第17話 ある日突然保険証が!(後編)
その日は、よくある夫婦での来院、受診だった。
女はしんにょうの入った氏名の患者の保険証には毎月毎月特別の注意を払っていた。
その夫婦は苗字にしんにょうが入り、尚且つ難しい漢字が使われていた為に特に注視していた。
マンデラエフェクト後、スマホの漢字変換には2点しんにょうが出現したが、保険証にはその日まで使用されておらず、パソコンの表示も以前と変わらなかったので、女は安心しきっていた。
いつも通りに受け取って、カルテを用意しようとして、女は身動きが取れなくなった。
(え!何これ!何!何?なんで!いきなり2点しんにょうが!!って言うか、しんにょうの横の字形も違う!!)
新患受付も再来受付も会計も窓口は一緒である。保険証の確認一つにそんなに時間をかけられない。
だが、女は、他の患者など目に入らない。夫婦の保険証に目が釘付けになった。
(あっ!そうだカルテ!表紙に以前の拡大コピーを貼ってあるんだった!)
そこで再び女は固まった。
信じられない事に、カルテ表紙に貼ってあった物は、今、女が手にしている保険証の字体と全く同じである。
(は?どういう事!?私は保険証をコピーして何回も拡大コピーして貼ってそれを見てカルテ表紙を作ってる!ずっと前から◯辺さんは、難しい字の方の◯辺さんだから、それをじっくり見つめて書いたのに!!!)
(そうだ今年の保険証のコピー!!)
大急ぎで今年度の保険証のコピーを取り出す。
更に固まる女。
(ちょ、っと!!ちょっと!!いい加減にしてよ!!コレはマンデラする前の8月にコピーしたんだから!!)
女には学習機能が不足していたらしい。昭和時代に製本された字典や辞書の中身が変わっていたではないか。
しかし、女は自ら拡大コピーをして、それを凝視してカルテ表紙を作成したのだ。
そのカルテ表紙は1点しんにょうで作成されていた。しかも、そのカルテ上部に貼附してあった拡大コピーは2点しんにょう。
女は焦った。マンデラする約2ヶ月前のコピーが2点しんにょう。
(あっ!パソコンは!!こっちだって1点しんにょうなんだから!!)
急いで開いた患者の画面には、しっかりと2点しんにょうが堂々と映っていた。今、手の中にある保険証と全く同じである。
このパソコンは、インターネットには接続していない。改正がある度、ソフト会社からCDRが送られ、女がそれを用いて改正作業を行っていた。
昨日直前まで、そんな作業はしていない。パソコンが自動的に変わってしまう事など有り得ない。
(なんなのなんなのなんなの!!カルテ表紙だけは以前のままなのに!コピーが拡大コピーが保険証がパソコンが一気に◯邉に変わっちゃった!!)
ハッとして、残りの5年分のコピーはどうだろう?と頭を掠める。
気が付くと、夢中で◯邉さんを窓口へ呼び、「あのう。すみませんが、こちらの紙にお名前を書いて頂けますか」と更に本人に確認しようとしていた。
全くこの女は、自らの非を認めたくないどころか、引導を渡される事が好みであるらしい。
不思議そうに窓口へやって来た彼は、さらさらと保険証に記載されているのと変わらない文字を書いて女に渡した。
女は目を見張った。いや、目玉が飛び出る勢いで彼の手元を凝視していた。
「あのう……、こちらは、いつからこの字になったんですか……?」
キョトンとした顔をして、彼は答える。
「え?ずっとこれですよ?」
(嘘こけ今日からだよ!!!)
女は待合室に戻って行く彼の背中に向けて心の中で叫んだ。
そうこうするうちに、医師や看護師からカルテの催促と患者からの会計の催促を受けると共に新患や再来患者がぽつらぽつらとやって来る。
女は一旦、一連のショックから頭を切り離して、業務に戻った。
そして、少々手が空いた時間に急いでカルテ保管部屋へ向かい、5年分の保険証のコピーを取り出して来た。
……まさかの5年分の保険証のコピーは全て、◯邉に化けてしまっていた。
女が何故、無我夢中で彼に手書きで氏名を紙に書いてもらったのか。
はっきりさせたいという一念もあったが、実は、平成13年から始まった高齢者のインフルエンザ予防接種の問診票にて、ほぼ毎年受けている彼の自筆を20年以上眺めて来たからである。
そちらに記入した際には、当たり前の様に1点しんにょうであった。
まさか、本人が今、この場で、2点しんにょうの◯邉を書くとは夢にも思わなかったのであった。
午後になっても女は納得せずに頭を抱えていた。
何故だ。マンデラエフェクトに遭遇した日から今まで、ずっと1点しんにょうであった。なのに何故だ!
難しい漢字の◯辺さんは、もう一家通院していた。
女は祈る思いで拡大コピーが貼附してあるカルテと、今年度の保険証のコピー、また5年分の過去のコピーを見比べた。
当然の様に、手書きカルテ表紙には1点しんにょうで、保険証のコピーは全て◯邊に化けてしまっていた。
オマケにパソコンまで変わっていた。
女はやるせない気持ちとやり場のない怒りを誰にどこにぶつけていいのか分からずに、悶々とした。
それから数日後、近隣で大規模な山火事が発生し、次に愛猫が突然死し、女はどんどんと暗闇に巻かれて行くのであった。
それらは、これから相次いで起きる事柄の前触れだったのかもしれなかった。
まだまだ災難は続くのであった……。
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