第30話「諦めの悪い人」
「
その種において最強の個体。
渡り合うにはSランク冒険者の力が必要とされているが——俺たちは今から、そんな奴が潜む森に足を踏み入れようとしている。
死んでもおかしくはない。ましてうちのメンバーはA一人にB一人とそのお連れさん。そして俺たちDが二人。俺たちが足を引っ張ることになる。
だが、ブリトニーはまだその森にいるんだ。
それは曖昧な予想なんかではなく、確実に言えること。俺の冒険の書に、彼女の信号がはっきりと映っている限り、彼女の命の炎はまだ燃え続けている。
先ほど、お互いの冒険の書に手形を登録して、俺たちは同盟関係になった。それは俺にとって初めてのことだったので、それまでの流れをまじまじと観察していた。
そして、再び自分の冒険の書を確認すると、そこには我が同盟者全員の名前とアイコンが表示されていて——
「地図の情報も共有しておくように」
ベクトールのその発言で、俺たちはそれぞれの位置情報が地図に反映されるようにした。もちろん、その位置情報の中には、ブリトニーのも存在した。
森に入るすぐ直前、ベクトールは俺とアルルに向かって「勝手な行動は絶対にするな」と強く釘を刺してきた。さっきから言っているように、今回は敵が敵だから無理もない。
そして、現在は森の中。共有されたブリトニーの位置情報をもとに、そこを目指して歩を進めている。
前方にベクトール、後方にはヴァイオレットが——そして俺とアルルの回りには例の三人が配置されていた。それはベクトールの指示で、彼の「おまえたちを絶対に傷つけさせない」と言う強い意志が感じられた。
そんな、緊張感漂うガチガチの陣形の、誰一人として口を開こうとしないその空間で、俺の隣を歩く同期の少女がふいに口火を切る。
「……クロム・ファーマメントさん?」
唐突すぎたので少し驚いたが、俺は「はい」と返事をした。
「……やっぱりっ! そうでいらっしゃいましたかっ! クロム様とは聞いていたのですが、フルネームまでは聞いていなかったものですから」
ああそうか。
そう言えば彼女とは自己紹介を済ませていなかったっけ——
「あ、ごめんなさい。あなたには名乗っていなかったですよね……。改めて、クロム・ファーマメントです。今回はよろしく」
「——あ、こちらこそ、アルルです!よろしくお願いします!」
素直そうな雰囲気の子だ。
見た目も俺より幼そうに見えていたが、さっきの話から俺と同期の冒険者なら、年齢は俺と同い年かそれよりも上ってことになる。
それと、さっきの三人に名乗ったからその流れでてっきり彼女にも名乗ったと思い込んでいた————って、ん? なら俺のフルネームを相手が知っていて、それを訪ねてくるのは少し不自然じゃないか?
「ところで、なんで俺の名前を?」
俺はその疑問を率直に尋ねた。
彼女はそれに対して、迷うことなく答えた。
「それは、呼び出された際に『クロム』さんとベクトールさんから紹介を受けたからですよ」
なんか聞きたかったことと違くないか——?
いや、そうじゃない。俺が聞きたいのはその答えではない。
紹介された名前は「クロム」のみ。彼女のさっきの発言は、それよりも前から知っていたような口ぶりだった。俺はその理由を聞きたい。
「——いや、なんで俺の名前をフルネームでご存じだったんですか?」
彼女は一瞬首をかしげたが、すぐに納得して口を開く。
「————っあ! そっちの方でしたか!
ごめんなさいてっきり勘違いしちゃって……」
ほほえましい彼女の姿に、俺は自然と笑顔になる。
そして彼女はそのまま続けた。
「司教様から伺っておりましたので、もしかしたらと思い確認いたしました」
司教か。
確か彼女はアルグリッド大聖堂出身と言ったな。大聖堂内で俺の名前が有名の可能性は、過去の一件から想像もつくが、司教から聞いたとなると——
「司教様って、ヴェルスター……?」
「はい! ヴェルスター司教様です! よくお分かりになられましたね?」
ここでも奴の名前が出るのか。
大聖堂には数人の司教がいると聞く。そのうちの一人を俺が一発で当てたから、そのための反応だろう、彼女のは。だが、それを聞いた感じ、増々奴に対する嫌悪感が湧いてきた。
つまりはあの野郎、俺のことを面白おかしくベラベラと言いふらしているってことだろ? そんなの腹が立たないわけがない。
「ごめんなさい。俺のことはヴェルスター……司教様からどのように伺っているんですか?」
彼女はそれに対し、表情を変えずに微笑みながら語り始めた。
「そうですね……『かつて大聖堂を荒らした男』『少女を誘拐した誘拐犯』『力なき哀れな少年』——などでしょうか?」
「…………」
散々な言われようだな。
それよりも、この内容を表情一つ変えない彼女に俺は驚いているが——と言うより、腹を立てている。
「なあ……」
「いかがいたしましたか?」
彼女は相変わらず笑顔だ。その笑顔が俺の精神を逆なでる。
「あんた……俺のことバカにしてるだろ——?」
俺の表情には、さっきまでの笑顔はなかった。
★ ☆ ☆
「————え……?」
呆気にとられた表情で、彼女は困惑している。その反応が俺をさらに苛立たせた。
大聖堂出身の女。ヴェルスターの部下。
それだけでもあまり良い印象は持てないが、彼女の反応はあからさまに俺に対する煽りだった。大聖堂出身という偏見で接するつもりはなかったが、やはりこれでは大聖堂全般を悪者に見てしまう。
そもそも、俺自身普段は考えて行動する人間だ。仲間などに対する侮辱や煽りにはキレるかもしれないが、自分自身のことではそこまで怒らない。——が、過去の一件に関する事柄の場合は別だ。さらに今は、あの時の元凶でもあるワーウルフを討伐しに行く道中と言うこともあり、俺の感情が高ぶる条件が見事に揃っていた。
俺は感情を露わにしながら、とがった口調で言った。
「『大聖堂を荒らした男』? 『誘拐犯』? ——それに『力なき哀れな少年』だ? 笑わせんな。誘拐したのはどっちだよ!どうせあんたらは、俺が妹を救い出せなかったことに対してずっと——ずっと嘲笑い続けてんだろ? なあ?」
「そ、そんなこと……」
「ないって言いたいのか? ——んなこたねえよ。ああ、あんたらの言うように俺は弱いさ……。今だって、俺が強けりゃこんな風に仲間探しに森に来ることも無かった! それを今では、ここにいる人たちに力を借りて、無理を承知で同行させてもらってんだ。足を引っ張ることになるのに、だ。それもこれも、全部俺が強ければ解決していたッ! 俺が強ければブリトニーは……そもそも、はじめっから俺が強ければ妹が消えちまうこともなかったし、俺やブリトニーがあのワーウルフに遭遇することだってなかったんだよッ!」
「…………」
感情的に罵声を繰り広げる。息が切れるくらいに。
彼女は、その言葉に対して少し泣きそうな表情になっていた。
その様子をそばで見たり聞いたりしていた同行者たちも、困惑からの沈黙に陥っている。
……だが、そんな中で唯一、先頭を進むベクトールが振り返らずに言葉を零した。
「……おまえたち、もう少し黙れ。その声で魔物が集まってくるだろうが」
その声はとてつもなく重々しく、彼の怒りそのものを目にしているような、そんな感覚に陥った。
俺はその声によって、ただ沈黙するしかなかった。
どうやら、それは彼女も同じようだ。
なんだろう、すごく気まずい。
俺がキレたのが原因だろうが、彼女の隣で歩くことが非常に気まずく感じてならない。早くブリトニーを見つけて帰りたい。それか、最悪戦闘になってでもいいから、この現状から気を逸らしたい。
今の俺はそんなことばかり考えていた。
そんな俺たちの背後から——
バサッ————
「「————ッ!」」
「おうおう、どうした? 若いのが二人そろって堅苦しい顔しやがって——」
俺たちの肩に腕を回して、ずっしりと体重をかけてきたそれは、最後尾を進んでいたはずのヴァイオレットだった。
「「…………」」
俺たちは相変わらず沈黙を続け、二人の表情は気まずさそのものだった。
「あんまり見ていなかったからわからんが——まぁ同期なんだし、仲良くしていこうやっ!」
俺たちに子を使って声をかけてくれた、彼女なりの優しさなんだろう。
ポンポンと俺たちの肩を強く叩くヴァイオレット。案外それが痛かった——
なんだろう、不思議な気配を感じた——そして不意に地図を開く。気が付いたら結構進んでおり、すぐ近くにブリトニーがいるようだ。
丁度地図を再確認したそんな時だった。ガサガサッと周りの草や木々が揺れ動き始めた。そして、それは数多くの気配とともに俺たちを包囲しているのが分かる。
「……やはり、さっきの声でつられたか——」
ベクトールがため息交じりでつぶやく。そして、
「————走るぞッ!」
大声が聞こえたかと思うと、ベクトールはすごい速さで前進していた。
★ ★ ☆
大きく迂回するように進むベクトールを追いかけ、俺たちも走る。周りの気配たちをかき消すため、逃げるために——
そのせいでブリトニーとの距離は少しずつ離れ始めているが——
焦る息遣いが耳に刺さるが、やはり相当危ないらしい。
ベクトールは常に冷静だったが、必要以上に警戒しているからこのような感じになっているのだ。それも俺たちが弱いから——また俺たちのせいだ……。
そして、ある程度走った先の少し開けた場所に到着する。
今しがた気配も薄れていた。
森の中に硬貨禿げができたような、円形の草地。
風が吹き、草が揺れ、日差しがまぶしい。
「ここまで来れば——」
俺たちが安心しきっていた、その時である。
バババッ————————
円形の草むらを囲むようにして、ワーウルフの群れが俺たちを包囲した。
「————ッ! 気配はなかったはず————まさかっ!」
ベクトールが焦っていた。
確かに気配はなく——いや薄れているように感じた。しかし、さっきまで感じていた気配は、現在目の前に立ちはだかる無数のワーウルフから感じる気配とは、少し違うような気も——
「きゃっ!」
横にいたアルルが声を上げた。よく見ると、彼女の目の前にエルが立ち、持っていた棍でワーウルフの攻撃から身を守っていた。
棍にがっちりと噛みつき、それを力押しでエルが耐える。魔法系統の職業に近接戦は不向きだというのに——
周りを見渡すと、みなすでに戦闘態勢だった。
魔法系たちは遠距離から援護や攻撃を、ヴァイオレットとベクトールは持ち前の攻撃力を生かし、狼たちをなぎ倒していた。
すごい、全て一撃で倒している。
ヴァイオレットは大剣で一刀両断だが、ベクトールは拳で抵抗している。彼の拳から繰り出される正拳突きは——ヒットした場所を中心に対象を消し飛ばしている。そこから発生する衝撃波も凄まじい。——だが、それ以上にオオカミの数が尋常じゃない。
俺たちにまで攻撃が届いていないのは、全員が俺たちを庇いながら戦っているから。かなり無理をしているんだ——
アルルも、俺とは違いなんだかんだで援護——回復をしている。
現状、足手まといは俺一人だ——
「のわ——っ!」
だが、適していない戦闘スタイルを強いられていたエルは、とうとうオオカミたちの力に押し負けてしまう。
そのまま後ろへと吹き飛ばされるエル。その勢いで、俺より左——アルルのすぐ隣の防壁が崩壊した。
その隙間を縫って、オオカミたちが進軍する。
そして、すぐ目の前のアルルが次の襲撃対象となるのも時間の問題だった。
「————ッ!」
回復魔法の詠唱に集中していたアルル。飛び掛かるオオカミに気が付いた時にはもう————
「クッ……くそがぁぁぁぁああああ!!!!」
俺は、その場に立ちはだかっていた。
★ ★ ★
「——ど……どうしてあなたが……?」
「んなもん……体が勝手に動いちまったんだから仕方ねぇだろうがッ!!!!」
グルグルと唸るオオカミが、俺のクワに噛みついて押す。こいつは、確かにものすごい力だ。
だが、俺にもできることがあるはずだから——俺がここで押し負けたら、こいつは——ここにいる全員はやられるっ! だから負けるわけにはいかないんだよ。
——しかし、そんな根性論だけで何とかなるような力差とは到底言えない。俺はそのままさっきのエル同様——
「……やっぱり」
その時彼女が詠唱を放棄し、驚いて尻餅をついていたが、表情を変えながら言った。
「やっぱりあなたは、司教様のおっしゃる通り——いや、私の思った通り、『諦めの悪い人』のようです」
「————ッ!」
こんな大変な時に何を言っているんだこいつは。
どこか悟ったかのような表情で言わないでくれよ——動揺しちまうだろうが。
意味不明すぎる。
「力がなくても、たとえ弱いと言われようとも、諦めずに立ち向かう姿。何かのためなら死ぬ気になれる行動力——私は、そんなあなたの『勇気』に憧れました」
「…………」
「例え周りがあなたを責めようと——司教様があなたをバカにしようと——私は決してあなたをバカにしない。それが正教の教えに反する行いだとしても、私はあなたを尊敬していますっ!」
彼女の考えが、モロに突き刺さる。わからない、わからないよ。
俺を動揺させて魔物に倒させる魂胆か——?
この子は一体何がしたいんだ——
「実際にあなたを見て確信しました。あなたはすごい人です。本当に。——それと、先ほどは失礼いたしました。私の軽率な発言で、その……あなたの……クロムさんの機嫌を損ねてしまい……」
「————ッ!」
待て、もしかして彼女は——
『フルネーム』
最初ちょっとした違和感があった。
ただの会話の理解力不足が原因かと思っていたが、全てはあそこに繋がっていたんだ。
彼女はちょっとした天然ボケ——致命的なレベルではないが、こちらが少しでも意識を外すと、勘違いが生まれて反発が起きる。
バカにしたような発言を笑顔で語ったのも、それはさっきの発言につながるから——俺を尊敬する彼女が存在したからだ。
彼女がどのようにしてヴェルスターから話を聞いたのか、ヴェルスターが俺をどのように話しているのか、それは直接聞いているわけではないからわからない。だが、あまり良いように言われてないのはわかる。
それを彼女は、彼女なりに解釈して、俺を尊敬しているとまで言ってくれた。この弱い俺を、だ。
——なら、負けるわけにはいかねぇよな?
——ここで諦めるわけには……いかねぇよな?
俺は、そのまま目の前のオオカミを跳ね飛ばした。
手が滲み、息が切れ、全身に疲労感が現れる。
再び傷口が開き、血が漏れ始めたので回復薬を飲む。
※ ※ ※
「回復薬」を使った——
※ ※ ※
心なしか、疲労感まで晴れた気がする。
回復薬にはこんな効果があったのか。知らなかった。
——まあ、とにかく。
「無事で、良かったよ」
彼女の方を向いたら、そう零れた。
自然に笑顔も零れていた。
彼女はどこか動揺しているのか、頬が赤く染まっているように見えた。
が、戦況が良くなったわけではない。
まだ敵は数えきれないほどいるのだ。
けれど、そのタイミングで——
「ひぎゃぁぁぁぁああああ————ッ!!!!」
「————ッ!」
森の向こう、さっき俺たちが来た方向辺りから、俺の知っている『男』の声が聞こえた。
「なんだ? まだ森に誰かいるのか——」
ベクトールがつぶやく。
地図に記された彼女の印も、声と同じ方向に——
「——行かなくちゃ」
俺は、飛び出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます