第32話「竜の子VS金髪 & エルフVS農民」

 俺の背後に立っていた彼女は、「聖女セイント」と呼ばれていた同期の冒険者。名をアルルと言い、俺が嫌った正教会を出身とした幼子おさなご——そのため俺は彼女のことも敵視することになった。

 しかし、先ほどの一件から、俺は彼女の本当の意思を理解した。

 全ては誤解だったのだ。


 そんな彼女が、今俺を助けてくれている。

 どうやったかはわからないが、きっと何かしらの魔法による効果だろう。


 でも、なんで彼女がここに——?


「なんで……キミがここに——?」


「……なんででしょう。心配だったからでしょうか?」


 頬を染めながら、笑顔で彼女は答えた。

 俺は彼女に近づこうとするが——


「まって」


 彼女は俺を引き留める。

 そして、


「光の精霊よ、我に力を与えたまえ。聖なる瞳でかの者に姿を見せよ——」


 瞬きと同時に変わる景色——俺の視界に映る景色は、無数の小さな光たちによって遮られていた。

 ブリトニーの回りはと言うと、その中でも水色の光が多くを占めてまとわりついていた。


「な、なんだよこれ」


「これは精霊です。きっとあのエルフの使い霊でしょう。触れると危険なモノもおりますのでお気をつけて」


 精霊——?

 精霊って言ったら確か、魔法を唱える時に力を貸してくれるって言うあの精霊だよな? 本来なら絶対に見ることはできないけど、一部適性を持つ者なら視認できると聞くが……それに、精霊を意図して操作する精霊術師も存在するとか——まさか、あのエルフはその精霊術師なのか?


 無数の属性の魔法を無詠唱で放てたこと。ブリトニーが突然凍り付いたこと。そして、現在ここに無数の精霊が寄り集まっていること——初めて出会った時、誰かと話していたのはもしや、精霊と話していたのだろうか?

 そう考えると全て辻褄が合う。彼女はきっとそうだ。精霊術師なのだ。


 ……だが、精霊術師はあまり出回っていないレアな職業。何ができるのか、全く見当もつかない——。



 ——と、そんなこと考えてる暇なんてないだろう。



 とにかく、アルルに現状を端的に理解させて、二人の圧力に押しつぶされそうなポールを助けなければならない。


「とにかく——説明は後だ! 今はあの挟まれてるやつを何とか助けてくれ——ッ!」


 その大声で、アルルはコクリと頷き、


「星よ、かの者に力を与えたまえ——」


 杖軸を中心に光の球が生成されて、それがポールの方に飛ぶ。それはポールの体にぶつかって弾け、その瞬間、彼のオーラが見る見る増したのが分かった。


(力が急にみなぎってきた————)

「こ、これって————クロム、これはっ!?」


「俺もよくわかんないけど、たぶん何とかなったと思うぞ!」


 そう言うと、彼は内に力を溜め、そしてそのまま力ずくで、彼を挟む二人を弾き飛ばした。


 パワータイプじゃないはずのポールが、あんな力を使うなんて——どうなっているんだこれは。


 吹き飛ばされたうちに一人であるブリトニーは、凍り付いた部分もすでに溶けており、すぐに体勢を立て直してポールに飛び掛かった。ポールはそれから距離を取ろうと、少し身を後ろへ——しかし、彼の後ろには水色の光が——それと踏み込んだ足場が光り始め——


 彼の体の一部が一瞬にして凍ると同時に、彼は燃え盛る炎の渦に呑まれた。


「……お、おい……うそ……だろ……? …………おいポールッ! おい————ッ!」


 二人が仕掛けた空気中の地雷と、足場の地雷。それが同時に発動し、彼はその餌食となった。

 燃え盛る炎から彼の姿を視認することはできず、ましてこの状況で無事だとは到底思えな————


「この程度でられることはありませんよ」


 ————え?


 俺のそばまで近づいてきていたアルルが、俺の隣でぼそりとつぶやく。——いや、どうしてあんたがそんなこと言えるんだよ。だって現にポールは————


 俺が再び視線をポールに戻したとき、そこには一切変化のないポールの姿があった。


「————は?」


 俺は唖然とした。

 いや、確かに凍った後炎に包まれていたよな。あれじゃ身動きも取れないままモロに食らうしかないはずなのに、どうしてだ。まあ、無事なことに関しては良かったが——


「星の力は——あの程度では破られませんよ」


 ブリトニーが再び口を開く。

 その表情は笑顔ではなく、真顔だった。


 ポールは自分の手をグーパーしながらそれを眺め、何かを確認していた。


「おいポール! 平気なのか!?」


 俺が呼びかけると、一瞬気づかなかったが、すぐに気づいてこちらに視線を向けた。


「————ク、クロムッ! 僕に一体何をしたんですか!? 力もみなぎってくるし……それに痛みすらほとんど感じませんでしたよ!?」


 いや、俺だってわからないさ————


 彼女に頼んだ。「ポールを助けてくれ」と。しかし、こんな状態って——俺の理解をはるかに超越している結果だった。

 力が上がるどころか、頑丈さも上がっていると言うことだよな?


「いや、俺にも————」


 俺が困惑していると、アルルが割って入った。


「ですから、星の力を分け与えたのです」


 星の力——?


 確かに彼女の詠唱は「星よ」から始まっていた。そんな詠唱聞いたことなかったが、聖女特有の魔法なのだろうと、あえて聞かなかったんだ。

 だが、その星の力とは?


「分け与えたって————力……いや、攻撃力を上げてくれたんじゃないのか?」


「いえ、そんなことはしていません」


「じゃあなにを————」


「総合能力に上乗せしただけですよ、星の力を」


「総合能力?」


「はい、その人の持つ力の全てに上乗せしたのです。つまり、攻撃力、守備力、素早さ……など、具体的に挙げればきりがありませんが」


「————ッ!」


 嘘だろ? そんなことが本当に可能なのか?

 本来魔法で身体能力を向上させる場合、以前俺がおっさん冒険者からかけられた「クイック」みたく、一個ずつしか能力を上げられない。

 だが、彼女は一つの詠唱でポールの身体能力の全てを上げやがった。それも、とてつもなく大きく————


 こんなことができるやつを俺は聞いたことがない。これじゃただのチートじゃないか。


「どうして————総合能力を? 攻撃力だけでも良かったんじゃ?」


「だって、一つずつ上げるより、全部一気に上げてしまった方が手っ取り早いですよね?」


 この子にとってはこれが当たり前なんだ。できることが。


「……ただ、力の影響が切れるまで、他の魔法を一切使えなくなるのがネックですが……」


 唯一最後の文言が引っ掛かるが。


 本人の言い分はよくわかる。しかし、それは才能のない奴からしてみればただの嫌味にしか聞こえないことだろう。だが、彼女は悪気があって言っているのではない。 彼女の発言は正論なのだ。


「————もしかして私、またまずいことしてしまいましたか……?」


 俺の反応を不振がったのか、彼女は少し困惑した。

 ほらな、やっぱり悪気がない。彼女は天才で、それでもって天然なのだ。これでは小さい頃から誤解されることも多かっただろうに。


「……いや、そんなことはないさ。ポールを助けてくれてありがとう」


「————ッ! い、いえいえ!」


 俺は優しく感謝の言葉を伝えた。

 彼女は、少し照れながら、しかしとても嬉しそうに微笑んでいた。



 力みなぎるポールに、これでもかと襲い掛かるブリトニー。ポールは先ほどのシールドを剣に変えて応戦する。

 さっきから気になっていたが、変幻自在のあれは一体何なんだ——? かつて見た銃に模様が似ているが——


 その反対側には、吹き飛ばされたことによって腰を強く痛めその場に座り込むエルフの少女。——しかし、ゆっくりと立ち上がって、再びブリトニーの方へ檄を飛ばしていた。


 現在、ヘイトはその中央に位置するポールに向けられている。

 無双できそうなポールにすべてを任せるのも一つの手かもしれないが、「長時間は持たない」と言うアルルの言葉を受けたこともあり、俺はそのまま突っ込む。


 風を切る速さで、右腕の傷口から血が流れ、それが風に乗ってひらひらと宙を舞っている。


「————ッ! クロムさん、腕に傷を——ッ!?」


「大丈夫だッ! ——それよりあんたは自分の身を守ることに専念しろッ! 力使ってる間は他の魔法が使えないんだろ?」


 だが、俺にとって腕の傷なんて関係ない。


 俺は、ポールと背中合わせで立ち、エルフに向けてクワを構えていた。



 傍から見れば絵になるような綺麗な配置。俺たちは直線状に並び、唯一アルルのみが少し離れた場所で見守っていた。


「————ッ! クロムッ!?」


「背中は任せろ。俺の背中は任せたぞ」


「…………わかりました」


 俺とポールは、お互いに強く武器を握りしめた。


 エルフは氷を剣状にして構え————

 そして、彼女たちはそのままこちらへと突っ込んできて——俺たちはそれぞれの攻撃を受け止めた。

 


 そのまま、互いが互いの攻撃をいなしながら激しい戦闘が繰り広げられ、俺とポールは隣り合わせとなった。


 武器と武器とが重なり合って拮抗する現状。お互い力もほぼ互角だ。


 そんな中、俺は横目でポールを見た。


「まさかな……ポールがあの子と一緒に旅してるとは思わなかったよ」


 戦いながら話す俺に、「余裕そうですね」と一言添え、彼も横目でこちらをチラチラと見ながら、


「僕自身、今でも不思議ですよ。フィリア……彼女に連れられ森に来て、さらには殺意を抱きながら、彼女はあの子を襲った——」


 と一言。

 フィリア——そうか、あのエルフはフィリアと言うのか。


 その後ポールは「それより」と口を開いて、


「あの子は……一体何者なんですか?」


 と、ブリトニーの方に視線を戻して言った。


 そう、俺たちはお互い何も知らない状態で協力していたのだと、ここで再び思い出した。互いの事情を知らないのに、俺たちはお互いを信じて助けた。

 そして、


「あの子は————ブリトニーは俺の仲間だ。俺の手違いでブリトニーは今、暴走してる。だから、俺はあの子を自分の手で助けに来たんだ」


 お互いの仲間同士が激突している現状。その間に俺たちが立って、ポールVSブリトニー、クロムVSフィリアと言う何とも言えない戦況が生まれていた。

 実に皮肉な戦況だ。


 だが、その複雑な戦況も、フィリアの「溜まった」と言う一言をきっかけにして一気に崩れ去る。


 その瞬間、彼女が何とも言えぬほどの眼力、圧力をここいら一体にまき散らし、ここにいたポール、アルル、そしてブリトニーを一瞬にして硬直させたのだ。






「な、なんで効かないの……?」






そう、俺意外・・・の全員を——

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