第31話「予想外の再開」
立ちはだかるオオカミ。俺を呼び止める声。
今の俺にそれらは関係ない。
行かなくちゃならないんだ。
唸るオオカミに「どけ」と吐く。
……なぜだろう、奴らはその一言で委縮した。
まあいい。その方が、都合がいい。
俺は、ただひたすらにまっすぐ走っていた。
★ ☆ ☆
長い時間、彼女を追いかけて森を走り回った。
もうめちゃくちゃだよ、と心の声が零れ落ちる。
見えるようになった精霊たちも、そこら中に散開していた。まるで彼女を手助けしているかのように。
そんな中、ふいに足を止めた彼女。
僕はそんな彼女の急な行動に、足が追い付かずに大きく顔面からダイブしていた。
「いったぁ……」
草や土が口に入って苦かった。
それ以上に、強打した顔面が痛かった。
涙目で赤くなった患部に手を当てる僕。そんな僕を横目に、彼女がふと口を開く。
「いた」
彼女が視線を向ける先にいたそれは——
赤黒い鎧を身に着けた、竜のような少女だった。
そして、僕がその存在に気が付いた時、それは僕の目の前に立っていて——
バシュ————
「————————ッ!」
「ひっ……ひぎゃぁぁぁぁああああ————ッ!!!!」
僕の眼前で、火花が飛び散った。
しかし、ドラゴン少女は牙のような短剣を突き立ててくるが、不思議とダメージが入っていない。
気が付かなかったが、精霊が僕を守ってくれたようだ。
すぐにリストバンドを武器に変える。
戦闘状況によって自在に形を変えるそれは、精霊術主体の彼女との相性がいい。精霊術は精霊によって多種多様。遠距離も近距離も、基本どんなことでもできるから、片方に特化したサポートでは偏りが生まれる。そのため、お互いが自由な戦闘スタイルは、お互いにとっては相性抜群だった。
ただ、対象が強すぎたため、僕らは耐久戦を強いられることとなり——
数十分の拮抗した戦い。
激しめの戦闘スタイルの彼女を隣に、僕が目にしたものは——
「知っている横顔」だった——
★ ★ ☆
草地を抜け、森に再び足を踏み入れる。
気配は感じるものの、不思議と魔物に襲われることは無かった。
襲われないに越したことは無い。
そして、地図に記されているとともに、巨大な気配を感じたあの場所へと足を踏み入れる————
そこで目にしたものは——
「————? クロム——?」
「知っている横顔」だった——
あの金髪の弱腰は間違いない。
な、なんでここに「ポール」がいるんだ。
封鎖されたはずの森に、逃げろと言われていた森に——なんで彼はいるんだ。
俺のせいで、彼とは気まずい別れになってしまったから、どう顔合わせしたらいいのやら————
それにその隣でブツブツと呪文を詠唱しているのは、あの時馬車で出会ったとんがり耳の少女だ。そして、片手には冒険の書——こいつも冒険者試験を通過できたのか。
ところで、避難はしなかったのか——?
————そんなこと、今はどうでもいい。
俺は取り敢えず周りを見渡して現状を把握しようと試みた。そして、そこで俺は
「————ッ! お前大丈————」
だが——
意識していない一瞬のすきに、俺の目の前にそれは立ちはだかり、とてつもなく素早い動きで、輝く何かを真下から振り上げた。
目視するのがやっとの素早さ、それから繰り出された切れ味の鋭い一撃は、咄嗟に腕で庇わなければ顔面にもろに食らって、下手したら失明しているところだった。無論、代わりにその一撃を食らった俺の右腕からは、えげつない量の出血が確認されていた。それを確認するまで痛みは感じなかったが、確認した途端にどっと痛みが押し寄せた。
——だが、そんな痛み、今は関係ない。
それを食らわせた存在、それは————俺の探し求めていた少女、ブリトニーだったのだから。
右腕を庇いながらその場に立つ俺。警戒心を高め、その場に立つ俺に対し、彼女もまた警戒心を抱いたのか、俺からある程度の間合いを取ってこちらを観察していた。
その姿は、うわさに聞いていた通り角としっぽが生え、禍々しいオーラを放っている。表情も真顔で、そこから彼女の感情が読み取れない。生憎、上半身と下半身はくっついているみたいで安心したが——
とにかく、それは俺の知る彼女ではないのが分かった。
強い一撃——俺の代わりに受けた一撃をきっかけにして覚醒してしまった彼女。現時点で、彼女に理性は残されていないだろう。
そんな彼女めがけて魔法を連発するとんがり耳。その魔法は「火・水・風・土・雷」の五色全部、あらゆる属性の魔弾を彼女に向けてぶっ放していた。
この魔法適正能力は……まさかエルフか?
魔法が使えるのなら、かつて馬車で襲われた時に加勢してくれてもよかったのに……。
いや、そんなことよりも————ッ!
「————おい! 待てッ! そいつは俺の仲間なんだっ!」
「邪魔だよ」
エルフの前に立ちはだかる俺を、そのエルフはなぎ倒して、ブリトニーに間合いを詰める。瞬間的に異常な素早さを見せるブリトニーを相手に、エルフはただゆっくりと近づきながら威圧をかけていた。
確かに、敵としてブリトニーを見るのはわかる。だが、俺の仲間と言う言葉を一切受け付けず、容赦なく攻撃を仕掛けようとしている。——ったく、頑固女が。
俺は、その場にぶっ倒れながらそれを眺めることしかできなかった。
そして——
ブリトニーがその場で構え、次の瞬間には姿が消えそうになると——
「ダメだっ! 動いたらダメだーっ!」
ポールが大声を上げ——少し離れた場所で、ブリトニーの体の一部が凍っていた。
一体、何が起きたんだ——?
俺には理解できなかった。
「普通ならこっちからくっつけるんだけど、みんながオーラを怖がっちゃってさ」
エルフが何かを口走る。
そして、ポールの方を振り向き、
「あなたも邪魔をするの?」
冷酷な視線を、ポールに向けながら。
彼女は再びそのままゆっくりとブリトニーのもとへと近づき——
やばい、このままじゃブリトニーがやられる————
————バンッ!!!!
その途中、踏み込んだ足元の一部が輝き、エルフは巨大な火柱に包まれた。
あれは、ブリトニーの地雷トラップだ。
まさか、正気を失っていながらも、こんな戦術を組み込んでくるなんて。
俺はなぜかガッツポーズをしていた。
「野生化してるくせに、賢い子」
炎を振り払いながらもろともせず、エルフは堂々と姿を見せた。
どうやら、彼女も俺と同じ感想を持ったようだ。
ただ、そんな彼女が一切ダメージを負っていないことの方が俺にとっては驚きでたまらない。
それに彼女は、一切詠唱をせずにあらゆる属性の魔法を放っていた。魔法使いだとして、俺たちと同期の彼女に、果たしてそんなことが可能なのだろうか。
エルフはそのまま再び、ブリトニーのもとへ——
クソ、動かなければ……しかし、なぜだか体が一切動かない。
動けない。彼女を救えない。このままでは本当に——
「や、やめろぉぉぉぉおおおお!!!!」
エルフがブリトニーの目の前に到着し、片手を向けながら、
「さようなら」
——その時だ。
二人の隙間に、金髪の弱腰が巨大なシールドを展開しながら立ちはだかった。
「————どいてよ」
「いいやどかない——っ! 何が何だかわからないけど……わからないけどさっ! この子は
そこに立ちはだかったのはポールだった。
かつての弱弱しい雰囲気は晴れ、どこか安心すら感じさせる。この数週間で、これほど変わるものなのだろうか。
いや、感心している場合ではない。
俺もこの状況をなんとかしなければ——
「光の精霊よ、我に力を与えたまえ。聖なる恩恵でかの者の呪縛を解け——」
俺が試行錯誤しようと考察を練っていた時、背後から何者かの詠唱が聞こえた。
そして、俺の体が温かい光に包まれて、ふとした瞬間に、俺の体は自由になった。
立ち上がり、俺はゆっくりと振り返る。そこにあったのは——
「私もついて来ちゃいました」
頬を染める、さっきまで隣にあった笑顔だった。
★ ★ ★
オオカミの魔物が突如として大発生し、私たちは囲まれた。仲間たちの力で何とか持ちこたえていたけれど、すぐ左の陣形が崩れてしまった。
そのタイミングで、私を襲おうと飛び掛かったオオカミ。
私は、ここで全ての終わりを感じた——けど、私の前に、彼が立っていた。
幼い頃、私が教会に連れて来られたばかりの頃だ。
当時司祭様であったヴェルスター様は、私が訪れる少し前に起った事件について、悪しき教訓としてお話しされることが多かった。その時挙がったのが、「クロム・ファーマメント」——今私の目の前に立っている人物だ。
初め、名前を聞いた時はピンとこなかったが、彼が森に取り残された仲間を助けようとしていることを聞いて「もしや」と思った。そしてそれはその通りの結果に結び付いたんだ。
かつて、ヴェルスター様から悪しき存在として名を挙げられた彼。でも、私はそうは思わなかった。多分、
お姉さまは、彼が実の家族を救うために教会へ訪れ、その家族を連れ出したとおっしゃった。彼は幼く、そして弱かったけど、それでも諦めなかったと——そうおっしゃった。
だからこそ、私にとって彼は、尊敬すべき存在となったのだ。
彼の勇気、諦めない心。聞いただけの、おとぎ話の登場人物のような存在だったけど、そんな彼が私にとっては憧れの存在となったのだ。
そして、そんな彼が今、私の目の前に立ちはだかってオオカミの攻撃から庇ってくれている。
私はその時——かつてから彼を信じて来てよかったと、その時ようやく思ったんだ。
だからこそ、今彼がこの場をほったらかしにして一人で飛び出していったことが気がかりでしかたがなかった。
そして私は——気がついたら追いかけていたんだ。
足跡なんかはなかったけれど、ところどころに不思議な力が残っていた。それは魔力ではなく、
生憎、それをたどると魔物に遭遇しなかった。
まるで、その力が私を守っているかのように——
かさばった服がうっとうしくて、走るのに苦戦する。
思うようなスピードが出せないでいながらも、着実に彼のもとへと向かえている実感があった。
そして、ある程度進んだ時、周りに彼の残したであろう力とは別の何かを感じ、
「光の精霊よ、我に力を与えたまえ。聖なる瞳でかの者の姿を映し出せ——」
そこには、無数の光の球が浮かんでいるのが目に入った。
これはまさか、精霊? でもなんでこんなに——もしかして、精霊使いがそばにいるの?
そして、それらの数がますます多くなり、
私の目の前には、エルフの少女と角の生えた少女に挟まれた金髪の少年——そして、横になっている彼の姿がそこにはあった。
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