第11話 母の定期検査と胸部レントゲン写真

 10月下旬にさしかかっていた。


 女の母親は、約5年前に前触れも無く、熱も咳もなく、いきなり血痰を吐いて突然重症の肺炎になり、入院を余儀なくされた。

 不幸中の幸いとでも言うべきか。はたまた泣きっ面に蜂とでも言うべきか。


 入院中、付けっぱなしの心電図計から主に夜間の鼓動が1分間に5回しかないと分かり、また、血液検査から貧血がみられたので、原因を探ろうと胃や大腸のファイバースコープの検査を行った所、いや、進行性の大腸癌の邪魔により管が入らずに検査が不可能であったのだが……緊急に手術を受けねばならない状態だと判明した。


 そして、入院先から他病院を紹介されて、ペースメーカーを付けた後、大腸癌の摘出手術を受けた。


 それから約5年経過して、最低半年に1度は老母の胸部レントゲン写真を拝見していた。以前の病院での肺炎の時の分を含め、何度も彼女のペースメーカーが映り込んでいる胸部レントゲン写真をある時は医師の説明を伴い、またある時は電子カルテに表示された映像を盗み見て、確認していた。


 胸部レントゲン写真には、縁があった。女も心臓に先天的な異常があるらしく、それはあまり問題ないものの様であったが、循環器の専門病院への受診も経験していた。勿論、レントゲン写真を見せてもらい、説明を受けた。


 くどい様であるが。女は職場で胸部レントゲン写真を眺めていられる環境とは別に、個人的にも医師の説明と共に拝見する機会に恵まれていた。


 ……心臓の位置は、老母のペースメーカーの位置と共に把握していた。



 その、老母の定期検査の日がやって来た。女はSNSで見た画像の様に、本当に中央部にあるのか否か、それだけが頭を占めていた。まさか、そんな事があってたまるか、心臓が真ん中にあれば左上部に付いているペースメーカーは、一体どうなっているのか?


 老母のペースメーカーは、以前と変わらない位置に見受けられる。その部分だけ、盛り上がっているので肌の上から分かるのである。


 当日は心電図を取り、胸部レントゲン写真を撮り、ペースメーカーの業者がやって来て、パソコン類を使用しながらペースメーカーの検査をする。その後医師の診察を受けるのだ。



 そしてその瞬間がやって来た。


 女は目を疑った。


 まず最初に目に飛び込んで来たものは、老母の胸部レントゲン写真が表示されている電子カルテ画面であった。



 心臓は、ほぼ中央部に位置しており、ペースメーカーは斜め上部に見受けられた。


 以前の画像であれば、心臓の上部辺りにペースメーカーが映り込んでいた。


 ……女にはペースメーカーから出ている2本の導線の正確な長さの知識など無い。


 が、不自然にペースメーカーから離れた位置に心臓が写っていた。



 その日の医師の説明など、耳には勿論の事、頭にも記憶にも入らなかった。



 その日は女がマンデラエフェクトを体験してから数えて12日目であった。



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