第23話「血の通った生き物」

「夜分遅くにすみません」


 街にあるレンガ造りの建物。街の中心に近い位置、市場通りのすぐ近くに居を構えるそこは、夜のとばりに飲み込まれることなく、ぼんやりと温かいランプをともしていた。


 ここはこの街の薬屋だ。


 俺は扉を軽くノックすると、「はい」と言う返事が返ってきたのでそのまま扉を開けて中に入った。


 中は本棚がずらりと並び、あらゆる粉物が瓶詰めにされて並べられていた。そして正面にはカウンターがあり、その奥の椅子に腰を掛ける、眉毛で目の隠れた老人がこちらを見ていた。


「このような時間に何ようかな」


依頼クエストを受けた者です。依頼の品を届けに来ました」


 「一角兎の角」の入った袋を提示しながら言う。


「おお、そうじゃったか。明日でもよかったんじゃが」


「早い方が良いかと思いまして——」


 老人はどうやら薬屋の店主のようで、袋の中身を確認した後、カウンターの奥の方へとそれを持って行った。そして、それを奥で洗ったかと思えば、再び戻ってきて、何か石臼のようなものをカウンターの上に置いた。


「よいか? 今から『加速薬』を作るから見ておれよ?」


 そう言うと、店主はさっき渡した角をその中に入れ、ゴリゴリとかき混ぜ始めた。

そして、ある程度混ぜたところで店主はその手を止めた。

角は粉末状となっている。


「これをこいつと混ぜて……」


 粉末になった角の一部を小瓶の中に入れる。その瓶の中にはあらかじめ別の粉末が入っており、店主はそれを振り始めた。

 そして、薄黄色になった瓶を俺に渡す。


「ほれ、加速薬の完成じゃ。飲めば一時的に体が軽くなる。……それと、こっちが報奨金じゃな」


 俺はそれを受け取る。


「また……と言うより、これからこの依頼クエストには何度かお世話になると思うんで、その時はよろしくお願いします」


「おお、そうかそうか。こちらこそよろしく頼むぞ」


「あ、あとそれから——」



 俺は店主に、とある品を要求した。



※ ※ ※


「加速薬」を手に入れた——

200Gを手に入れた——

600Gを支払った——

「???」×3を手に入れた——


※ ※ ※


★ ☆ ☆ ☆



 朝だ——


 隣にはブリトニーがぐっすり眠っている。その寝顔はどこか妹に似ていて、見ていると心が安らぐ。


 俺が起き上がったのをきっかけに、ブリトニーは目を覚ました。


「おはようブリトニー、大丈夫そう?」


「……うん」


 昨日、魔力を使いすぎて倒れてしまった彼女だったので少し心配だったが、今の様子から見るにおそらく大丈夫であろう。一晩ぐっすり眠ったからだろうか。


 取り敢えず冒険の書を開き今日の「ログインボーナス」を受け取って、その間ブリトニーに支度をさせた。

 そして、俺たちはそのまま街へと出る。



※ ※ ※


「回復薬」×5を手に入れた——


※ ※ ※



 道中、出店を見つけ、そこで朝食を調達する。適当に食べ歩きができる串ものを選び、ブリトニーにもそれを与えた。

 その途中、甘い匂いが鼻につき、そちらに視線を向ける。

 そこには「ソフトクリーム」と書かれた看板が吊るされていた。


「アイスかー。朝から食うのもおかしな話かもしれないけど……」


 アイスと言えば子供は大好きな一品だ。ならブリトニーも好きなんじゃないかと思って、その勢いで、


「アイス、食べたい?」


 と質問した。当然いい反応が返ってくるものだと思っていたから、俺は財布を広げようとしていたが、


「冷たいものは苦手で」


 彼女の一言で、あっさりと振られてしまった。






 ギルド本部——


 適当に朝食を済ませ、そのままギルド本部へと足を運ぶ。

 相変らず中は賑わっており、冒険者たちは口々に「召喚場」について語り合っていた。どうやらまだ解放されていないらしい。


 俺はその様子を横目に、受付に向かう。

 そして「すみません」と声をかけ、


「昨日の夜受けた依頼クエストと同じものを受けたいんですが」


「えーっと、クロム様ですね。……こちらの依頼クエストでお間違いありませんか?」


「……はい、これです」


 俺はそのままクエストを受け、昨夜の草原へと足を運ぶ——



★ ★ ☆ ☆



「今日は魔物と戦う練習をするからね」


 霧の森の一部を通り抜け、草原帯に出る。

 日が昇っているからだろうか、一切魔物と遭遇しなかったのは運が良かった。


 風が吹き、草が揺れる草原帯。

 8月の日差しと風はそれなりに暑く感じられた。

 その中で、草を揺らす別の存在が——。


 数にすると数羽程度、他に群れはない。

 そこにはウーサーラビットの姿が見受けられた。

 どうやら夜行性のようで、昨夜に比べ全体的な数が少ない。


 俺はブリトニーに顔を向け、指を自分の口元で立てて静かにするように促す。そして、そのまま慎重に距離を詰めた。


「今からあいつを『狩る』から、そこでよく見ておいて」


 小声でそう言うと、俺はブーメランを懐から取り出し、一人でゆっくりと近づいた。そして、ウサギたちの背後に回り、一瞬にして飛び掛かった。


 キャァァァァアアアア————ッ!!!!


 その時、背後に居たはずのブリトニーの悲鳴が大きく響き渡った。

 振り返ると、ブリトニーが別のウーサーラビットたちに襲われていた。


 まじかよ——


 勢いあまって飛び掛かった俺は、そのうちの一羽に刃を突き立てた。その瞬間に、そこにいたウーサーラビットたちは俺に気づいて逃走を図ろうとしたが、俺の刃はその胴体を掻き切っていた。

 そして、ブリトニーの周りを囲んでいたウーサーラビットたちも、俺が一羽を仕留めたことをきっかけに逃げ去っていた。


 ブーメランを投げずに、近距離で使うのはなかなか難しいな。

 ブリトニーがナイフを装備していたため、手本を見せるためあえて距離を詰める戦い方をしたが——

 結局一羽しか仕留められなかった。


 俺はそのタイミングでブリトニーを呼び寄せた。



 草を血が汚し、腹部から出血する獣の魔物。微かに息をしているようだ。

 その姿を見て、ブリトニーは顔を真っ青にして目を背けた。

 まあ、無理もない、か。



 スライムは無機物で血も出ない。俺たちとは根本的に造りが違うから。しかし、ウーサーラビットは獣の魔物。しっかり血も出る。


 無機物相手に刃を振り下ろすことができたとしても、血の出る生き物に刃を振り下ろすことは精神的にもきついところがある。それは俺も同じだからわかる。

 けど、そんなことを言っていてはこの先どうすることもできなくなってしまう。


 凶暴な魔物を相手にして、血が出ることを恐れていては己の命が尽きてしまうのみ。それでは戦うことはおろか、身を守ることすらできない。だからこそ、血の出る魔物に慣らす必要があった。


「グロテスクなものを見せてごめん」


「…………」


 ブリトニーは終始無言だ。

 俺は手に持ったブーメランを思いっきり振り下ろし、そして——


 キュヤァァァァアアアア————ッ!!!!


「————ッ!」


 ウーサーラビットの首を掻き切って息の根を止めた。


 返り血が大きく飛ぶ。その光景とウーサーラビットの断末魔によって大きく目を逸らしたブリトニー。


「目を逸らさないでっ! ——よく見るんだ」


 俺は、ただ黙々とそれを解体した。

 ブリトニーの表情も感情も、そのすべてを無碍むげにして。



※ ※ ※


「ウーサーラビットの角」を手に入れた——

「ウーサーラビットの毛皮」を手に入れた——

「ウーサーラビットの肉」を手に入れた——


※ ※ ※


★ ★ ★ ☆



 他の群れを探しながら草原を歩いたが、さっきの群れを機にほかの群れを見つけることができなかった。きっとさっき俺が襲ったから、他の群れにも警戒されてしまったのだろうか。

 そして、そのまま日は昇り太陽は真上を越えた。


 グウゥ——……


 ふと、腹の音が鳴った。

 腹も減ってきたし、昼飯にでもするかな。


 俺たちは草原地帯に聳え立つ一本の大木の影で昼食をとることにした。



 夏の香りがする生温かい風が草原を駆け巡る。草の揺れる音が耳に優しく流れる。それらを背景に、俺は冒険の書から雑貨屋で買い集めていた物を出して広げた。



 野宿用の調理器具一式。

 以前、試験の時に串焼きしかレパートリーがなかった料理に華を足そうと用意した物だった。こんなにも速く出番が来るとは驚きだ。


 そして机と椅子。

 地べたに食べ物を置いて食うのはやっぱり抵抗があったからな。



 ブリトニーを椅子に座らせた後、俺は手早く土を耕し、その場で野菜を育てると、それを採取して調理を開始した。


「…………」


 ブリトニーはじっとこっちを見ていたが、その間一切口を開かなかった。と言うより、さっき解体した時から口をきいていないな。


 少し心に引っ掛かるものを感じながら、俺はさっさと調理を済ませた——


「よし、仕上げに黒コショウをまぶして——」


※ ※ ※


「ウーサーラビットのステーキ」×2を手に入れた——


※ ※ ※


 調理と言っても結局焼き物しかできなかったが——まあいいだろう。ウーサーラビットの肉をメインに、数種類の野菜を付け合わせとして盛りつけた一品。

 鉄板に盛り付けられたそれは、香ばしい香りと艶やかな肉汁を溢れさせ、こちらの食欲をそそらせた。


 その一つをブリトニーの前に差し出した後、もう一つを自分の前に。


「じゃあ、いただきまーすっ!」


俺はとっととそれを頬張り始めた。


 ——やっぱり、想像以上に美味い。冗談で調理器具を揃えたつもりだったが、旅の途中に食う飯が美味ければ旅が楽しくなるって考え方も、案外間違いではなさそうだ。


「…………」


 ブリトニー、相変らず手が進んでいない。

 毒なんて入っていないのに。


「食べないのか?」


「…………」


 グウゥゥゥゥウウウウ————…………


 手を動かさない彼女とは裏腹に、彼女の腹は大きな音を立てて鳴り響く。


 ——さっきウーサーラビットを解体した時から、ずっとこんな感じだけど……これってつまりそう言うことか。


 俺は彼女の真意に気づいた。



「なあ、ブリトニー」


「…………?」


「これが『ウサギの肉』だからだろ?」


「————ッ!」


 彼女は少し驚いた反応を見せ、


「…………うん」


 と小さく頷いた。



 そりゃそうだよな。あんな光景を目の当たりにした直後、その肉を食らうなんて慣れている人間にしかできない芸当だ。職業柄、家畜を絞める現場に多少触れることがあった俺だからこそ、今では普通だが、一般の人の目線で考えたらきついのも無理はない。


 ——ただ、それは獣——魔物に対して「かわいそう」と言う感情が残っているから起こる現象。他者に情をかけられる「優しさ」は大切なことだが、それは野生では通用しない。


 俺はブリトニーに教えた。



「ブリトニー。きっと魔物がかわいそうだと思って食べられないんだよね」


「…………うん」


「ブリトニーのその優しさはとても大切なことだ。でもね、俺たち人間と獣——魔物は殺るか殺られるか、食うか食われるかの関係なんだよ」


「…………」


「相手を思いやる気持ちは大切だけど、野生の魔物がみなそれを持っているとは限らない。ましてや、残虐性豊富ですぐに人間を襲う魔物ばっかりだ」


「…………うん」


「そいつらを相手にして、『かわいそう』だから抵抗できないってなると、自分自身が殺されるのを待つだけになる。野生って言うのはそう言うものなんだ」


「でも、さっきは襲われそうになってびっくりしたけど、それでもかわいそう——」


「だからさ、その優しさでさ、ウサギの死を無駄にしないためにも、な? 俺たちでしっかり食ってやらなきゃ。そうしないとさっき仕留めたウサギも報われないからね」


「…………そうだね。——うんっ、うんっ!」


 その一言を聞いたブリトニーは、さっきまでのどんよりとした表情とは異なり、はっきりとした表情になって大きく頷いた。


 そしてブリトニーは、目の前に置かれたその一品をようやく食べ始めたのだ。がっつき方から、やっぱり相当腹が減っていたと見える。


 良かった、納得してくれたみたいだ——


 少女の瞳の端が、うっすらと輝いているように見えた——



★ ★ ★ ★



「もっと……もっと慎重に近づいて」


 食事を終えた俺たちは、再びウサギ狩りに乗り出していた。思っていたよりも次の群れはすぐに見つかり、今はブリトニーがそれを仕留めようと背後に回っている最中だ。


 ぎこちない動きと、ナイフを片手に構えるブリトニーは、草をかき分けながらそっとウサギに近づいた。

 なれない動きのせいか、音が響きウサギたちに存在が気づかれてしまう。


 だが、やつらは俺の時の反応とは異なり、ブリトニーめがけて飛び掛かろうとしてきたのだ。

 どうやら、相手の技量を見て襲うか襲わないかを判断しているらしい。そしてブリトニーはやつらから見たら格下として見られたため、襲撃の対象になっているわけだ。


「これはまずいか————ッ!」


 俺が咄嗟にブーメランを構えようとしたその時である。ブリトニーは持っていたナイフで飛び掛かってきた一羽のウサギに反撃の一撃を食らわしていた。

 その刃はウサギの首を掻き切り、一撃で仕留めることに成功していた。


 どうやら、彼女の中で抵抗心の類の一部が吹っ飛んだみたいだ。そのため、自身の身を守る戦い方を、自然と彼女は身に着けかけていた。


 それに対し、他のウサギたちは距離を取って全速力で駆けまわった。「逃げたのか?」と思いきや、高速で散開したウサギたちはその速度のまま一斉にブリトニーに襲い掛かろうとした。


 やはり、俺が助けに入らないと——


 そう思ったのもつかの間、彼女は「メテア」と唱え、自身の回りを火の渦で包み、ウサギたちの攻撃を防いだのだった。


 こんな戦い方教えたつもりはないが、どうやらこの子は戦いのセンスがあるようだ。


 そして、再び距離を取って走り回るウサギに「メテア」で攻撃をしようとしたり、自分の足で追いつこうと走ったりするものの、それらすべては思い通りにはいかなかった。

 根本的な身体能力は10歳の少女のため、無理もない。


 呆気にとられていた俺だったが、その様子を見て我に返る。

 速さで追いつけないのなら——


「ブリトニー、これを飲めっ!」


 俺は黄色い液体の入った小瓶をブリトニーに投げた。

 ブリトニーはそれを受け取るとすぐに飲んだ。


 すると途端に彼女の動きが軽くなったように見えた。


※ ※ ※


「加速薬」を使った——


※ ※ ※


 なるほど、薬屋の店主め、この依頼クエストを周回してもらうためにわざと加速薬なんかを配っているんだな。これを飲めば素早いウーサーラビットのスピードにも追いつけるようになるし、本当によく考えられている。


 そして、素早さをものにしたブリトニーは、ウサギと距離を詰めながら魔法とナイフを駆使してそこいら一帯に広がっていたウサギたちを一掃した。



「やった————」



 ブリトニーは笑顔のままこちらに歩いてきて——少しフラッと倒れそうになるのが見えた。


※ ※ ※


「ウーサーラビットの角」×5を手に入れた——

「ウーサーラビットの毛皮」×5を手に入れた——

「ウーサーラビットの肉」×5を手に入れた——


※ ※ ※


「よくやったよブリトニー。ほら、これを飲んで」


 俺は昨夜薬屋の店主から買った青い液体の入った小瓶をブリトニーに渡した。


※ ※ ※


「???」→「魔力薬」を1つ使った——


※ ※ ※


 魔力薬——


 魔力の実をすり潰して液体に溶かしたもの。魔力を回復するのに使うアイテムだ。


 昨日のスライム騒動から、魔力切れを起こす可能性のあったブリトニーのためにこっそり用意しておいたものだが、やはり役に立った。まあ、一つの値段がそれなりにするからたくさん買うことはできなかったが——。



 ともあれ、予想以上の結果を残したブリトニー。

 もしかするとこの子は、とんでもない逸材かもしれないと心の中で思うのであった。



 こうして、ブリトニーにとっては初である、たった一人での戦闘が幕を下ろした——

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