~フェアリー・ドラゴン~

第29話「同盟」

「イッケンノメッセージヲ、ジュシンシマシタ……」



 仲間の意向で霧の森に足を踏み入れていた僕は、突然声を発した冒険の書に驚いて足を止めた。こんなことは初めてだったので、仲間に足を止めさせて本を開いた。


「こちらは環境管理官のベクトールだ。アルガリア全冒険者に告ぐ——霧の森にてワーウルフ——『獣王個体オリジン』発生ッ! そのため直ちに霧の森を封鎖するッ! 近隣にいる冒険者たちはその他一般人を救護しながら直ちにその場を離れることッ! ——以上ッ!」


 知っている名前と知っている声が、耳に刺さるような爆音で聞こえてきた。この人は確か、説明会場の——

 一体何が起きたんだ——? それに「獣王個体オリジン」って——


そんな、状況判断に苦しむ僕の腕を、彼女は関係なしに引っ張った。


「————っちょ、そっちは反対方向じゃ……」


「行くよ」


 無表情で冷徹な彼女の声は、僕の耳には恐怖にしか聞こえなかった。はあ……またいつものパターンか。


 僕は仕方なく、リストバンドを銃にして、周りを警戒しながら移動した。



★ ☆ ☆



 冒険の書のインベントリから適当に石ころを取り出し、それを遠くに投げる。そして、そちらの方に手を向けながら『収納』と唱えた。

 するとそれはコロコロと動き始めたかと思えば、次の瞬間、ものすごいスピードで飛んできて俺の額にぶつかった。


「痛ってぇ……ッ! ——これって転移みたくワープしてくるんじゃないの?」


「いえ、今みたいに直接飛んできます。ですのでしっかりと冒険の書を構えておかないと今みたいに痛い思いをすることになりますよ」


「それを早く言ってくれよ……」


 俺は額に手を当てながら苦笑いをした。

 とまあ、こんな感じで冒険の書の操作方法をおさらいしていたわけだが——


 知っている知識から知らない知識、知っているつもりになっていた知識まで、それらすべてを網羅して、有意義な時間になったと言えよう。

 マーサに教えられながら色々試しているうちに、時間は残り15分を切っていた。


「——やばい、もうこんな時間だ」


 俺は急いで身の回りを整えた。

 そして、マーサに再度感謝を告げ、俺はギルドを後にした。


 その時のマーサの表情、それから「無事に帰って来てくださいね」と言う一言が、俺の記憶にべったりとこびりついた。



★ ★ ☆


※ ※ ※


300Gを支払った——

「回復薬」×3を手に入れた——


※ ※ ※



 少ない時間を活かし、回復薬を含むいくつかのアイテムを補充した俺は、その足で指定された正門へと足を運んだ。



 門は封鎖されかけており、外から大急ぎで何人もの一般人たちが冒険者の救護のもと逃げ帰ってきている。その様子は、若干のパニック状態のような、そんな感じだ。


「ここから先は危険なんだ。ほら、キミもこんな場所に近づかないで——それにひどいケガじゃないか」


 そう言えば、ケガをしていたことをすっかり忘れていた。

 服を着ているとはいえ、その下には包帯がグルグル巻きにされており、血が滲んでいた。どうやら動き回って傷口が開いてしまったらしい。

 痛みはさほど感じなかったが、感覚が麻痺っているのか?


 俺は取り敢えず回復薬を飲み、傷口を癒した。——気休め程度だが。


※ ※ ※


「回復薬」を使った——


※ ※ ※


 ふう、血は止まったな。

 思いのほか心も落ち着いた気がする——少しだけ。


 さて、と。

 追い返そうとしてきた門番に軽く言及をしておくか。

 俺は懐から冒険の書を取り出した。


「——ってなわけだからさ、ここにいてもいいよね?」


「——これはこれは、冒険者様でありましたかっ! 先ほどのご無礼申し訳ありませんでした……」


 門番の態度が急変する。そりゃそうだよな。

 この世界では、冒険者は何かと優遇される。そう、こんな本のたった一冊で、こうも簡単に——


「おうおう、いっちょ前に冒険者面かい?」


 こうも簡単に——って、ん?

 肩をトントンと叩かれ、振り返ると——そこには、俺の見知った顔があった。

 「アマゾネス」のような奇抜で露出の激しい装備を身に着け、巨大な大剣に身を任せてそこに立つ、筋骨隆々な女。見た目に反した可愛らしい声と、俺を小ばかにしたかのような口調は間違いない。



 ヴァイオレットの姿がそこにはあった。



「————ッ! どうしてあんたがここにっ!?」


「ほう、随分と偉そうな口を利くようになったじゃないか——クロム・ファーマメント……」


「あっ! ……すみません」


 咄嗟だったのでタメ口で、素の反応が出てしまった。

 彼女は不敵な笑みを浮かべている。——不気味だ。


 そんなことはどうでもいいんだ。それよりも——


「ベクト————」


「ベクトールの奴からは話を聞いている。私も奴に呼び出されたうちの一人だからな」


 あ、そうっすか——


 話を遮りながら話すなよ、とつくづく思うが——それよりも、この人も参戦すると言うことだよな?


 ——と、そんなことを思っていたら、ヴァイオレットの後方からぞろぞろと三人ほど近づいてきた。


 俺がそれを凝視していた時、


『初めて見た時から試験合格時もそうだったが——あれからほんの一週間しか経っていないのに、面持ちが見違えるほど変わっている。この短期間でこれほど変化するものなのか?声を聞いて話しかけたが……振り返りざま、一瞬別人に話しかけてしまったかと錯覚してしまったぞ』


 ヴァイオレットは俺を凝視していた。



 走りながら近づいてくる三人——恰好からしておそらく、左から、魔法使いの男、左の男よりも禍々しい感じの魔法使い(?)の女、それから聖職者っぽい男——全員杖を持っているし、魔法系ばかりに見える。

 と、その一人がこちらに気づき、笑顔を見せながら大声で手を振ってきた。


 彼らもヴァイオレットと同じ、今回の同行者か?

 俺は取り敢えず手を振り返しておいた。


「おーい、リーダー!」


 ——リーダー? どういうことだ?


 俺が頭に「?」を浮かべていると、ヴァイオレットがその声に気づいてそちらに顔を向けた。


 そして、その三人は目の前までくると膝に手をつき、息を切らしていた。


「——もーっ! リーダーひどいっすよ——。俺らのことほっぽり出して一人だけ走って行っちゃうんだもん……」


「おまけに買い出し押し付けてさ……」


「あぁ、すまないすまない」


 ヴァイオレットは、そんな彼らを見ながら愉快に大笑いしていた。


 知り合いなのか——?


 この人たちは一体——


「あぁ、紹介がまだだったな」


 俺が不思議そうにしていると、ヴァイオレットが気を利かせて話し始めた。


「こっちから、この弱っちそうなのが魔法使いのウォルロ」


「弱っちそうは余計っす! ——あ、どうも、改めてウォルロです。よろしく」


 魔法使いっぽい男はやっぱり魔法使いだったか。

 彼は握手を求めてきたので、こちらもそれに対応する。


「それからこの……いかにも闇が深そうなのが、霊媒師シャーマンのミラ」


「相変らずの毒舌ですね……。どうも」


 霊媒師シャーマン——? 確かレア職業の……どんなことができるんだろう。

とりあえず会釈した。


「それと、このデカいのが聖職者ヒーラーのエル」


「…………」


 棍を背負う寡黙な大男。彼は何も言わずに会釈をしたので、こちらもそれに対応する。


 ——で、自己紹介は終わったが、結局この人たちは——?


「——と、頼りなさそうな面々だが、一応これでもうちのパーティメンバーだ」


 あ、なるほど。パーティメンバーか。

 と言うことはこの人たちは冒険者ではなく、何かしらの方法でヴァイオレットと同行することになった一般人——仲間と言うわけだな。

 ——だが、魔法系ばっかのパーティって、少しバランス悪くないか?


 まあ、好き好きだから文句は言わないが……。


「——おい、貴様も自己紹介しろよ」


 あ、しまった忘れていた。

 色々と思うことがありすぎて——


「ごめんなさい。挨拶が遅れました。クロム・ファーマメント、冒険者です。よろしく」


 自己紹介を済ませ、深くお辞儀をする。そんな俺に対し、三人は口々に話し始める。


「冒険者で……一人?」


「きっと俺たちみたいに遅れてくるのか、ベクトールさんみたいな人なんだろう」


「…………」


 俺が一人だからか、不安そうな表情だ。それと、なぜ「一人=ベクトール」なんだ?


 彼らの反応に対しヴァイオレットがフォローを入れようとするが——、



「待たせたな——」



 俺たちの背後に、その男は立っていた。



★ ★ ★



 こいつら——背後から登場するのって流行っているのか——?


 不意打ちで声をかけてきやがって、しかも気配が全くしなかったのがなお恐ろしい。


「呼び出しておいて……遅いじゃないかベクトール」


「すまない、人を探していた」


 そう言った彼の背後から、一人の少女が顔を覗かせた。


「紹介しよう。彼女はアルル……大聖堂出身の聖女セイントだ」


 修道服によく似たデザインの、水色を基調とした服装に、桃色の髪が覗かせる容姿の整った少女。見るからに俺よりも少し若そうだ。そんな彼女を、俺はどこかで見た気がする。


 聖女セイント聖職者ヒーラーの上級職と聞くが、さっき紹介に上がったエルって人の上位互換か?


 さっきの三人組が「ベクトールさんが仲間を連れてきた!?」「今回は何か特別なのか?」などと口々に語るが、そんな空気を一掃し、ヴァイオレットがベクトールに距離を詰めて、


「おい……ベクトール。Dランクを二人も連れて……正気か?」


「正気だが————」


「——貴様ッ! そんなに犠牲者が出したいかっ!!」


 ヴァイオレットは、今までに見たこともないような形相と激動の大声で、ベクトールの胸ぐらをつかんで威嚇していた。



 ヴァイオレットの反応と言葉で思い出した。

 そうだ、ベクトールの後ろにいる彼女——アルルは、数日前の冒険者試験説明会に居た人物。つまり、俺と同期の冒険者——新米冒険者ルーキーってことだ。


 それを知っていて、今から森に潜ろうとしている。俺の村を襲った、あの化け物の潜む森に——。

 ヴァイオレットが怒る理由もわかる。力なき者をいたずらに同行させることは、かえってマイナスになる。

 かつてブリトニーに、はっきりとではないがうっすらと抱いていた感覚。今ではその対象は俺自身、足手まといは俺なんだ。


「私が皆を守る」


「————ッ!」


 ヴァイオレットはそのままベクトールを突き飛ばした。


「クロムはわかる……。仲間を自分の手で救い出したいというその気持ち——それを汲んで同行させるのは理解ができる。——だが、アルルを同行させる意図が私にはわからない。聖女セイントと言う肩書か? この『同盟』に聖職者ヒーラーが足りないのは理解できるが、わざわざ彼女を選ぶ必要はないだろう?」


「…………」


 ベクトールは黙り込んだ。

 激動のヴァイオレットの姿、それに怯え、アルルは「自分はその場にいるべきではない」と思い始めている。

 この空間、ヴァイオレットとベクトール以外の、俺含む全員が沈黙した。



「あ、あの……私は————」


「——おまえもわかっているはずだ、『獣王』は『倒せない』と言うことを。『獣王』の封印には、正教会に属する『聖職者ヒーラー』の力が必要不可欠である、と言うことを——」


「——だからって、彼女を選ぶ理由は……」


「正教会の聖職者ヒーラーたちのほとんどは例の件・・・で出払っている——……だが、今回は急を要する。今、我々に同行できる、条件に見合った冒険者は彼女しかいないのだ——。それに、彼女はおまえの言う通り聖女セイント——それなりに腕は立つ」


「……しかし、だとしてもこれは無謀だ——」


 ここでベクトールは、かつて見せた優し気な笑顔を見せて言った。


「大丈夫、私が皆を……守るから——」


「————ッ!」


 その言葉には、重みしか感じなかった。



「……私は…………また全てを失って絶望するあんたが心配なんだよ……ベクトール……」



 こうして、俺たちは同盟を結び、森へと足を運ぶのであった。

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