第20話 大規模な山火事再び・訃報再び・履歴書再び

 患者の民族大移動の余波は4月から本格的に開始され、5月、6月に山場を迎えた。

 マンデラエフェクトは、女自身には降りかかってはいなかったが、SNSを開くと目に飛び込んで来る衝撃的な情報に、翻弄されていた。


 (どうして皆さん……こんなに冷静でいられるんだろう?)


 女の元には、マンデラエフェクトの情報の他に、異なるジャンルの情報ものが舞い込んで来ていた。


 スピリチュアル、銀河系宇宙、生まれ変わりを含む過去生である宇宙、陰謀論、ハイヤーセルフや多次元宇宙、例を挙げるときりが無い。また、1人1ジャンルではなくて、皆幾つかを含めて、重なり合っていた。

 女はどのジャンルにも馴染めなかった。全てが遠い世界の話であった。

 

 

 そんな様々な話題がSNSを賑わせていた4月下旬に、近隣で再び大規模な山火事が発生した。

 1年で近県や近隣での数日間に渡る消火活動を3度も目の当たりにして、女を含め住人達は、この様な年など今までなかった、と眉をひそめて不安になった。


 3度目の山火事では、風にあおられて8ヶ所へ飛び火して、女の遠縁の空き家が全焼した、と後に情報が入った。不幸中の幸いか、既に転居した後で無人であった。が、その家の近所の親戚宅も全焼し、そちらは残念な事に死者か出たという。


 6月に入ると、今度は女の父方の叔父が亡くなった。

 クリニックにも相次いで訃報が届く。

 女の日常には暗い話題しか集まって来なかった。 



 少し時を戻して5月の連休頃のこと。


 SNSではこれまでにやり取りしていなかった、新しい情報発信者が数名女の相互フォロワーとして現れた。


 その中の1名は、後に女にとって『パラレルワールド・平行世界』を逆説的に証明し、納得しうる存在となる。


 それまでに女とやり取りをしていた他の1名もその役割を果たす事になる。

 それは過日に女がふと思い出す様に「生涯で1度も書いた経験の無い『』」についての呟きがきっかけであった。



 5月頃より絡み始めた=やり取りをし始めた者をA氏、かねてより絡んで=やり取りをしていた者をB氏 と仮称する。


 不思議な事に、A氏は女がマンデラエフェクトを体験した初期から女を知っていて、絡んでいたと後々発言した。


 女にはその記憶が全く無かった。5月頃からの初対面であるはずだが……過去のタイムラインで、女のフォロワー同士のやり取りとして記事を読んでいたかもしれない。

 しかし、相互フォロワーになって直接やり取りを始めたのは、春先の事である。


 事の発端は、6月下旬に突然A氏の爆弾発言から始まった。


 「突然だけど、A、シフトしたらしい。今までのAではないかもしれないから、そこを宜しく。生暖かく見守ってください」


 女は前年10月のマンデラエフェクト後からその時まで、「シフトしたてのホヤホヤなフォロワー」の生々しい文章に出会った事が無かった。


 (えっ?Aさん、何を言ってるの?Aさんだよね?なのに、昨日までの自分と違うって?どういう意味?なんで違うって分かるの?シフト、って?世界線を越えた、って事……だよね?多分?)

 A氏の申告により、女は動揺したが、周囲では普段から慣れているのか、あまり驚きもせずに受け入れられている。


 (なんで皆さん、普通に受け入れてるの?皆さんもそんな経験をしている、って事なの?人が違うんだよね?話が噛み合わないかもしれない?って?アイコンが違う?えっ?意味が分からない!)

 女は他のフォロワー同士のやり取りを眺めながら、後から後から湧き出る泉の様な疑問をA氏にぶつけた。


 「Aさん、聞いてもいいですか?心臓はどこ?胸骨はどうなってる?東京タワーの色は?」


 A氏は、プロフィールに書いてある通りの回答と、「大丈夫。そこは同じ」と付け加えた。


 (そこは……同じ?)

 「ちょっと前まで、都道府県番号の事を話題にしていたのを覚えてる?」

 「覚えてるよ。ちょっと確認してくる」


 ……A氏は以前の世界線の都道府県番号と変わらないと応えた。

 それから直ぐに、お互いの情報確認……主に女側の情報の確認作業に入った。


 その時である。A氏が妙な質問をしたのだった。


 「ところで、就職活動はどうなった?」

 と。

 女は何を言っているのか最初は分からなかった。


 「えっ?就職活動なんてしてないですよ?」

 A氏は女こそ何を言っているのかと言わんばかりの返しをよこす。


 「どうして?履歴書を書いてたでしょう!この歳になって履歴書を1枚も書いた事が無いから不安だって言ってた!私は、医療事務ならば職場は直ぐ見つかるから大丈夫と慰めたよ?」

 「えっ?履歴書の話は、確かに呟いたけど……この歳になって書いた経験が無いから、社会人として情けないかなぁ?アリか?という意味であって……え?えっ?何?再就職?誰が?」

 「女氏が。勤務先のクリニックが閉院するから、書いた事の無い履歴書を書かなくちゃ、って悲壮感漂ってたから、心配していた。最近あまり見かけないな、と思ったら、浮上していたから、てっきり再就職出来たのかな?と思ったんたけど、違う?」


 「えっ?それ、誰の事?」


 「だから、女氏が」


 「ちょ、ちょっと待って!近隣の医院が4月から休診しているけど、ウチは診療やってるよ?民族大移動みたいに新患ラッシュでてんてこ舞いしている最中で……そもそも、履歴書なんて書いてないよ!まだ!」


 「!マジか!」

 「うん、マジ!」

 それまでは、敬語を使用してやり取りをしていたが、少しずつ砕けた文章表現になって行った。


 A氏は、異なる世界線の女を知っていて、マンデラエフェクトに遭遇した時期が女と殆ど同期であった。

 確かに履歴書を書いて再就職に臨んでいた、と言い、女を心配していたのであった。


 このA氏の出現により、異なる世界線にも異なる女が存在していたのだ、と証明を受けた事になるだろう。


 


 後日、以前から絡んでいたB氏からも同様な発言を受ける事になるが、こちらはまた別次元の問題が発生していた。


 女にとってなりを潜めていたと思われたマンデラエフェクトは、別な方向から突如姿を現した。



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