第2話 最寄り駅と違和感

 最終列車は最寄り駅に到着した。


 女は車窓から見える景色が闇ばかりだったのと、気を取られていたSNS のせいで、下車すべき行動の準備が出来ていなかった。

 気付いた時は、駅のホームに保線区の職員らしき男が二名立っていて、列車に乗り込もうとしていた。


 自分の降りる駅だと気付いた女は、慌てて荷物をかき集めた。それを旅行帰りらしき男が見やり、運転手に『降りる人、います!』と伝えてくれたので、運転手が運賃の受け取り確認の為に立ち上がり、女を待った。

 作業着の職員二人もホームで女が降りるのをしばし待った。



 「すみません。有難うございます」

 そう、乗客と運転手に告げ、降車した。そこは紛れもないその女の最寄り駅だった。


いつもならば誰もいなくても、古い駅舎の待合室には明かりが点いているはずだ。が、その日は保線区の職員二人が居たにも拘わらず、消灯していた。


 (あれ……何だか変だ。いつもなら明るいのに。どうして電気が点いてないんだろう。職員二人が今までここにいたのに。ここで合っているよね?)


 駅舎と駅のホームと最寄り駅の看板は合っている。間違いなく、女の最寄り駅であると『視覚』では訴えられ、『そうだ』と納得している。これが駅名違いや乗り過ごしであったならば、頭も躰も視覚も『ここではない』と把握し次の行動に移すであろう。


 しかし、合っていた。それなのに、頭の中に流れる違和感が『違う、ここではない』と言い張っていた。


 女の頭には様々な感情が瞬時に大量に流れていた。


 『視覚』はここで合っていると言い、それを受けた『躰』が家路に向かい歩き始める。

 が、しかし、『心』が『感情』が『頭の中の何か』が、『ここではない、違う』と、帰路につこうとする事を躊躇ためらわせる。


 女は混乱した。躰は家路を急いでいるのだ。いつも通りの暗く人通りなど全くない、獣が出てきそうな道を、階段を上り始めている。


 (おかしい。この道しかないのに。ここじゃないなんてどうして思う?頭がおかしい?)


 足は勝手に家路を進み、躰本体を運ぼうとするが、頭の中に心の中に流れる『違和感』が、本来の自然な行動を制止させようと胸騒ぎを起こしている。

 頭と躰が別人の様であった。


 ここで正解だから早く帰路につけ。

 

 いや、この場所は違う。ここではない。この場所は不正解だ。


《胸がざわざわする》事など、《気持ちが悪く、違和感が拭えない》事など、帰宅する行動に於いては全く必要が無い。今まで何百回、何千回と歩いて来た道だ。《気持ちが悪い》《妙な気持ちが変な感情が湧き起こる》事など、生まれてから五十年以上地元から離れた経験の無い女にとって、『違和感』は『異常』だと告げているものと同じだ。


列車のエンジントラブルにより、遅延した為に既に時計の針は翌日を指していた。


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