~強くなるために~
第38話「擬似進化」
すべてが片付いた俺たちは、手負いである人間が何人かいたこともあり、急いで街へと戻った。
今回の討伐に関しての色々は、また後日時間を設けて話し合いを行うらしい。きっと俺も呼び出されるんだろうが、今は彼らと別れ、急ぎブリトニーを医療棟へ連れて行かなければ——
俺はいつものごとく、また彼女を背負って走っていた。
★ ☆ ☆
大聖堂隣、医療棟——
完全に日が沈み、外は月明かりに照らされながらもほの暗かった。
そんな中、俺は背負ったブリトニーを治すために、医療棟へと足を運んでいた。またここに来ることになろうとは。
正直この場所を信用していない。しかもアイツに借りを作っているようで癪だ。——だが、今は頼る以外に方法がない。
相変らず、謎に落ち着く空気だな。
そう言えば、今日はこの前と違い人が少ないな。
俺は受付にいた修道女に冒険の書を提示して、「すみません、あの——」と声をかける。
「……冒険者のクロム様ですね。本日はどうされましたか?」
俺は背負っていたブリトニーの方をチラチラと見ながら説明する。
「あの……魔物との戦闘で——」
「お怪我をなされたのでしょうか?」
「いえ、そうではないんですが」
「…………?」
声をかけてきた修道女が頭に「?」を浮かべる。
そして、背中のブリトニーの手首辺りを握り、何かに納得する。
「——どうやら魔力切れの症状に近いようですね」
そう言われると、別の修道女が担架とともに現れ、ブリトニーはそれに乗せられどこかへと運ばれていった。
「少々お待ちください」と言われたので、俺は、以前と同じ椅子に腰を掛け、ただじっと待っていた。
そして、数分が経った頃、俺は呼び出されてある一室に案内された。
妙なスクリーンや機械が立ち並ぶ一室。一つの机が設けられ、白衣の男がその前に腰を掛けていた。
ここは診察室だ。
「冒険者のクロム・ファーマメントさんですね? ささ、そちらにおかけになってください」
「あ、どうも」
俺は言われた通りに目の前の指し示された椅子に座る。
「あれ、以前はこんな部屋に案内はされなかったんですけど……それとヴェルスター司教は?」
「ああ、司教様なら現在別件で出ておられます。それからカルテ通りですと、以前は証明書をお持ちではなく、司教様直々の特別処置と言う形になっているみたいなので——そのため本日とは扱いが異なっております」
「そう……ですか」
そうか、アイツは今ここにはいないのか。
前回の件、特別処置みたいなことは聞いていたけれど、本当だったんだな。
「さて、ブリトニーさんの症状なのですが、『
——そうか、あの修道女が言ったことは正しかったみたいだな。
貧魔とは、貧血の魔力バージョンだと思ってもらっていい。症状もよく似ているが、極端かつ一気に魔力を失えば、最悪死に至る場合もある。
「一晩休めば時期に回復するでしょう。本日はこのまま入院していただくことをお勧めします。——ところで、体質にもよりますが貧魔でこのような状態になることも稀です。こうなってしまった原因について、何か心当たりはありませんか?」
「実は——」
俺はここで、さっき起こった出来事をある程度話した。
「——なるほど……で、魔物に襲われかけていたところ、いつの間にか姿を変えていた、と」
「——はい」
「——クロムさん、出身はファールス村でしたよね?」
「はい、そうですがそれが何か——」
「うんうん、なるほどなるほど……」
白衣の男、医者は納得したかのように頷いている。
そして、俺にわかりやすいように丁寧に語り始めた。
「結論から話します。ブリトニーさんの身に起きた変化はおそらく『擬似進化』と呼ばれるものです。これは亜人種の中の一部が保有するスキルであり、肉体的、または精神的に窮地に陥った際に、その生物本来の姿に近いものに変身する本能的な能力です。しかし、絶大的な力を手に入れられる反面、魔力の消費が激しく、また、人によっては自我を失う場合がございます」
「————ッ!」
※ ※ ※
擬似進化——またの名を「野生化」と言う。
それは、ある一定の種族が持つ特殊能力の一つであり、形態を変化させて一時的に潜在能力を開放することを言う。
※ ※ ※
「おそらく、ファールス村周辺ですと亜人種との接点も薄いと思いますし、ご存じでないことも無理はありません。ただ、このスキルを発動、維持するには膨大な魔力を必要とするため、今回はこのような状態になってしまったのだと思われます」
「…………」
そうか、あれはそういうものだったのか。
確かに、戦闘能力は化け物並みに強かったと思う。だが、それに対する維持コストも化け物並みってことだ。
それと、自我も失っていたしたまったもんじゃない。
医者が渋い顔をしているな。
つまりそう言うことだろう。
「今後、発動してしまわないよう、十分にご注意をお願いします」
ああ、そのつもりさ。
だって、あんたの表情からして、乱用すると下手すりゃ死ぬってことだろ?
俺は、真剣なまなざしで強く頷いた。
★ ★ ☆
体中に傷はある——だが、流血することもなく、それほどひどいものでもなかった。なので俺は普通に動くことができた。
狼王も討伐した。
ブリトニーも救い出せた。
犠牲者は一人としていなかった。
——それなのに、なぜだかやるせない気持ちでいっぱいだった。
そんな気持ちを抱えながら俺は、かつて訪れた「グリッド・ビーンズ」へ足を運んでいた。
たった一人で訪れたそのレストラン。雰囲気はどことなく落ち着いていて、今日はそこまで賑やかではなさそうだ。
俺は、ウェイターにバーカウンターの席へと案内された。
カウンターに面した一つの席に座り、グラスを拭くマスターに「コーヒー牛乳」を注文する。それに対しマスターは不思議な顔一つせず、コクリと頷いて作り始めた。
それを待っていた時だ。
「おいアンタ、バーカウンターで酒……頼まないつもりかい?」
「…………」
俺の隣に座る丸っこくてちっこいおっさんが声をかけてきた。
不愛想な笑みを浮かべるそのおっさんは、見た目からは想像がつきにくい甲高い声で俺に話しかけてきた。
「なぁ、せっかく隣の席なんだし返事くらいくれてもいいんじゃないか?」
俺は『めんどくさそうなおっさんだな』と心の中で思いながらも取り敢えず会釈した。するとそれに対して、
「おい。アンタ。初めて会うのに挨拶もなしか? こっちを向いて握手しろ」
そう言うと、おっさんは俺の方へ手を伸ばしてきた。
………
……
…
会話を進めていくうちに、初めは面倒だと思っていたおっさんは案外面白い人だと思えるようになっていった。
どうやらおっさんは遠い場所から訪れた移民で、名前を「ライ」と言うらしく、おっさんの地元の方では「嘘つき」と言う意味があるとか。だからおっさんは「今話している内容も全て噓かもな」と言う意味ありげな言葉を不敵な笑みを浮かべながら語っていた。
おっさん——ライの卓にはハンバーガーやらフライドポテトやらのハイカロリーな料理が数多く並び、俺にも「食うか?」と差し出してきたが、今は食欲がわかなかったため遠慮した。
そんなことをしている間に、マスターが「コーヒー牛乳」を出してくれて、俺はライと乾杯した後にそれを飲み干した。
「おうおう、良い飲みっぷりだ。……で、酒は飲まないのか?」
どれだけ酒が好きなんだこの人は。
「いや、俺まだ未成年なんで——」
「ほへー、未成年がこんな時間に一人でバーとは……なんか辛いことでもあったかい?」
心の内を探るようなライの言い回し。普通なら心の内なんか見透かされたら嫌な気になるが、この人の言葉に悪意は感じられなかった。というより、どことなく安心感が持てたので、俺はこの人に「今日あったこと」を話した——
「————そうかい、そんなことが」
なぜだかわからないが、今日初めて出会ったただの隣に座る人に、俺は身の上話も含めたあらかたの事情までぶちまけていた。
★が少なくて弱いと言うこと。
ブリトニーを暴走させてしまったと言うこと。
それ以外にも、妹の件や冒険者試験での出来事など、挙げればきりがないほどの内容を俺は話していた。なんなら、感情的になりすぎて涙が流れたくらいだ。
そんなこと聞かされたら、普通初対面だから困惑するだろう。
——だが、ライはグラスの酒を一気に飲むと、デカい口を大きくニヤリと開けて、
「なら、強くなればいいんだよ」
そう、俺に言った。
——いや、俺だって強くなりたいさ。でもどうやって——
「どうやって強くなれば————」
「そんなの自分しかわからないだろう。強さなんて色々なんだから、戦いにおける強さばかりに気を取られていないで、それ以外の強さにもしっかりと焦点を当ててみることが大切だ。——ま、努力してみるだけ価値はあると思うぞ」
そして、俺から顔を逸らし、正面を向いき、
「強くなる方法は一つじゃないんだから、まぁ、頑張んな」
ライはそう言うと、マスターに酒をもう一杯注文した。
強くなる方法——か。
確かに、今まで俺は、力を付けて強くなろう、周りを見返してやろう、マナを救えるだけの存在になろう、としてきた。だが、一度考え直すには言い機会かもしれないな。
全ての発端は俺が弱いことが原因なのだから————
そう、胸の内に思った頃、不意に冒険の書に通知が入った。
俺はそれを読むと、いてもたってもいられなくなり、
「すみません、急用ができてしまったので今日はこの辺で」
そう言って懐の財布を漁っていたところ、
「あぁいいよ、オイラが払っておくから」
と、ライが制止を促してきたため、俺はその言葉に甘えることにして彼に感謝の言葉を残し、そのまま店を後にすることにした。
「——クロム・ファーマメントか。……フッ、運命とは面白いものだな——」
ライは一人、新しく届いた酒をゆっくりと口に運んでいた。
★ ★ ★
カキン、カキン————
——ふう、これだけ掘ってもまだ出やしない。
一体どれだけ掘ればいいんだ。
冒険の書に一通の
日はとっくに落ち込んで外は真っ暗。しかし、洞窟の中にいる俺にとっては何ら変わらない。
パーティメンバーも医療棟のベッドの上。俺はその隙に内職内職——
なんだかんだで、俺が弱いってことが全ての原因なんだ。だからこそ——俺がもっと強くならないとな——
俺は一人、ツルハシ片手に黙々と採掘する。
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