~狼王~
第34話「レイドからの追放」
「ねぇ————しっかりしてよ!」
完全に意識をなくし、その場に倒れ込むフィリア。からだ中には刺し傷がたくさん、大量の穴が開き、まるで蜂の巣のようになっていた。
今は、横で気絶するブリトニーと同時に、アルルの魔法によって回復を図っていた。
生憎、あんなに激しい戦闘を繰り広げたのにもかかわらず、ブリトニーの方は魔力切れと同じ症状だけで済んだため何とか助かりそうだったが、フィリアの方は物理的ダメージが多すぎて、とてつもなく危ない状況に陥っていた。
それに対しては俺も気が気じゃなかったが、ポールの方はと言うと俺なんかよりも比べ物にならないくらいに取り乱していた。
しかし、
「絶対に救います……たとえどんなに絶望的だったとしても、私は彼女を救ってみせます」
今は、アルルを信じるしかなかった。
周りに飛ぶ精霊たちも、心配そうに乱れ舞っている。それに対して「あなたたちも、主が大変なのだから協力しなさい!」と、アルルに叱られて協力していた。精霊術師でもないのに精霊を従えるとは、末恐ろしい人だ。
そして、皆が見守る中、ある時を境に彼女は魔法を止めた。
それを見ていたポールは、珍しくアルルの胸ぐらをつかみながら罵声を浴びせた。
「なんでやめちゃうんだよ!!!!」
その声に対し、アルルはひっそりと笑顔を見せ、
「すごい人です。このエルフの方は。ナイフの切れ味が悪かったとはいえ、これほどの回数刻まれたら、普通なら助からなかったでしょう」
その一言を受け、ポールは茫然とした。
「……と、言うことは——」
「えぇ、治療は無事成功です」
アルルは、一つ息をついて、笑顔を見せた。
★ ☆
本来ならば再起不能のダメージ量。
救いだったのは、切れ味の悪い、殺傷能力の低い歪なナイフが用いられたこと。
もう一つは、精霊たちのサポートによる無尽蔵な魔力供給が可能となったこと。これにより、アルルのガス欠は免れた。
そして、彼女がエルフだったこと。エルフとは長寿の種族で、生命力が他の種族よりも秀でている。
だが、最も讃えるべきはアルルの存在だ。彼女が居なければ今の状況は生まれていない。彼女の魔法がなければ、フィリアは助かっていないだろう。彼女が俺について来てくれなければ、彼女と俺が喧嘩したままだったら、現状は生まれていなかっただろう。
その他、数多くの要因が絡み合って、それらは狙って導いたのではなく偶然なことが多かったが、それでも救うべき者を皆救うことができた。
本当に、良かった————
歓喜の渦に呑まれ少し経った頃、ようやく俺たちは落ち着きを取り戻す。
一命をとりとめたとは言え、彼女たちは目を覚ますことなく深い眠りについている。そのため、急ぎ専門機関に向かうことが最優先されるが————
俺はブリトニーを背負い、アルルに声をかけてその場を後にしようとした。
「————あっ、クロムちょっと……」
その時、ポールが俺を呼び止めた。
「わるい。俺にはまだやるべきことがあるんだ」
「それなら僕も————ッ!」
「ポールはその子を、早く病院に連れて行ってやりな」
「でも…………」
ポールが口ごもる。
そう言えば、俺は彼から話を何も聞かなかったな、結局。フィリアとの関係も、ブリトニーを襲った理由も、かいつまんで聞いたが、詳しいことは何も知らないままだ。
だが、そんな彼とでも、一目見ただけで意思を疎通させ協力できたことに、俺は深く喜びを覚えていた。感動していた。
冒険者に成る前に共に行動していただけの関係。だが、一度はお互いで助け合い、命を懸けた関係。そして今も、あの時と同じように。
そんな彼に、俺はファルコの件もあり、冷たくあしらってしまった。それだけが心苦しかった。だから、
「————それと」
俺は口を開いた。
「あの時——冒険者に成ったばかりの時、素っ気ない態度をとって悪かった」
ポールの方を向き、深く謝罪をした。
深く、深く————
俺が背を向け、そのまま歩き出す。
背後には、フィリアを抱えるポールの姿がある。
察したのか、ポールは俺をこれ以上引き留めようとはしなかった。そして、
「すべてが終わったら……ご飯でも食べに行きましょう」
そう、俺の耳に聞こえたのを機に、俺は右腕を上げ、グッドサインを見せた————
『イッケンノメッセージヲ、ジュシンシマシタ』
少し進んだ先で冒険の書が俺を呼ぶ。
軽く冒険の書を広げ、そのメッセージとやらに目をやった。そこには————
『「冒険者:ポール」から
はい:いいえ』
やれやれ、存外食えない男だ。
俺は自然と笑顔がこぼれ、その申請に承認した。
そして、その後すぐに、
『 が ん ば れ 』
の一言が、彼のチャット欄に表示されていた————
※ ※ ※
『ポール』と
※ ※ ※
★ ★
日が陰り始めていた。
同盟の仲間たちとは相当離れてしまったみたいで、今は地図を開きながらやっとの思いでその場に向かっていた。生憎、体中の傷は氷で止血したことや時間の経過もあって何とか収まっており、そのため血が漏れ出す心配もなくなり、かつその血の臭いにつられて魔物があふれるってこともなかったのが不幸中の幸いだが。
地図を見た感じ、彼らも俺らの方へと近づいてきている。
これならもうすぐで合流できるぞ。
皆はなんて言うだろうな。俺がブリトニーを連れて帰ったら、皆はどんな顔をするだろう。それだけが楽しみでならない。
そうこうしながら走り続け、俺たちはようやく団体に追いついた。
草をかき分け、バサッという音を立てて、彼らの正面に顔を出す。そこに見えたのは、手負いのメンバーと、無表情でたたずむベクトールだった。
俺は、再会できた安心感、手負いながらも皆が無事だったこと、ブリトニーが無事だったという喜びから、
「無事に仲間を連れ戻すことができました!」
と第一声に大声で言い放っていた。
……だが、おかしなことに皆苦笑いだ。ベクトールに至っては表情が読めない。それになぜか、拳を強く握りしめているのが見えた。
そんな中で、俺が一人ヘラヘラしていたところ、目の前にヴァイオレットが現れて、
バチンッ————!!!!
「————ッ!」
俺の頬を思いっきりひっぱたいた。
————は?
なぜ叩かれなければならないのだろう。目的であるブリトニーを、俺は連れ戻したというのに。
戦闘をほっぽり出したからか?
「貴様————なぜ勝手な行動をした」
ヴァイオレットはアルルの方を向き、
「貴様もだ」
可愛らしかった声からは考えられない、ひどく冷酷で低い声で問い詰めてきた。
勝手な行動——
「言われていたはずだ。勝手な行動をするなと。だが、なぜ貴様らは我々を置いて現場に向かった?」
ことの発端は俺だ。
ポールの悲鳴を聞き付けて、それと同時にブリトニーの気配も感じたので、急がないとならない気がしてそちらに向かったんだ。そう、初めに言われたベクトールの忠告を無視して。
だが、
「急を要すると思ったから————悲鳴が聞こえて助けなきゃと思った。だからそっちへ急いだんです」
「急ぎなら忠告を無視してもよいと?」
「いえ————でも、俺はこうしてブリトニーを救い出してきたじゃないですか」
「————ッ!」
咄嗟に出た正論——いや言い訳か。だが、俺がブリトニーを救い出し、結果なんの犠牲も出さずにこの場へ戻ってきたのも事実。俺が離れたことで同盟のメンバーに死者が出たわけでもない。
だから、俺自身の言い分も一応筋は通る。
だが、ヴァイオレットはそんな俺の言葉を受け、俺の胸ぐらをつかんだ。
「貴様——ッ! もう少し知恵の回る人間だと思っていたがまさかここまで愚か者だったとはなッ!」
その時、低い声で、
「待て」
と響く。
ヴァイオレットが振り返ると、そこには何とも言えぬ表情のベクトールの姿があった。
ベクトールはそのまま歩み寄り、ヴァイオレットの肩に手を置く。そして、ヴァイオレットを後ろに誘導し、彼は俺の正面に立った。
「クロム・ファーマメント…………。おまえ、もう帰れ」
「————え?」
突然の出来事だ。
彼の発言は、俺を追放するそれと同義のものだ。
いや、いやいやいやいや、え? ここに来てそりゃ——
「おまえにとってここに来た目的は、その娘を救い出すこと。しかし、今じゃお前はその娘を救い出すことに成功している。……なら、我々に同行する理由はないだろう」
確かに、ベクトールの言う通りだ。
俺がここに来たのは、ブリトニーを救うため。そのブリトニーは今、俺の背中にいる。
その状況で、俺が彼らに同行する理由は実質的にはなかった。
だけど————
「でも…………」
ここでおずおずと帰ってしまうのは、ここに来た人間として違う気がしていた。この同盟に参加していることはつまり、
だが、
はぁ————
ベクトールは深いため息をついて腰を落とし、拳に力を溜めてから、俺の腹元めがけて拳を繰り出した。
とてつもない衝撃で、俺含め背負っていたブリトニーもろとも吹っ飛ばされた。例の試験説明会の時と同じだ。
尻餅をつく俺に、ベクトールはゆっくりと近づいて言葉を続けた。
「このままでは、私がおまえらを殺してしまう。————だから、早く帰れ」
「そ、そんなこと————」
その時、ベクトールの表情が鬼のような形相に豹変し、
「とっとと帰れッ!!!!」
「「「「————ッ!!!!」」」」
今までに無いくらいの、超大きな怒鳴り声で俺含む周りの連中の耳を貫いた。
それと同時に、ヴァイオレットがベクトールに寄り添って、
「少し落ち着きな」
と一言。
それに対して、
「あぁ、落ち着いているさ」
と冷静に返すベクトール。しかし、その声はどこか悲しみを含んでいるかのようだった。
そして、俺たちに背を向けたベクトールが背中越しに、
「森は魔物が多いから転移で帰ると良い。——それと、同じ過ちは繰り返すなよ」
と一言添えて、他の連中を連れてその場を後にしようとした。
彼の言ったことは、パーティメンバー云々のことだろう。最後まで心配なのか怒っているのかわからん男だ、と、心の中で深く思う。
仕方ない、ここまで言われてついて行くのも野暮だな。
こんな感じでみんなと別れるのは癪だが、背負ったブリトニーの容態も気になるし、今回は言われた通りにするか。
そう思い、パーティ登録を行おうとした丁度その時だった。
遠ざかって行こうとしていた彼らと俺らのちょうど右側から、超巨大な化け物が木々をなぎ倒して突如現れた——
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