第13話 数種の引導を渡された女
女は、意を決して健診に臨んだはいいが、最後の医師の診察がとても怖かった。自分の胸部レントゲン写真を見る事が恐ろしかった。
恐れていた感情は、普通に女に説明をし始めた医師のショッキングな発言でかき消された。
「あのですね。これまでの数年間の検査結果を見比べて申しますが」
「はい……」(心臓の事かな)
「どうしてここまで放置していたんですか!もう経過観察などのレベルではないです。治療が必要ですよ、本日から!」
「……えっ?」(放置?何を?)
医師は淡々と続ける。
「先程の採血した中から、健診の項目とは別の検査をします。こちらは保険診療になります。まあ、ご存知でしょうけど」
「あっ、はい……」(健診は保険外だけど、異常が見つかったら保険に切り替わるのは分かるけど……異常?)
女は医師に恐る恐る尋ねた。
「あのう……そんなに酷かったんですか?」(普通、結果は1ヶ月後くらいに郵送だよね?直ぐ分からないよね?)
「はい、それをこれからご説明します。長くなりますが、要点だけお伝えしますから.先ずは、こちらのレントゲン写真をですね……」と、おもむろに電子カルテの画面を表示した。
女は、ショックの連続で頭が真っ白になっていた。
が、先週の母親の画像を目撃していたせいか、ワンクッション置く事が叶い、多少の冷静さが保てていた。
女の恐れていた通り、心臓は中央部に位置している。どう見ても、以前の記憶の中の画像と比して、目視で2~3㎝は移動していた。
(ああ!写真に撮りたい!定規を当てたい!前はこの辺に心臓が在ったんです!って先生と看護師さんに今!今!ここで言いたい!)
無言で画像を見つめていると、医師は次々と画像の説明の他に病状や治療方針の前の検査等の説明を続けてしまう。女は、気が遠くなりそうな混乱しそうな自分を抑えて、医師の言葉が切れるのを待った。
この画像を見て:、医師や看護師は慌てふためかない。先週の母親の循環器内科の主治医も同様であった。
つまり、こちらの世界線では、この画像の様に中央部に位置している心臓が正常なのだ。彼等はそうやって医大や看護学校で学び、資格を取得したのだ!
女が元いた世界線であったなら、素人目に見ても位置異常であり、定期的に精密検査を必要としていたであろうと思われた。
医師が紙媒体に記入し始めた。こちらは紙媒体と電子カルテを併用しているらしい。
彼が手を止めて次の話に移る所で、女はやっと恐る恐る質問を投げかけた。
「先生、あの……私の心臓は、どれですか……?」
随分間の抜けた問いだとは思う。女は何度もこの病院で健診を受け、説明を聞いている。それ以前に、医療事務として30年以上もクリニックに勤めている。その上、循環器内科の受診歴がある事を健診時の問診票に記入済みである。
それでも、女はこの医師本人の口からこの言葉を聞きたかった。
「心臓ですか。これてすね」
間違いなく、中央部を指していた。
女は続ける。
「……ど真ん中ですね……」
「そうですね。真ん中ですね」
(……言った!今、確実に先生の口から「真ん中」って言った!嘘じゃない!夢じゃない!今、確かに「真ん中」って言った!)
それから医師は、女の病気や症状等について淡々と話し続けた。
数ヶ月後に自身のクリニックに診療情報提供書を書いてもらい、定期的な検査の他はそちらで投薬治療を続けて下さいとの状況になった。
そこで初めて、女はいっぺんに5つもの病名を付けられていたのだと知る。
せいぜい3つくらいだろうと軽く思っていた女は、一気に頭から足先までの血が逆流したかの様になり、自身のカルテを見つめながら倒れそうになった。
この辺りから、女の身の回りには不穏な空気が流れ始めていた。
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