第14話 苛立ちと訃報と患者様と他人の躰と
女が健診後に職場のクリニックへ紹介状(診療情報提供)を書いて貰うのは、数ヶ月後になる。
それより少し前から、女の周辺ではだんだんと、妙な状況になって行った。
10月下旬の健診で予期せぬ疾患を告げられた女は、自らの治療に専念しなければならなかった。
いきなり「何故ここまで放置したのか」との問いは、寝耳に水である。
女には自覚症状もなければ、放置した覚えもなかった。
期待通りに医師の口から「あなたの心臓は真ん中ですよ」と宣言して貰えたというのに、女にとってそれは
「この躰はこの世界線の者の躰であって、お前の躰ではない」と引導を渡されたのと同じであった。
(やっぱり、この違和感は、本来の私の躰じゃないからだよね……なんとなく違うと思う。でもでも、ホクロとか筋肉の付き方とか骨の出具合がソックリだ。全くの別人だと思うのに、何故か似ている。)
自分の躰であって、他人のそれの様だった。何故か生活習慣も異なるらしい。毎日毎日がイライラの塊であった。
SNSでは、同じ様に違和感を述べている者は見受けられなかった。元々あまり他人とは接点を持たなかった女は、狭い範囲内でマンデラーという更に狭まった世界の彼等と同等の知識も所見も持ち合わせていない為、会話に入っていけない。ただひたすら、帰りたい、これは自分の躰ではない、おかしい!とわめき散らしていた。毒を吐くように、文字を打ちまくっていた。
心優しい先輩マンデラーの彼等は、女をたしなめ、慰め、元気付けようと様々なアドバイスを述べ伝えてくれていたが、女は次々と公私共に不穏な空気に包まれて行き、せっかくのアドバイスが宙に浮かんだ状態のままであった。
はじめに女が勤務するクリニックは、患者の殆どが後期高齢者であり、平均年齢を出すとすれば、80代半ばあたりになる事を触れておく。外来も在宅も100歳を超える長命な患者が数名いた。
言葉は悪いが、どの患者もいつ、何が起きてどうなるか、予測不可能な高齢者たちである。
事の初めは、外来患者の家族の訃報からやって来た。
患者は90代の姑である。その家の60代の嫁(他院に通院中)が急死して、程なくして姑も亡くなってしまった。
次は、在宅患者の共に90代前半の夫婦が相次いで体調を崩し、やはり間を空けずに他界してしまった。
こんなに相次いで訃報が入るのは珍しい。
当然だが殆どが後期高齢者である。が、例年通りならばぽつらぽつらと入院騒ぎになるとか、施設に入所してから悪化して入院するとか、しばらくは訃報の知らせなどは縁遠かった。急に他界される事など近年まれであった。
そして、以前通院していた患者(祖父)が施設に入所中、他院に通院中の孫が病死、それから直ぐに祖父が、その後やはり以前通院していた祖母が病院へ入院して、少し経ってから他界したと知らせが入った。
(こんなに亡くなる人が多いなんて……しかも同じ家で。若い人もいるし。今までこんなに訃報が相次いで入った事なんか無かったのに!嫌だな……)
カルテ棚には死亡者専用のスペースがある。そちらが例年よりも約3倍の速さで埋まって行った。
その年の初めから流行りだした未知の感染症は、田舎のクリニックではまだ縁がなかった。遠い世界の病だった。感染者も身近にはおらず、それよりはインフルエンザの予防接種を受けたい者が例年よりも多く続出し、予約受付と共に混乱状態であった。
イライラと体調不良と周囲の例年よりも多い訃報と新たな感染症と、インフルエンザの予防接種が女を疲弊させていた。
そして、それ以上に女を奈落の底に突き落とすかの事態が次々と襲い掛かって来る。
マンデラエフェクトと同時進行とは、果たして良き世界線へと女を誘ったのか、それとも真逆の地獄へと突き落としたのか……。
12月中ごろに、突然母方の60代前半の従姉妹の急死の知らせが入った時は、女は精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。
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