第2話
▽
休み時間。
トイレから戻ると、さっそく禅くんの席がクラスのみんなに囲まれていた。
私は教室の入り口で立ち止まってその様子をうかがう。
「全国2位なんてすごいねー!」
「そんなことないよ」
「いつからハイパーペーパークラフトやってるの?」
「小さい時から」
「静岡でも大会に出るのか?」
「できればね」
飛び交う質問に禅くんはサラサラ答えていく。
やっぱりさっきは緊張していただけだったみたい。
きっとすぐに学校の人気者になるんだろうな、なんて思いながら私は自分の席につく。
「みんなハイパーペーパークラフトクラブ入らんか? 初心者でも大歓迎やよ!」
「いやームリだよ。俺不器用だし」
「私も他のクラブに入ってるから……」
「応援はしてるけどごめんね」
それでもクラブメンバー集めには苦労しているみたいだ。
分かる。
ハイパーペーパークラフトってなーんか敷居が高いというか。
才能ある人の遊びってカンジで
「自分もやってみよう!」
というより
「上手な人を応援しよう!」
って気持ちになるんだよね。
実際私もそういう心理でえまぴを応援しているからよく分かる。
私もきっと、普通に誘われたらああいう反応をするだろうな。
禅くんは周りの子たちに断られても、必死に勧誘を続けている。
「実は先生に頼まれて、来週の学年集会で自己紹介がてらパフォーマンスするから! 気になったらいつでも言ってな!」
「分かった分かった」
「禅くんって結構熱血ー?」
みんながちょっと引き気味で席に戻っていく中、私は内心驚いていた。
学年集会でパフォーマンス?
ハイパーペーパークラフトの?
すごい度胸だ。
私も柔道の試合なら慣れてるけど、パフォーマンスとなるとまた違う。
想像するだけで手が震えそう。
でも大会に出てるなら、人前でパフォーマンスをするのは当たり前なんだろうな。
すごいなあ。
かっこいいなあ。
ひとり勝手に尊敬していると目の前にケントが現れた。
なんだかムスッとしている。
私はその顔につられて眉をひそめた。
「な、なに?」
「お前あいつと知り合いだったのかよ」
「あいつって禅くんのこと? いや、違うけど……」
「じゃあなんであいつのこと知ってたんだ?」
「廊下に貼ってあったチラシに禅くんの名前が書いてあったんだよ。ケントも朝見たでしょ? あ、白目むいてたから見てないのか」
「チラシって……それだけ?」
「うん」
そう答えるとケントは「なんだよ」とかぶつくさ言いながら席に戻ろうとするから思わず引き止めた。
「ちょっとちょっとなんなのさ! なんか文句でもあるの?」
「別に! えまぴのことが好きならあいつのことも好きなんじゃねーかと思っただけだよ!」
「はあ?」
そう言い残してズンズン歩いて行ってしまったケントを呆然と見送る。
好き?
えまぴのことが好きだから、禅くんのことも好き?
そんなのありえない!
私はえまぴの顔が好きなんだから!
えまぴがハイパーペーパークラフトの選手だからって
同じ選手の禅くんのことも好きになるなんて。
私はそんな節操なしじゃない!
私はケントの背中に飛びついた。
その勢いでケントを再び締めつける。
「誰でもいいわけじゃないっつーの!」
「ぎゃー! 三角絞めはやめろーー!」
「おーいまた番長がケントを締め上げてるぞー」
ケントがギブアップすると同時に授業開始のチャイムが鳴った。
ケントをこらしめても、私の胸にはモヤモヤが残る。
「はあ〜またやっちゃった」
嫌なことを言われたからって、力ずくで黙らせようとするのは私の悪いくせだ。
道場の鉄則その1。
一般人にケガをさせてはいけない!
それを忘れたわけではないし、誰にでもこうってわけじゃない。
ケントも一時期道場に通っていて、ひととおりの護身術を身につけている。
私が技を繰り出している時も、実はケントは最低限自分の身を守っているのだ。
だからこそケントには手加減ができない。
でもケントならケガをしないと信じられる。
ある意味私にとって、ケントは特別な存在。
昔から仲よくしたいと思ってるのにどうしてもケンカになってしまうのは、絶対に絶対に、ケントの性格が悪いからだ!
「ケントのばか……」
「淡井さん教科書逆さですよ」
「げっ」
西丸先生の冷静なツッコミに、クラス中で大爆笑が起こる。
こんなことで先生に注意されるのも、みんなに笑われるのも、全部全部ケントのせいだ!
私は恥ずかしさをこらえて逆さの教科書をクルンと直した。
「番長はムードメーカーなんやなあ」
後ろの方からそんな声が聞こえてきたのは、きっと気のせいだと信じたい。
▽
「結局、女の子らしさってなんだろう……?」
放課後、さっそくまつりちゃんを誘って家庭科クラブの見学に行ってみた。
実は私、4年と5年の時は楽そうという理由で俳句クラブに入っていた。
でも残念なことに今年から俳句クラブがなくなってしまって、どうしようか悩んでいたところだったのだ。
そういうわけで家庭科クラブを見たはいいものの……。
「イマイチ分からなかったなあ」
実際に見てみるとどうもしっくりこなかった。
料理、裁縫、園芸を中心とした活動だということは分かった。
でも肝心の女の子らしさにつながるのかが分からない。
料理の上手い男子もいる。
料理の下手な女子もいる。
料理だけじゃなくて全部そうだ。性別関係なく得意なものは得意、苦手なものは苦手。
「家庭科クラブに入っても、性別関係なく家庭科が得意になるだけなのでは……!?」
それはそれでいいことではあるけども。
だから1歩踏み出せなかった。
まつりちゃんは家庭科クラブが気に入ったようで、すぐに入ることにしたようだ。
裁縫が好きなまつりちゃんは、それを極めたいのだと思う。それはまつりちゃんが努力すればするほど結果になる。
じゃあ、私は?
女の子らしくなりたいって理由だけで家庭科クラブに入って、本当に女の子らしくなれるのかな。
考えれば考えるほど分からなくなって、結局家庭科クラブには入らずに、トボトボとげた箱に続く階段をおりる。
このまま家に帰って、道場に行って、1日が終わってしまう。
これじゃあ今までとなにも変わらない!
「あーもー!」
嫌なイメージをふきとばしたくて、ブンブンと腕をふる。
このとき私はここが階段の途中だということをすっかり忘れていた。
「うわっ」
がつんと腕がなにかに当たった。
それと同時に驚いたような男の子の声が左後ろから響く。
はっとして声のした方を向くと、すぐそばでゆっくりとバランスを崩して、階段から落ちていく男子の姿が目に入った。
私の振り回した腕が当たって、足を踏み外してしまったんだ!
「危ない!」
私は男子の腕を掴み、思い切り引っ張る。その反動で自分の体を男子の下に滑り込ませた。
ドンッという鈍い音と衝撃が体に走る。
一瞬息が止まったけど、受け身をとったから大丈夫だ。
男子はしばらく呆然として私の上に乗っていたけど、慌ててどいて手を差し伸べてくれた。
「だ、大丈夫か!?」
「うん、大丈夫。腕ぶつかっちゃってごめん」
「こっちこそ下敷きにしてしもた! すまん」
差し出された手をとって、その関西弁に首をかしげる。
よく見ると相手は転校生の禅くんだ。
転校初日でナイーブな転校生を階段から突き落としてしまうなんて!
私はなおさら申し訳なくなって、その場に土下座した。
「禅くん……すみませんでした……! わざとじゃないんです!」
「ええって! ケガないか!?」
「うん、受け身とったから……」
おずおずと禅くんの手を取る。完全に私のせいなのに、心配までしてくれるなんて優しい人だ。
立ち上がろうと手に力を込めた時、突然禅くんが顔をしかめた。
「痛っ……」
「え!?」
私ははっとして禅くんの手を離す。
指のあたりを押さえる禅くんを見て、サアーッと血の気が引くのが分かった。
階段から落ちた時、床にぶつけた?
かばいきれなかった?
ケガを、させてしまった?
「大丈夫やよ」
「いやっ。ほ、保健室! 保健室!」
「淡井くん落ち着いて……うわわっ」
禅くんの痛がっていない方の手を引いて、私は保健室に猛ダッシュした。
「つき指だね」
保健の先生はメモを取りながら冷静に言った。
禅くんの指は、床に手をつこうとした時にグキッといってしまったらしい。
骨折はしていなかったものの、その指は湿布とテーピングでぐるぐる巻きにされている。
「つき指……」
「ええ。1週間くらいで治ると思うけど」
私はがっくりと肩を落とす。
考えなしの行動で禅くんにケガをさせてしまった自分が許せない。
禅くんは自分の指を見て暗い顔をしている。
「禅くん……本当にごめん……」
自分でも驚くほど小さな声が出た。
禅くんは思い出したように私を見て、保健の先生に向かって口を開いた。
「そうだ、淡井くんこそ俺をかばって階段から落ちたんです! きっとどこかケガしてます!」
「あらそうなの? ちょっと見せてごらん」
「いえ大丈夫です。ちゃんと受け身とったんで」
「そう? 痛みがあったらちゃんと言うのよ?」
保健の先生は私が柔道をやっていることを知っているからあっさりと引き下がってくれたけど、禅くんはまだ納得していない様子だ。
「背中からモロにいったやん。ちゃんと見てもらい!」
「あーー! ちょっと!」
そんな事を言って私のシャツをめくろうとしてくるから思わずバチーンと禅くんの手をはらってしまった。
「いったあー」
「あああごめんつい! でも女子のシャツめくるのはダメだよ」
「女子?」
首をかしげる禅くんに、私は自分を指差す。
もちろん不満を顔に表して。
「え、淡井くん? 女の子やったんか!?」
「どーせ男っぽいですよ。先生、ありがとうございました」
「じゃあ二人ともお大事にね」
保健の先生にお礼を言って、保健室を出る。
禅くんはまだ私を見てポカンとしていた。
▼
驚いた。淡井くんが女の子やったなんて。
俺は心臓のあたりを押さえて、改めて目の前の女子を見つめる。
転校初日、緊張で死にそうだった自己紹介の時に場を和ませてくれたクラスメイト。
番長なんて呼ばれているのに、1日で何回も教室中を笑わせるムードメーカー。
背が高くてスラリとしていて、どこぞのジュニアアイドルと言っても通用するくらい顔面がいい。
「女子にしてはイケメンやなあ」
「よく言われますー」
ついこぼれてしまった本音に、淡井くんはむすっと頰を膨らませて答える。
男子と間違えていたこと、怒っとるかな。
そりゃあ怒るよな。
謝ろうとして、淡井くんが俺の指をじっと見ていることに気がつく。
そんなに気にせんでもええのに。
「淡井くんにケガがなくてよかったわ。こんなん気にせんといて」
つい『くん』づけしてしまったけど、本人は気にするそぶりもなく、ずっと心配そうな顔をしている。
「いやでも……」
「ええんやって」
元はと言えば前を見ずに階段を下りていた自分が悪い。
あの時は手元のチラシを見ていた。
どうしたらクラブメンバーが入ってくれるか、そればかり考えていた。
がむしゃらに誘っても手応えがない。
みんなきっと、ハイパーペーパークラフトは難しくて自分にはできないと思っとる。
そして、転校生でよく知らん俺なんかに教わるんを不安がっているんや。
ならひとりで活動しようとも思ったけど、この学校ではクラブ活動として認められるのにメンバーが3人必要だと先生に聞いた。
あと2人、どうしても入ってほしい。
まだしょんぼりしている淡井くんを見て、心の奥がざわめいた。
華やかな外見。
男子にも女子にも好かれる性格。
無意識に笑いを取る才能。
俺に足りないものをすべて持っている、まさに理想の人物。
こんな子が仲間になってくれたら。
一緒に大会に出られたら。
――あいつに勝てるかもしれない。
淡井くんは俺をケガさせてしまったと思っている。
罪悪感を抱いている。
俺の中の悪魔が耳元でささやく。
「今なら引き込めるぞ」と。
目の前で不安そうにしている淡井くんに向かって、俺はゆっくりと口を開いた。わざと少し暗い顔をして。
「でも困ったなあ。指が動かないと」
悪魔の声に耳を貸した。俺はほんまに悪いヤツや。
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