろん知っとるし、会うたこともあるよ」

「ええっなんで!?」


 思わず禅くんの肩をひっつかむ。


 えまぴに会ったことがある!?

 どこで、どうやって!?


 興奮する私とは対照的に、禅くんは真顔で、見たことがないくらい真剣な目をしていた。

 一瞬、首筋がひやりとする。


「えまぴ……絵馬えまくんはハイパーペーパークラフトの全国1位やから」


 え?

 絵馬くん?

 えまぴのこと?

 全国1位?

 なんの?


 ハイパーペーパークラフトの?


「ひええー!?」


 カッコーンと庭のししおどしの音が、私の悲鳴に合わせるように鳴り響いた。


 ▽


 叫び終えてからはっとする。

 つまり、言い方が悪いかもしれないけど、禅くんは全国大会でえまぴに負けたということだ。


 自分を負かした人のファンが目の前にいるなんて、嫌だよね?

 だって私だったらすごく嫌だしフクザツな気分になる!


 私は自分の考えなしの発言を激しく後悔した。


「ご、ごめん! えまぴの動画は見てるけど、その……深い意味はなくて。顔を見てるだけというか!」

「なんで謝るん? あいつはすごいよ。実力はもちろん芸術センスだってある。人を集める魅力もあるし」

「あ、えと。そうだね……?」


 意外にもあっさりえまぴを褒める禅くんに、違和感を覚える。

 だってさっきえまぴのことを話すとき、すごい目をしていた。

 熱のこもった、真剣な目だった。

 今も少しだけ、そんな目をしているのに。


 禅くんは戸惑う私に気づいて、にっこりと笑いかける。


「まあ俺が倒すけどな! だからクラブをつくって大会に出たいんよ」

「大会……えまぴを倒すために?」

「おん。そのためにまずは学年集会、頼むで淡井くん!」

「う、うん」


 全国1位と全国2位。

 えまぴと禅くんがそんな関係だったなんて。

 それって大会で、えまぴと禅くんの戦いが見れるってこと……?

 ごくりとのどが鳴った。


 見たい。

 絶対に見たい!


「禅くん! 私がんばるよ。学年集会でパフォーマンスを成功させて、クラブのメンバー集める! そしたら大会見に行ってもいいかな!?」


 えまぴに会えるかもしれない。

 ううん、それだけじゃない。

 禅くんの勝負を見たい!

 前のめりになる私に、禅くんは不思議そうな顔をして言った。


「別に見に行かんでもええやん」

「え?」

「淡井くんも出ようや、大会! ハイパーペーパークラフトクラブのメンバーになって!」


 ぱっと花が咲くように、空気が明るくなる。

 禅くんの笑顔は魔法のよう。

 こんなにも私の心を動かしてしまうんだから。

 女の子らしくなるために家庭科クラブに入ろうとしたけど、

 それが上手くいかなかったのはきっと、こうなる未来が待っていたからなんだ。


「――うん!」


 私は今日から

 ハイパーペーパークラフトクラブの一員になる!

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