第4話

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 淡井くんがハイパーペーパークラフトクラブに入ることになった。

 俺は顔がにやけそうになるのを必死に抑えて、今日の目的である特訓の準備に取りかかる。


 心臓のドキドキが止まらない。

 淡井くんみたいな子がハイパーペーパークラフトに興味を持ってくれるなんて。

 じいちゃんの紙切り動画を、あんなに熱心に見てくれるなんて!


 絵馬くんのファンってことは予想外やったけど、ケガにかこつけて無理に誘ったかいがあった。

 半分騙したような形になってしまったことは少しだけ胸が痛む。


 つき指なんて、本当はどうってことない。

 俺は両手利きやから、右手が使えんくなったら左手を使えばいいだけ。

 それでも、クラブのアピールのためには淡井くんにパフォーマンスしてもらった方がええと思った。

 クラブにまで入ってくれてもう言うことなしや。


 そのはずなのにどこか後ろめたい。

 俺は淡井くんの純粋さを、利用している。


「センセー! まずはなにをすればいいですか?」


 淡井くんの言葉ではっと我に返る。

 いかん、時間を無駄にはできん。


「まずは基本を教えようと思うんやけど、ルールは分かるか?」

「はいっ。

 ①1対1の勝負で、お題に沿って制限時間内に立体作品をつくる。

 ②使えるものは1枚の紙とハサミひとつだけ。

 ③審査員の点数が高い方が勝ち! 

 だったよね」


 絵馬くんの動画を見ているだけあって、基本的なルールは分かっとるようや。


「ざっくり言うとそのとおり。後は実践で説明するとしてまずは――」


 ぱさっと何枚かの紙を淡井くんの前に置く。

 それを見て淡井くんの顔色がみるみるうちに悪くなっていくのが分かった。


「ま、まさかこれって……?」

「そう、筆記テストや! まずはどれだけできるか試させてもらう」

「げげー」


 紙に書いてあるのは、いくつかの初心者用の立体。

 立方体、四角錐、三角柱、ダイヤモンド型など。

 これら立体の展開図を書け。という問題。

 算数の問題に見えて、実はハイパーペーパークラフトには欠かせない能力を試している。


 その能力とは、立体図面を頭の中で描く能力。


 ハイパーペーパークラフトはお題を出されてすぐに製作に取りかかることが重要や。

 なぜなら作成時間も点数評価されるから。

 つくりたい作品の設計図を瞬時に頭の中でつくらないといけない。

 初心者がまっさきにつまずくところでもある。

 できるようになるまで教えたいけど、学年集会まで時間がない。


 淡井くんがもし図形が苦手だったら……。


「できたよ」

「え?」


 そう不安に思っていたら、淡井くんは予想以上に早く解き終わっていた。

 答えを確認する。


「全部合っとる!」

「イェーイ!」


 難しいダイヤモンド型まで正解するなんて。

 しかもかなり速かった。目を丸くして淡井くんを見るとにっこり笑顔を返される。


「こういう脳トレみたいなの得意なんだー!」

「えらいで淡井くん! 次はコレな」

「まだあるんかーい」


 次は展開図から組み立てられる物体を描く問題。

 どうやったら1枚の紙からブロックが積み重なった形をつくれるか。

 それが分からないと解けない問題や。正直かなり難しい。俺でも30秒はかかった。

 今度は解き終わるまでの時間を測ってみる。


「できたー」

「15秒!?」


 速い、速すぎる。

 淡井くんは問題を見てすぐに正解を描き始めた。

 これは……間違いなく……。


「淡井くん、才能あるよ!」

「そお?」


 えへへと嬉しそうにしている淡井くん。凄いことをやってのけていることに、本人は気づいていない。


「大会では、作成時間が短い方が点数が高い。つまり考える時間が短ければ短いほどええんや。淡井くんの立体感覚は武器になる!」

「え? なに、もう1回言って?」


 ……細かいルールを理解するのには時間がかかりそうやけど。


 次は実技。

 俺が紙とハサミを取り出すのを、淡井くんはキョトンとしながら見ている。


「ハサミ……少し小さいんだね?」

「そうやね。ハサミは大会ルールで大きさが決まっとるんよ。全長12センチ以内ってな」


 刃の部分が大きいほど単純に紙を切る速度は上がる。

 大きすぎるハサミを使って不公平が出ないようなルールというわけ。

 ただ、ハサミは大きければいいってわけではない。


「ハサミで重要なんはどちらかというと速度より小回りや。直線、曲線をいかに切り替えて切るか。それには大きさよりも集中力と慣れが必要になる」

「そっか。さっきの映像でも、追いきれないくらい細かくハサミを動かしてたもんね。大きすぎると逆に邪魔になるのか」

「そうそう」


 手本を見せようかと思ったけどつき指で動かせないフリをしているんやった。

 仕方がないから鉛筆で紙に線を引いて、淡井くんに渡す。


「まずはこの線の通りに切ってみて」

「はーい」


 チョキチョキ……


 淡井くんの手の動きを観察する。

 普通に紙を切るならこれで十分やけど、速さと見た目を競うんやったら少し切り方を変えんといかん。


「できた!」

「うん、できとるけど刃の入れ方が軽すぎる」

「は、刃の入れ方?」


 目を点にする淡井くんに向かって頷く。

 そら指摘されても分からんよな。普通の人は刃の入れ方なんて気にすることもない。

 俺もじいちゃんに教わらなければ知らなかった。

 それに、こればっかりは感覚の問題やし。


「説明が難しいな……そうや」


 俺は立ち上がって、淡井くんのすぐ後ろに座り直した。

 そのまま淡井くんの右手に自分の右手を重ねる。


「へっ!?」

「ハサミちゃんと握っててな。俺の中指力入らんから」


 淡井くんと一緒にハサミを握り、いつもどおりのイメージで紙を切る。


 シャキンッ!


 淡井くんがひとりでやった時よりも軽快な音が鳴り、紙がスッパリと切れる。


「あっ」

「さっきと音も感覚も違うやろ? こうすると切り口の歪みとかズレが減るんや」

「うん……でも禅くん……」

「ん?」

「私が女子だってこと忘れてるでしょ!」


 真っ赤になってそう叫ぶ淡井くんを見て、俺はようやく今の状況に気づく。

 重ねた手。

 ぴったりくっついた背中。

 触れそうなほど近くにある長いまつ毛。


「わあ!」


 慌てて飛びのいた。


 そうや! 淡井くんは女の子やった!

 どんなにイケメンでも、俺なんかが軽々しく触ってはいけないんや!


「す、すまん。俺がじいちゃんにこうやって教わったからつい!」

「もー! 私のことずっと淡井くんって呼ぶし、距離感が近いと思ったらやっぱり忘れてたんだ」

「申し訳ない!」


 赤いままの頰を膨らませて、じっとりにらんでくる淡井くん。


 また怒らせてしもた。


 頭を下げようとする俺を、淡井くんは手で止めて言った。


「じゃあ実咲って呼んで」

「え?」

「呼んで! さんはいっ」

「み、実咲」


 言うとおりに呼ぶと、淡井くん――実咲はキラキラと目を輝かせた。


 あかん……

 イケメンすぎて直視できん!


「よろしい! 私も将継って呼んでいい?」

「え、ええよ」

「じゃあ将継、次はなにすればいい?」


 やる気満々の実咲は俺の背中をバシバシ叩いてくる。

 転校して仲間ができるか不安だった。

 もしかしたら誰もハイパーペーパークラフトに興味を持ってくれないかもしれない。

 一緒に大会に出てくれないかもしれない。

 そんな不安が、実咲のおかげで溶けていく。


「ありがとな、実咲」

「どうしたの急に? ほら続き続き!」


 嬉しくて、余計に胸が痛んだ。

 指が動かないって嘘がバレたら、きっと嫌われる。


 ▽


「紙を切るだけなのに、どうしてこんなに難しいんだろう」


 そんなことを考えながら、私は家に帰ってからも将継に教わった切り方を練習している。

 将継と一緒に切った時の感覚。

 ハサミがホンキを出したみたいに気持ちがよかった。

 あんな風にスパッと切りたいけど、何回も練習してようやく成功するのは3回に1回くらい。

 将継はあんな風に切れるようになるまでどれくらい練習したのかな。

 指が治ったら将継のハサミさばきをこの目で見せてもらおう!


 ハサミさばきでふと思い出す。


「そう考えるとえまぴってすごいんだなあ」


 将継を倒した全国1位の実力を持つえまぴ。

 顔ばっかり見てて、今までえまぴのパフォーマンスをちゃんと見ていなかった。

 私はリビングに置いてあるタブレットを起動して、お気に入りリストに入れてあるえまぴの動画を再生した。

 サラサラの髪、少し陰のある瞳。そして黒いマスクで口元を覆った美少年が画面に映る。


 あ〜やっぱりカッコいい……。


『今日もリクエストに答えて作品をつくりたいと思います』


 えまぴはリアルタイムで届くリクエストどおりに作品をつくることが多い。

 この動画では生き物をつくることになった。


『ええと、イヌ、ウサギ、ヘビね……オッケー』


 えまぴはリクエストを確認すると、ハサミを取り出した。


「あ……えまぴのハサミ、ちょっと不思議な形」


 直線的な刃に続くように、細い持ち手がまっすぐに伸びている。

 まるで美容師さんが使うようなハサミだ。


「大きさがルールに合っていれば、形はなんでもいいんだ……」


 今まで気にならなかったハサミの形まで見てしまうのは、私が今日ハイパーペーパークラフトの世界に足を踏み入れたから。

 まだ一歩だけかもしれないけど、見える世界が変わる。

 画面の中のえまぴは自然な動きで紙に刃を入れた。


 シャキンッ


 その音に心臓がドキッとする。

 将継に教えてもらった時と同じ音。

 えまぴも同じ切り方で紙を切っている。


「うわーうわー!」


 思わず両手で熱くなる頰を押さえる。

 私は憧れのえまぴと同じ切り方ができるようになったんだ!


 ……3回に1回だけど。


 えまぴはそのままものすごい速さで作品をつくり上げていた。

 全国1位の腕は伊達じゃない。

 すごいはずなのに、私は心のどこかで思ってしまった。


 将継のおじいさんの方がすごい。


 えまぴには申し訳ないけど、あんな神技を見てしまったのだから仕方がない。


「よし、がんばろう!」


 まずは『シャキンッ』の切り方をマスターするんだ。

 明日は将継に組み立ての基本を教えてもらうから、今日中に切り方はできるようにならないと!

 将継の代わりにパフォーマンスをするんだから。


 えまぴの手元を見ながら、私は必死にハサミを動かした。


 ▽


 日曜日――特訓2日目。

 午前中は道場で柔道の稽古があったから、午後から将継の家に向かうことになっている。


「いってきまーす」

「禅ママによろしくね」


 道着から普段着に着替えて、お昼ご飯をかっ込んでから私はそそくさと家を出る。


「いてて。師範ったら容赦ないんだから」


 顔面から畳につっこんだせいですりむけた鼻の頭がピリピリ痛む。

 絆創膏を貼ったはいいけど、見た目はまるでヤンチャ坊主のようだ。

 女の子らしさとはほど遠い。

 でも、不思議と前より気にならない。

 女の子らしくなることよりも夢中になれることを見つけたから。

 柔道をしている間も私はずっとハサミの使い方を考えていた。


 まあ……だから師範に何回も投げ飛ばされてしまったのだけど。


「おい実咲!」


 後ろから聞きなれた声がして振り向く。

 そこには仁王立ちしたケントがふんぞり返っていた。


「いいところで会ったな! 今からうちでケーキを食べるからお前もこい!」

「ええ?」


 いいところで会ったって……ここうちの目の前なんだけど。

 わざわざ誘いにきたの?

 ふんぞり返って?


 ケントはご近所さんだから休みの日にも会うのは仕方がないけど、会うたびにこんな態度を取られるとめちゃくちゃ面倒くさい。


「ごめん今から用があるから。家で寝てるお兄ちゃん誘ってよ」

「はあ!? この俺がケーキ食わせてやるって言ってるのになんだそれ!」

「あんたじゃなくてあんたの親がでしょ。じゃね」

「おいおいどこ行くんだよ。今日は道場終わっただろ。もうお前の分のティーセットも用意してるんだからな!」


 なんで道場終わったとか私のスケジュールを知ってるのさ!

 それにティーセットを用意してるのはケントじゃなくてケントママでしょうが!


 行けない理由をいちいちケントに教えてやる義理はないけど、こうなったケントは本当にしつこい。

 きっとケントママから私を誘うように言われてるんだ。

 だけどケントは性格が悪いからこんな言い方しかできない。

 ケントはどうでもいいけど、誘ってくれたケントママには申し訳ない気持ちがわいてくる。


「あ〜もう! 今から将……禅くんの家にお邪魔するの! だから行けませんってケントママに謝っといて! じゃあね!」

「禅ぃー?」


 ケントの眉間のシワがどんどん深くなっていく。

 そのまま歩き出す私の腕をがしっと掴んだ。


「なーんでお前が禅の家行くんだ?」

「私、ハイパーペーパークラフトクラブに入るの。だから教えてもらってるんだよ。明日の学年集会で私がパフォーマンスすることになったから」

「はあー? お前みたいな筋肉ゴリラにんなもんできるわけないだろ!」

「才能あるって言われたし!」

「そんなの誰にでも言ってるに決まってるだろーが。ホイホイ騙されてんじゃねーよ! お前はただの人数合わせ! 客寄せパンダに決まってんだろ」


 きゃ、客寄せパンダ!?

 なんでケントにそんな風に言われなきゃいけないの!


「ケントのおおばかもの!」


 ドッカーンと怒りで頭が噴火した。

 掴まれた腕を逆の手で取り、ひねり上げる。


「うわっ」


 たまらず上体を崩したケントを足払いして転ばせた。

 そのまま上に乗って……


「ぎゃーーー! 十字固めはやめろ!」


「だったら撤回しなさいよ!」


 ケントがギブアップして白目をむいたところで、私は全速力で将継の家に走った。


 しまった。

 こんなことをしている時間ももったいないんだった!

 ケントのせいで……ケントのせいで!

 どうして仲良くできないんだろう。

 昔、一緒に柔道をやっていた頃はこんなんじゃなかった。

 お互い応援しながらやっていたのに。

 ちゃんと仲間だったのに。


「ケントのばか……」


『そんなの誰にでも言ってるに決まってるだろーが』

 将継はそんな人じゃない。


『お前はただの人数合わせ!』

 ちがう、ちがう!


『客寄せパンダに決まってんだろ』

「ちがう!」


 ハサミを握りたいと思ったのは私自身の意思。

 私がやりたいと思ったからやる。


 ただそれだけなんだ!


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