第37話「一寸法師」

 誰が予想しただろうか。

 こんな薄暗い——臭い空間に、同行していた仲間たちが現れてくれることを————


 ケガをしたウォルロとそれを治療していたアルルの姿はなかった。おそらく置いてきたのだろう。


 それと——発光する石を片手に持つベクトールに、俺は抱きかかえられていた。


 足元に浮かんだ屍が、霊媒師シャーマンのミラによって俺たちの足場になってくれているようで——どうやらそれは本位的な使い方ではないらしく、ミラは若干不機嫌そうな表情だった。


 とにかく、諦めかけていた俺にとって、彼らが助けに来てくれるとは夢にも思わなかったため、俺の瞳からはおかしなくらいの涙が零れ落ちていた。


「おい、そんなに泣くなよ。男だろうが」


「ご……ごめんなさい。ごめん……なさい」


 ヴァイオレットが意味ありげな笑みで俺に言った。俺はただただ涙していた——。




「——とにかく、無事で良かったよ」




 ある程度落ち着いた頃合いで、俺はとても恥ずかしい状態だと気付き降ろしてもらって、


「さて、ここからどう脱出したものか……」


 とベクトールが一言。

 それに対して、俺含む全員が驚きの表情を見せてベクトールに言い寄る。

 他の人たちの反応からして、どうやらここに来る提案を出したのはベクトールらしく、ヴァイオレット含むその他全員はベクトールの考え及びその先の作戦(があると思い込んで)を信じて同行したみたいだ。


 足元の屍たちはぞろぞろとうごめきながらも、胃の中全体に綺麗に広がって俺たちの足場を形成している。


 ベクトールはその足場を頼りに壁へと近づき、そこに触れた。


「内壁は弱そうだな——」


 そう言うと、拳に力を溜めはじめ、ふとした瞬間に強力な一撃を叩きこんでいた。


 バフッ!

 

 ————ッ!


 グルァァァァアアアア————ッ!!!!


 その直後、オオカミは大きく揺れ、とてつもない雄たけびを上げて苦しみ始めた。——やはり効いているみたいだ。


 その衝撃により、胃はグニャグニャと動き始め、足場が不安定になる。俺たちの体制は若干崩れるが、ベクトールが衝撃を与えたのとは反対側をヴァイオレットが攻撃したため、その辺のつり合いが保たれたらしく、なんとか体制を整えることができた。


 しかし、ただ攻撃するだけでは意味がないみたいで、俺たちが外に脱出する糸口にはならなかった。


「——一寸法師のようにはいかないか」


 ベクトールがふいに零したその言葉が少しだけ引っかかった。一寸法師とはなんだ?


 そんなことを俺が思っている中、ヴァイオレット含むその他の面々が、「おいどうするんだよ」と口々に文句を言っているのが聞こえた。


「ごめんなさい」


 俺はおもむろに謝っていた。

 ここに皆が来てしまうきっかけは俺がつくったためだ。

 だが、


「貴様が謝ることではない」


 ヴァイオレットは頭を下げる俺の肩を叩き、そう言った。


 さて、弱ったな。

 適当に魔法を唱えたり、攻撃を繰り返したりしても、ダメージが入っている感じはあるが、俺たちが抜け出せそうな気配は一切ない。

 おそらく胃を突き破って外に出ようとしているのだろうか——残念ながらそこまでのダメージが入っているとは思えなかった。


 その他、足場を増やして首を登ろうだとか、胃酸を潜って尻から出ようだとか、色々な案が出たが、どれもこれも現実的な内容ではなかったため断念することとなった。


 そんな中で、俺はふと「吐き出されるように何かしてみては?」と発言する。それにはヴァイオレットも「名案だな」と言葉を付け足してくれたが、ベクトールは「胃壁を刺激して吐き出させようとしたが失敗した」と小さな声で言い返したため、俺たちは納得せざるを得なかった。

 だが、聖職者ヒーラーであり無口なエルが、「胃もたれ」と言う意味深な一言を残し、皆一斉にその発言に注目する。


………


……



————ッ!


 そして、


「——そうか、胃をいっぱいにすればいいんだ」


 俺は最適解にたどり着いた。



★ ☆ ☆



 聖職者であるエルは、医療に精通していた。そのため、生物の体に関して知識が豊富だったので——彼の発言により、俺たちは希望を抱き始めた。



 考えはこうだ。

 何らかの方法で胃の中身をいっぱいにし、胃もたれの状態を作って吐き出させる。

 ——本来ここに魔法使いが居たら、水でいっぱいにして脱出——なんてこともできただろうが、今はそうとも言っていられない。


 取り敢えず、今あるものを整理すると……


※ ※ ※


【仲間】

・ベクトール(拳で抵抗するおじさん)

・ヴァイオレット(大剣アマゾネス)

・俺(農民)

・ミラ(霊媒師シャーマン

・エル(聖職者ヒーラー


使えるアイテムは————

・各種種が数粒

・雑貨

・クワ

・その他回復薬などの薬品類


………


※ ※ ※


 ——ダメだ、胃をいっぱいにする手が思い浮かばない。

 回復薬とかの薬品類を適当に混ぜ合わせて何かしらの反応を起こせればいいのだが、そんな都合のいいことなんて起きるはずもない。


「例えば……水なんかがあれば————」


そう、俺が一人悩んでいたところに、


「胃をいっぱいにすればいいんだよな?」


 ヴァイオレットが俺に声をかけてきた。



 確かにその通りだが、魔法が使えるとも思えないこの人に何ができるのだろうか。何か特別なアイテムが——? いや、そんなアイテム聞いたこともないし————


 そう思っていると、ヴァイオレットは冒険の書を開き、中から複数の青い石を取り出した。

 その石は、どうやら魔晶石のような形状をしており——


「それは——」


「——ん? 知らないのか? これはルーンストーンだよ」


 俺は口を開けたまま固まっていた。



 ルーンストーンとは、戦闘用に使われる魔晶石の総称だ。——ただ、それを扱うには「ルーンマスター」と言う職業に就いていないといけないわけで——ヴァイオレットをただの戦士だと思い込んでいた俺はひどく驚いた。


 しかもルーンマスターは上級職。そりゃ驚くさ。


 そうこう思っていたところで、彼女は突然呪文を唱え始め、


「Create Water(水よ来たれ)」


 わけのわからない言語は、おそらくルーン言語だろうか。それを唱えたのちに、彼女が片手に持っていた青い石が光始め、そこから水が滝のように溢れ出した。


 酸のたまった部分は屍たちに封じられ、無尽蔵にあふれ出る水は、胃の中の水位をどんどん高める。俺たちが完全に水に包まれた頃合いで、胃は水で満たされ、それでもなお水は溢れてやまなかった。


 そして、それが限界を迎えた時——


 満たされた水に流れが発生し、それは瞬く間に首を昇って————俺たちの視界がはっきりした時には既に、そこは霧に包まれた森の中だった。



★ ★ ☆



 息を止めていた俺たちは、その瞬間に思いっきり息を吸い、そして呼吸を整えた。

 オオカミはと言うと、脊椎の損傷と体内へのダメージ、吐き出したことによる疲労でぐったりとしていた。


 よく見ると、治療はすでに終わっているようで、アルルは俺たちのことを心配していたのか、吐き出されたことに対してとてつもない安心の表情を浮かべていた。


「————今だッ! 封印を頼む!」


 呼吸を整えたベクトールが、現状を把握してアルルに呼び掛けた。不意だったのでアルルは驚いたが、すぐに体勢を整えてオオカミのもとへと向かう。


 そして、ぐったりと臥せっていたオオカミに、何やら特殊な詠唱を唱え始め————


 ————ンガァッ!!!!


           ————ッ!!!!


 その時、オオカミが首を思いっきり振ってアルルを跳ね飛ばした。最後の抵抗だろうか——


 俺はそれをきっかけに、オオカミのもとへと飛び込み————


「うぉりゃぁあ!!!!」


 何の武器も持たず、拳のまま奴の頭を飛びながら殴った直後、奴の体から禍々しいオーラがあふれ、それが俺の胸ポケット付近に集約していった。


「——いったい、何が起きたんだ?」


「私も初めて見る。このような光景は————」


 ヴァイオレットとベクトールが、その光景を目にしながら唖然としていた。

 弾き飛ばされたアルルも、頭を押さえながらこちらへと近づいてきて、そこに臥せったオオカミをもう一度封印しようと試みた。


だが————


「————うそ、死んでる?」


 その体に、奴の魂はもうなかった。



★ ★ ★



 獣王個体オリジンは、もし仮に倒された場合、その魔力は別の個体に受け継がれると言われている。そのため、いくら倒しても第二、第三の獣王個体オリジンが生まれてしまい、それは永遠に繰り返されると言う。


 そのため、奴らは「倒す」のではなく「封印」しなければならないのだ。


 そして、奴らが倒された場合、魔力があふれ出てどこかへと飛んでいくのが目視できるらしいが——今回はなぜかそれが、俺の体の中に吸い込まれていった。——と言うより、胸ポケットにしまい込んだお守りに吸い込まれたと言った方が正しいかもしれない。


 ベクトール及びヴァイオレットは、俺のお守りに興味を示し、巾着状のソレを開こうとしたが、その口がどうあがいても開けないことに気づく。挙句、大剣をぶん回して切り刻もうともしたが、なぜだかそれ一切のダメージを負わずにそのままの形で維持していた。


「な、なんなんだコレは————」


 ヴァイオレットはどうしようもないような表情でそれを睨みつけていた。


 その後ベクトールからお守りについて色々聞かれたのでそれについて答えた。そしたら「一度預からせてもらえないだろうか」と持ち掛けられたので、「これは父親からの形見なので渡せません」とはっきり断った。

 彼は「仕方ない」と言う表情で、潔く諦めてくれた。



 そして、狼王の亡骸から、やつの爪なり牙なりを回収し、残った死体を分割して冒険の書にしまい込むことで、その場には初めからなにもなかったかのような状況を作り上げた。

 ——死体に群がって他の魔物が寄り集まってしまうのを防ぐためらしい。


 まあ、聞いた話だと、俺がブリトニーを助けるためにポールやフィリアと戦っていた時に、ベクトールたちはワーウルフを一掃していたみたいで、寄り集まる魔物は大した奴らじゃないのだが————


 何はともあれ、大した犠牲もないまま全てがうまく収まってよかったよ。



 こうして、短いようで長かった、一夜の「ブリトニー争奪戦&狼王討伐」は幕を下ろした——

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